不本意ですが、異世界で救世主はじめました。
「ノックはしたぞ」

 簡潔に言い放ったジリアンは、ゆっくり歩いて室内に入った。確かな歩調でまゆこの方へ近づいてくる。

 彼女は押し黙って彼を見ていたが、無意識に後ろへ下がろうとした。

 いつもと同じように強い気配に押されるのだ。

 ところが、膨らんだドレスの裾が、かなり低い位置にある窓枠の下側でとめられ、衣擦れの音を立てる。はっとして動きを止めた。

 後ろへ目を向けると、布地のレース部分が空いた窓の枠から外へはみ出ている。

 レースで押しただけで窓は最初よりも大きく外へ開いた。

『窓もすべりがよくしてあって一瞬で開く』

 危ないから注意してくれた? 親切な人っていうタイプには見えないよね。

 押し寄せてくるような威圧感は、頭の中にどうしても〈傍若無人〉という言葉を浮かばせる。

 まゆこは顔を前に向け直し、ジリアンとその後方を見た。

 二人で左右それぞれの扉を内側に押し開いているのは、装束からして衛兵だろう。腰に剣まで下げている。

 剣は恐らく本物だ。つまりは、そういう世界なのだ。

 魔法と剣と王侯貴族と庶民。ジリアンはバーンベルグ公爵本人で国王候補なら、身分は非常に高いはず。

 まゆこの脳裏では、捕まえて処刑、拷問、売り渡す、等々が回るが、すぐに首を横に振った。

 わざわざ〈召喚〉をしている。すぐに危害を加えるとは思えない。
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