オオカミ御曹司、渇愛至上主義につき
着替えを済ませ、パタンとロッカーを閉めてから時計を見ると、十八時四十分。加賀谷さんが会社を出てから四十分ほどが過ぎたところだった。
更衣室から出ると、フロアはガランとしているけれど、それぞれの部署ではまだ残業組がいるようで、かすかな音が聞こえてきていた。
足音がカツカツと響く社員用通路の天井で点灯する電気は半分だけだ。
〝節電〟と世間が騒ぎ出してから、十八時半には、仕事をするフロア以外のスペースの電気は半分しか点灯していないらしいけれど、不自由に感じたことは一度もない。
むしろ、それ以前は夜も煌々と電気が灯っていたのが信じられない。どう考えても無駄だ。
尾崎さんの家までは、会社から電車で四駅って話だったしもう家にはついている頃だ。
一緒に仕事をしたのは三ヶ月だけだから、そこまで親しくはないけれど、可愛らしい顔立ちをした人だったなぁと思い浮かべる。
私とは違って、〝嬉しい〟だとか〝楽しい〟を素直に表情に出せる人だった。
そんな尾崎さんは今頃、部長いわく『嬉しそう』に加賀谷さんと話しているのか……と考えると同時に、ずしりと胸の底あたりが重たくなる。
そのまま突き破って胃にでも食い込みそうなそれに「はぁ」と声に出してため息をついた。
尾崎さんは病気だっていうのに、羨ましいと思ってしまう心の狭さは自分自身情けないほどだ。
もしも私が精神的にダメージを受けてしまったとしても、やっぱり、部長と加賀谷さんだったら当然ながら加賀谷さんを頼りにする。
しっかりと自分の話を聞いてくれる加賀谷さんに甘えたくなったりしてしまうのは当たり前だし、そうやって気持ちを吐きだすことは尾崎さんにとってもいいはずだ。
会社からしても、仕事が原因で精神的な病気を負わせてしまったままでいるのはまずい。
だから、加賀谷さんが話し相手になることで、事態はいい方向に向かっている。
なのに、なにをまだ納得できないでいるんだ、と自己嫌悪に陥りながら外へと繋がる扉を開けたとき。
「お疲れ。友里ちゃん」
どっぷりと暗くなった空が視界に入ると同時に、声をかけられた。