終夜(しゅうや)
 私は必死に説得したが、仁は独り言を繰り返しながら、肩を震わせる。泣きそうになるのを堪えているのか、時折、声が途切れていた。

 その言葉を聞くたび、私は両足が震え、立っていられなくなる。高まり続ける感情が、私の体を奪い取り、爪先から昇るように震えが走る。

「あ、あのね。仁に、言うことが、あるんだけど、ね。」

 口元を震わせながら、私は仁に言葉を伝えようとする。ダメだ、もっと、そばで言わないと。立っていることも辛くなった私は、床に両膝を付き、彼の胸元に手を当てた。

 彼が着ている白いワイシャツの胸元を両手で掴み、シャツを引き裂き、素肌を晒しても、仁はまるで動じない。

 もう、何をしてもいいと言うのだろうか。諦めや忍耐ではない。無関心とも少し違う、生気の無い表情をしていた。

 押せば砂のように崩れてしまいそうな、脆い肋骨。筋肉も細く、胸板とは無縁の体。多分このまま、胸に当てている手を押せば、胸の奥にまで手が届く。

 仁の胸はカラッポだった。

 胸の中に心があるとするのなら、心が一つだけ抜け出してしまった後のような、そんな、脆さを感じる体だった。
 今の私には、暖かさが残る仁の体でも、脆くなった抜け殻のようにしか思えない。

「これじゃ、まるで……。もっと早く、気付けばよかった。」
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