愛のない、上級医との結婚
「お、お帰りなさい」
ヒョコッと玄関に続くドアを開けて靴を脱いでいるその背中に声を掛ける。
照れくさくて、ほんの少し顔が熱い。
驚いたように振り返った高野が、数秒の沈黙ののち、
「た、ただいま……?」
と、蚊の鳴くようなか細い声で応えた。
「………」
「………」
「て、照れますね、なんか」
「……だな。これが結婚するってことかって今思った」
「実感沸くの遅くないです?」
「そう言う君だってまだ実感湧いて無さそうに見えるが」
そうしてこっちに歩いて来た高野は、テーブルに並べられた食事を見て目を見開いた。
「……今日はパーティか何かなのか」
「ち、違います!私はこれぐらいの食事作るのがいつも普通ですから」
意地を張って料理いつもしてますアピールをしてしまったけど、本当のところは忙しくて週に一回作れれば良いほうで、なんなら今日作った全てが初めて作ったものですスミマセン。
心の中だけで謝りながら、気を取り直して私はひとつ手を叩く。
「ろ、ローストビーフはすごく上手く行ったんです!……まあ、ピラフはちょっとべちゃっとしちゃったし、にんじんサラダは味少し薄くて塩入れたら逆にちょっとしょっぱいし、ヴィシソワーズはお洒落すぎてその味で合ってるのか甚だ疑問の余地はありますが」
「ほんとにいつも作ってるのか……?」
「ぐぬぬ」
疑いの目を逆に睨んでやると、高野は少しだけ何か考えた後で。
パクリとローストビーフを一つ手掴みで食べた。
「……たしかに、美味い、が。君が言うには残念ながらこの味がピークだと?」
「う。その通り過ぎてなにも言えないです」
悔しげに再度高野を睨むと、ふは、と彼は吹き出した。
「別に、気にするな。ありがとう、意外と上手いんだな、料理」
「………えへへ」
最後の言葉に救われて、私は嬉しくて顔を緩ませる。
その言葉が聞きたくて頑張ったのだ。これで胃袋掴む作戦も成功なのだ!
と大満足したその30分後。
「ローストビーフ以外は改善の余地がある」とバッサリ斬られて私は再び撃沈したのである。