愛のない、上級医との結婚
佐島にぺこりと頭を下げたあとで、高野は私のほうを見る。
「準備できたか?」
その言葉に慌ててバッグを持って彼の元に近づいた。
「大丈夫です、行きましょうか」
意味深にニヤニヤしている二人から顔を背けて私は前を向いて歩き出す。
そのあとから高野もついてきて私の横に並んだ。
「僕の車で役所まで向かって、婚姻届出したらどこかで飯でも食べて帰ろう」
その台詞のひとつひとつがパワーワード過ぎて頭がパンクしそうになる。
“僕の車”で!“婚姻届を出し”て!“どこかで飯”を一緒に食べて!そして一緒の家に“帰ろう”!?
なんだその、上級医からの聞き慣れない単語たちは。むず痒くなってソワソワする。
「……わかりました」
ふしゅーっと頭から煙が出そうな勢いで真っ赤になって答える。さっきまでは勇猛果敢に戦いに挑む戦士だった私も、彼を目の前にするとただの経験値0の村人Aに過ぎない。
ここで、「そんなに固くなるな、僕も緊張している」なんて気の利いた言葉をかけられたら私も安心して高野先生最高!となるけれど、もちろんそんな言葉が彼の口から吐き出されることもなく。
そこからは無言のまま彼の車まで移動して、ピカピカ輝くアウディの助手席に座らされた。
「……何を考えている?」
車が発車して数分ほど経った頃。
車外の景色をなんともなしに見ていた私にそんな言葉が落ちてきて、高野の方を振り向いた。