オオカミ御曹司、渇愛至上主義につき
「部長、確認と承認印をお願いします」
加賀谷さんに頼まれていた、公開用の工程表を印刷したものを差し出すと、多田部長は「これは……なんだっけ?」とキョトンとした顔で私を見上げた。
部長のデスク周りは書類が散乱していて、ここには期限ギリギリの危ないものも紛れているんだろうなぁと考えながら「先日、部長がどっかの部署から頼まれたやつです」と適当に説明する。
部長はしばらく考えたあとで「ああ! クレームのやつかー」と表情を明るくした。
「篠原さんがやってくれてたのかー。ご苦労さん」
中身を確認することなく、ポンと軽く承認印が押される。
無責任な書類を作ったつもりはないけれど、一応、私だけの目や頭では不安だ。自席に戻ってから向かいの席を見た。
「工藤さん、これ、確認お願いします。外部に漏らしちゃまずい部分があったら教えてください」
パソコン画面を見ていた工藤さんは、ゆっくりと顔を上げると「ああ、加賀谷さんから頼まれてたやつね」と言いながら書類を受け取る。
それから周りを見渡して、再び私に視線を留めた。
「さっき篠原が席外してる間に企画事業部の金子とかいう女がきて、加賀谷さんと麻田を連れてったんだよね」
「金子さん、ですか」
知らない人だ。
「どうやら加賀谷さんと同期らしいんだけど、お願いしたいことがあるからって」
「そうなんですね。……で、なにが気に入らないんですか?」
私と同じく基本無表情みたいな工藤さんが珍しく眉を寄せているから聞くと、「〝女〟を全面に出してるタイプだった」と不機嫌そうな声が返ってくる。