愛のない、上級医との結婚
「えっ、どうしたんですか樹里先生!」
腎臓内科の医局に戻ると、いまだスライド作りに没頭していた菜々子ちゃんが驚いたように目を丸くした。
「婚姻届出してあとはお家でニャンニャンしてるんじゃなかったんですか!」
あんまりな言い様にガックリと私は肩を落とす。
「そんなことは万が一にもないと思うけど、こんな風に今日中にまたここに戻ってくることも同じくらいないと思ってたよ、あたしゃ…」
「なんだ、婚姻届出す前に忘れ物か?深澄」
まともに返してきた佐島に、どう説明しても呆れられるだろうことは知っていたけれどとりあえずひとつ訂正しておく。
「いや、実はもう深澄ではないんですけど」
「えっ、……高野になった途端病院戻ってきたの、お前」
「まあ。名字変わった瞬間に夫はカテ呼ばれて、なぜか巻き添え食らって私まで病院に舞い戻ってきてしまったと…」
「……新婚初日に?」
さすがにドン引き顔の佐島に、こっちの上級医はマトモな価値観の持ち主だったんだなぁと、たったこれしきのことに感心してしまう。
「まぁ、ここから勝手に家まで歩いて帰ればいいんですが、カテ終わるまで病院で待てをされているわけでして」
「ふーん、じゃあお前が菜々子ちゃんのスライド見てやっててくれよ、俺いま病棟呼ばれたからさ」
悪いな、と白衣を着込んだ佐島が颯爽と駆けていく姿を見届けてから菜々子ちゃんに向き合うと「なんか結婚してきた超新婚の妻とは思えないくらい目が死んでますけど大丈夫ですか樹里先生」と思いのほか深刻なテンションで心配された。