終夜（しゅうや）

　静かに刻まれる心臓の鼓動。
　人が生きていることの証明。
　私にもあるはずの心臓の音。

「どうして……。」

　どうして、彼は平静でいられるのか。不思議に思い、自分の心臓の音と比べようと思って、私は右手を自分の胸に当ててみたが……。

　そこに鼓動は無かった。
　それとも、微弱すぎて感知できないのか。
　さらに強く、右手を胸に押し付けても、やはり、心臓の鼓動が伝わらない。

　自分の胸だと言うのに、心臓が動いていない。胸を鷲掴みにし、鈍い鈍痛の中から心臓の鼓動を探しても、やはり、右手には何も伝わらない。

　あれほど緊張していると言うのに、体は何も伝えてこない。
　だから彼に問いかける。だけど彼は答えない。

「答えてよ、言いたかった言葉を伝えてよ。」

　泣きそうになるほど感情が高まっていると言うのに、そんな私を、誰も待ってくれない。繰り返す言葉だけが時を刻む。

「ねえ、僕って誰。アタシは何者。答えなさいよ、加納仁。」
「教え……られない。」
「だから、どうして。」

　喚きながら、仁の胸元に爪を立て、私は両手に力を込めた。
　彼が言っていた言葉の意味。
　その一つ一つを知りたくなる時、彼はすでに答えを失っており、こうして問いかけても、返答は得られないままだ。

「教えてよ。昔のことも含めて全て。私が思い出せない全てのことを教えてよ。言ってよ、前と同じ口調で教えてよ。」

　もう開かない彼の唇を見つめながら、私は必死に問いかける。何度か重ねた唇も、今は乾いて色すらない。薄い唇には血の気など無く、指で触れても、少し硬い。

「黙っていないで、口を開けて。」

　私は仁の口元に顔を近づけ、じっと、その顔を見る。
　目を閉じたままの彼の顔は、昨日よりも安らかで、今まで見てきた顔の中で、一番綺麗な顔だった。
　だけど、私の好きな顔ではない。
　口元を覆うように、荒々しくキスをしてみても、私の口の中の暖かさが散っていくだけで、仁の唇は冷たいままだ。