愛のない、上級医との結婚
「……私が何を考えてるかとか、高野先生気になるんですか?」
意外だ、と思う。あんなに強引に私のことなんか考えず結婚の話を進めてきた高野は、こちらの考えを気にかけることなんて無いと思っていた。
すると高野は前を向いたまま、少しだけ苦笑する。
「直前で、やっぱり無し、とか言いそうな顔をしていた」
そう言われて私も苦笑する。
「確かに、やめるなら今がチャンスですもんね」
「……引き返すか。僕の家に運ばれた君の荷物を全てまた車に乗せて、寮へ戻る」
どうする、と尋ねられたその声音は、冗談めかしてはいるもののどこかで私を試すようなそんな声色で。
直前になってそれはずるいでしょう、と私は首を横に振った。
「そもそも、寮には戻れないです。もう私の部屋は寮の空き待ちをしていた後輩に明け渡しちゃいましたし」
と言っても、実家からも病院に通えるので、正直いま結婚をやめてもなんとかなるにはなるのだが。
信号待ちで、高野がこちらを振り向く。
真っ直ぐ、射抜くようなその視線は初めてあった時から変わらないまま。
「今更やめるなんて言い出しませんよ、女に二言は無い、です」
ちなみに、と言い添えて私は高野に悪戯に微笑む。
「私が何を考えていたかですが。……高野先生はこの助手席に一体何人美女を乗せてきたのかなって考えてました」
すると高野は呆れたようで、私から視線を外して前を向く。
信号が青に変わって車が動いた頃、ボソリと彼は口を開いた。
「……車の助手席に女性を乗せたのは、母親だけだな」
それなら美女一人ですね、と答えて、今度こそ私は邪気のない笑顔を彼に向けた。