オオカミ御曹司、渇愛至上主義につき
『幸せなひとって、モテないのよ。人間、ちょっと不幸せなときの方が魅力的に映るものなの』
食堂の壁に設置されているテレビのなかで、淑女が言う。
それを見ていた工藤さんは「麻田、聞いてた?」と話しかけながら、B定食のおろしハンバーグを箸でひと口サイズに切り分けた。
「不幸な顔してるほうがモテるらしいから、今の麻田は社内で一番目を引く存在かもね」
私も、工藤さんと同じように、ひと口サイズにしたハンバーグを食べてから顔を上げると、向かいの席でうなだれている麻田くんが視界に入る。
見るからに落ち込んでいる理由は、彼女とのいざこざらしい。
昨日、日曜日は麻田くんの誕生日だったから、彼女は腕によりをかけて、ケーキを含むご馳走を用意していたのだけど、それを麻田くんは完食することができなかった。
ちっとも箸が進まない麻田くんに、彼女は『もしかして口に合わないかな……?』と不安そうな顔つきになり……。
『口に合わないんだよね?』『もしかして、今までずっと……?』『私、我慢させてたの?』と流れるように推理した彼女には、麻田くんが必死に叫ぶ『違う!』という声は最後まで届かなかったらしい。
結局、『少し、落ち着いて考える時間が欲しい』と言われ、昨日は別れたって話だけど。
麻田くんは彼女のその言葉は、別れを告げられたも同然だと主張し、『もう終わりだ……』とうなだれてしまった、というわけだった。
十三時の食堂は、入ってくる人よりも出て行く人の方が多く、席はだんだんと空き始めていた。半分くらの席が空いている。