愛のない、上級医との結婚
♪〜
その時私たち二人の間に無機質な着信音が流れる。
思わずバッグに入れっぱなしだったそれに手を伸ばしかけて、すぐ隣で着信を受ける機械音を聞いて顔を上げた。
「はい、高野です」
高野がピッチを耳に当てているのを見て、ようやく自分のピッチの着信音ではなかったことに気づきホッとする。呼び出されるかと思うと、いつだってこの着信音にはビクビクするのだ。
しばらく深刻そうに着信を受ける高野を眺めていると、ピッチを切った彼が顔を上げる。
「すまない、緊急カテが入った」
「なんと」
「今日は特に人手が少なかったから、できたら病院に行きたいんだが」
夫婦になってまだ10分経ってないわけだけれど。ここに愛があれば、潤んだ瞳で引き止めたこともあったかもしれないし、切ない瞳でごめんなと謝られたかもしれないけれど、いかんせんここに愛はない。
「どーぞどーぞ、やっぱ循環器内科って大変ですね!」
にっこり笑って言うと、高野もまたホッとしたように表情を緩めた。
「君に仕事の理解があって助かる」
まあ、同じ職業ですしね。
仕事の理解があるってことも結婚のメリットでしょうしね、お互い。
「じゃあ、このまま病院に向かう」
そう言って車に向かう足を早めた高野に、私は「えっ」と声を上げる。
「わ、私を家に送ってくれる…なーんてことは…」
もしかして、無いのだろうか?
青筋を立てた私に、さっきと打って変わって高野は厳しい瞳を向ける。
「君はまだ医者になって三年目だろう」
「はぁ」
「……病院に残って勉強するか研究なりしていなさい」
「………えぇぇ」
なんという最悪な上級医なんだ。
結婚初日も妻に仕事を進めるだろうか、普通。
「なんだその顔は。……カテ終わったら飯一緒に食ってやるから待ってろ」
「なんのご褒美でもないじゃないですか、それ……」
「なんか言ったか?」
「いえ、有難き幸せでございます」
よろしい、と頷いた男にため息をつく。この生活が続いたら、私はさぞ真面目に仕事をこなす医師になるのだろう。