オオカミ御曹司、渇愛至上主義につき
「俺的には嬉しいけど、いいの? まだ会社からそんなに離れていないし、誰に見られるかわからないよ」
「え……あ、すみません」
気づけば松浦さんの手をギュッと握りしめていた。
松浦さんの言う通り、ここは会社から最寄駅まで伸びる道だし、社内の人間が通ってもおかしくない。
松浦さんに想いを寄せている女性社員にでも見られてしまったら面倒だ。
パッと手を離し、一応、周りを確認してから胸を撫で下ろす。それから「すみません。ついうっかり」と再度謝ると、松浦さんは複雑そうな笑みを向けた。
「なんですか?」
「いや。もしこれが加賀谷さん相手なら、そんな冷静に謝ったり周り確認する前に顔赤くしたんだろうなって考えたら、さすがに少し虚しくなっただけ」
「その前に、加賀谷さん相手だったら気安く触れるわけがないじゃないですか。手なんか握れません」
口を尖らせてから、「だから、金子さんがうらやましくて仕方なかったんです」と呟く。
車の走行音がひっきりなしに聞こえるなかでの私の声は、松浦さんに届いたかは不明だった。
道路を行きかう車のヘッドライトが眩しい。
白色の強いライトに目を細めながら口を開いた。
「うまくいかないのも選んでもらえないのも自分のせいなのに、色んなもののせいにしてイライラしてるんです、私。
だから、近くにいると八つ当たりされるから早めにどっか行ったほうがいいですよ」
本当のことなのに、松浦さんは「どんな八つ当たりかな」と愉快そうな笑みで返すだけだった。
私はすぐに、余裕がなくなってこんな風にイライラしたりしてしまうけれど、そういえば松浦さんのそういう顔は見たことがない。
私がひどいことを言っても平気な顔して笑っているし。器が大きいのか、それとも他人の言うことになんてたいした興味も持たないのか。