愛のない、上級医との結婚
役所に着くと思ったよりも簡素な流れで結婚届は受理されてしまい、拍子抜けしてしまう。
おめでとうございます、という職員の言葉にはなんと返して良いか分からず曖昧に微笑んでしまった。
望んだ結婚ではあるけれども、大恋愛の末という訳では無い事務的な結婚は、この一大イベントすら味気ないものにしていて、なんだか損したような気分になった。
外に出ると、夏至を一ヶ月後に控えた午後6時半の空は、鮮やかな橙と灰色の影を落とす雲に彩られている。
橙に照らされた高野と車を停めている駐車場まで並んで歩く。
違和感しかないこの距離も、今日から当たり前になっていくのだ、たぶん。
「もう今から、高野先生が私の夫なんですね……」
しみじみと呟く私の声はどこか呆然とした響きを含んでいて、それを聞いた高野は眉を潜める。
「なにを当たり前なことを言ってるんだ」
「いやいや、よく考えてもみてくださいよ先生。
いま目の前にいるこのよく知らない女が貴方の妻なんですよ、妻!
たったあの紙切れ一枚で夫婦になるなんて不思議じゃないですか」
「不思議でなによりだな。それより夕飯はどうする?」
「共感している風を装って全く聞いていないだと…?」
そしてすぐ飯の話だなんて、この男には情緒というものが無いのだろうか。