愛のない、上級医との結婚
それから二時間。
夜も更け、とっくに菜々子ちゃんを帰した頃。
トントン、と控えめなノックの音に顔上げて「どうぞ」と声をかける。
「……悪い、待たせた」
少し疲れた顔を覗かせた高野に私は首を横に振る。
「いえ、思ったより早かったですね。もっと遅くなるかと思ってました」
心筋梗塞に対するカテーテル治療は、簡単に言うと詰まった血管をステントという金具で広げる手術だ。もちろん患者の重症度にもよるが、その術者の技術力でも治療時間が異なってしまう。
ましてやまだ5年目医師の高野が、カテを終えてそのあとの諸々の仕事までこなすまでに、二時間というのはわりかし早い方だと思った。
「さすがに人を待たせてるんだからそれなりに急いでやってきたさ」
そう言ってカテーテルをシュシュッと入れる真似をした高野に、私はこてんと首を傾げる。
「もう仕事終わりでいいんですか?」
「いや、あと患者と家族にICだけしないといけないな。家族が来るまでまだ時間あるみたいだから一旦上がってきたところだ」
「なるほど。じゃあタイミング良かったです」
そう言ってにっこり笑った私に、訝しげに高野は眉をひそめる。
「なんだ?」
「ちょうど出前届いたとこだったんで」
そう言ってテーブルに置いてた二つ分の袋を指すと、彼は少し驚いたようだった。
「新婚初日に出前取る夫婦なんてそうそういないでしょうけど……お腹空いてますしラウンジで食べましょ」
そう言って立ち上がった私に、高野は「案外気が利くんだな」と驚きを含んだ声音で言ってくるものだから、「案外は余計です」と返しておいた。