隠れクール上司~その素顔は君には見せはしない~1
どうしたの? 店長と何かあった?
1月5日。年末年始が明けて、ようやく関は出勤した。
あり得ないほどの長い休暇に誰もが、亡くなった人は誰だったのかと予想を立てたが、おそらく誰1人として分からなかったと思う。
かといって、関の何かが変わるわけではない。いつも通りの日々が始まり、終わって行った。
「はあぁあ。ハンバーグ……」
1月末、まさか真隣に腰かけて来たのは、関店長その人だった。
予定通り手作り弁当を見事に仕上げてきていた美生は、むしろ少し弁当を関寄りにして、「お疲れ様です」と、できる限り自然に挨拶する。
「お疲れ。お、うまそうな弁当だねえ」
そうですとも!! 今日のこの日のために、2年間作ってきましたから!!
「あ、ありがとうございます!!」
それだけで全て満足だ!!!
「関は料理得意なの? 得意だよね。いつも弁当だもの」
すごいなあ……ちゃんと見てくれてたんだ……。
「えっと……まあ……」
かといって、それくらいしか料理しないが、そういうことでいい。
「家で、酒飲みながらツマミ作ったりするの?」
「い、いえっ、そこまでは……」
「あ、あれから航平部長にカクテル作ってもらった?」
それどころか、あの年末別れて以来連絡もとってない。
「い、いえ…」
「航平部長、カクテル作れるんだねえ。焼酎派なのに」
「あぁ、いつも焼酎のなんとかってやつ飲んでますよね」
「カクテル飲んでるとこ見たことないんだけどなあ」
「あの時適当に言ったって可能性もありますよ」
「ははは、いやー。あれは本気な感じだったけど」
随分楽しそうにハンバーグを食べてくれている……。
「そうです? いざ作ってってなったら、あ、材料忘れたとか、グラス忘れたとか」
「まあ忙しいからねえ、色々忘れるのは仕方ない」
「まあそうですけど……昔は、何かを忘れられたことはなかったように思います」
「昔って、どのくらい昔?」
「私が高校生の時だから10年前です」
「あぁ、その時だったんだね。あー、なんだっけ、USJとか行って土産買って来てくれてたな。会社に」
「そうそう!! 私も行ったんですよ!! USJ。でも姉が来なかったから、2人で行って帰って来たという」
「へー、そう」
「あー、あの時お土産なんかいっぱい買ってましたねー。楽しそうに。
ジェットコースターとかダメなのに、人を誘ってくるんですよ」
「はは。そういうとこある」
喋りながらも弁当を大半食べ終えた関だが、それでも随分落ち着いて話を聞いてくれている。
「でも、私が入社して…なんか、そこらからは色々よく忘れるようになりました。夕方メールでやりとりして、3時間後落ち合う約束したのに、忘れられて待ちぼうけして結局帰ったり」
「航平さんが怒られる図が目に浮かぶよ。私が信用したのが間違いでしたーって」
車内で居酒屋予約を怒った事を思い浮かべられていて恥ずかしいが、覚えていてくれていた事がただ嬉しい。
「さすがに怒りますよ。私も最初は、やっぱ部長だからと思って遠慮してたけど、どうでもいい従業員だから仕方ないんでしょうけどって言ったら、随分宥められて、言うんじゃなかったって思いました」
「くどいのね」
関は素で笑い、ペットボトルのお茶を飲む。
「そうですよね。言い出すとくどいんですよねー。忘れた言い訳でもない、なんか自分なりにいつも思ってることを言ってくれてるんでしょうけど、長いというか」
「あっらー、えらくお楽しみのとこ申し訳ないけど」
近づいてきた事に全く気付かなかった。
花端杏子副店長は、一枚のプリントを片手に、ひらりと関に手渡す。
そして、きらりとこちらに視線を向けた。
「関さん、ちょっといい? 確認したいことがあるんだけど」
「はい」
関は即席を立つ。
東都シティには副店長が2人いて、女性の花端が売り場以外のレジカウンター、携帯部門、部品修理部門、倉庫を主にメインにみているのだが、これは良くない事だと直感する。
廊下の隅、というところがまたそうだ。
「この前の、オンライン注文出荷時の追加事項の分、どうにかした?」
「あ、はい。壁に張るように、枚数分印刷はしましたけど……」
「ならいいの」
花端はあっさり去ってしまう。
あっけにとられるくらい、簡単で呼び出すほどのこともない内容だった。
それくらい、あの場で言えばいいのに。と思いながらも、小走りでスタッフルームに入る。
だがもちろん関は既に席を立ち、どこかも知らぬ広い売り場の中へ紛れ込んでしまっていた。
ここへきて、やはり叔母が死んだせいか、関が自然に話しかけてくれるようになってきていた。
忙しさを紛らわすように、私の隣に立ち、「明日晴れるかなあ…」とどうでも良いことを発したりする。
「え…さぁ……。大きなアンテナ工事でもあるんですか?」
「いやあ、晴れた方が気持ちがいいでしょ。そうでもない?」
こちらの視線に気づいているのかどうなのか、ずっと前を見ている。
「まあ…布団も干せますしね」
ほとんど干さないけど。
「いいねえ、家庭的」
そして、カウンターから売り場へ出て行ってしまう。
あの葬式で絶対何かあったんだ。あったとしたら、叔母が死んで、子供と2人になって、でも子供は私立の寮がある所に入るから、自分1人になる。
そしたら何でもできる!といったところで、ロックオンしてくれたんだと思う。
絶対そうだと思う!!
航平が言っていた、息抜きに飲みに誘ったという点から考えて、どうも今の状況はそうならざるをえなかった感が強い。
連れ子を押し付けられたとか、そういう事だと思う!!
だから、また別の日は、
「いやあ…お客さんに呼ばれたんだけど、あんたじゃないって言われたよ」
「え、勘違いですか?」
「いや、女性用のボディケア商品が欲しかったみたい。おじいさんが理美容コーナーにいたからシェーバー探してると思ったんだけどねえ。いや、難しいな、接客って」
と、言い、離れていく。
普段、雲の上で難しいことを考えているとばかり思っていた関が、まさかこんな普通の従業員が話すことと同じような事を話していたとは思いもよらず、日々、期待だけが上がって行く。
航平のネタを話していて、きっと話しやすいと思われたんだ。
絶対好きになってくれてるんだ。
だって週1回は話すもの!
あり得ないほどの長い休暇に誰もが、亡くなった人は誰だったのかと予想を立てたが、おそらく誰1人として分からなかったと思う。
かといって、関の何かが変わるわけではない。いつも通りの日々が始まり、終わって行った。
「はあぁあ。ハンバーグ……」
1月末、まさか真隣に腰かけて来たのは、関店長その人だった。
予定通り手作り弁当を見事に仕上げてきていた美生は、むしろ少し弁当を関寄りにして、「お疲れ様です」と、できる限り自然に挨拶する。
「お疲れ。お、うまそうな弁当だねえ」
そうですとも!! 今日のこの日のために、2年間作ってきましたから!!
「あ、ありがとうございます!!」
それだけで全て満足だ!!!
「関は料理得意なの? 得意だよね。いつも弁当だもの」
すごいなあ……ちゃんと見てくれてたんだ……。
「えっと……まあ……」
かといって、それくらいしか料理しないが、そういうことでいい。
「家で、酒飲みながらツマミ作ったりするの?」
「い、いえっ、そこまでは……」
「あ、あれから航平部長にカクテル作ってもらった?」
それどころか、あの年末別れて以来連絡もとってない。
「い、いえ…」
「航平部長、カクテル作れるんだねえ。焼酎派なのに」
「あぁ、いつも焼酎のなんとかってやつ飲んでますよね」
「カクテル飲んでるとこ見たことないんだけどなあ」
「あの時適当に言ったって可能性もありますよ」
「ははは、いやー。あれは本気な感じだったけど」
随分楽しそうにハンバーグを食べてくれている……。
「そうです? いざ作ってってなったら、あ、材料忘れたとか、グラス忘れたとか」
「まあ忙しいからねえ、色々忘れるのは仕方ない」
「まあそうですけど……昔は、何かを忘れられたことはなかったように思います」
「昔って、どのくらい昔?」
「私が高校生の時だから10年前です」
「あぁ、その時だったんだね。あー、なんだっけ、USJとか行って土産買って来てくれてたな。会社に」
「そうそう!! 私も行ったんですよ!! USJ。でも姉が来なかったから、2人で行って帰って来たという」
「へー、そう」
「あー、あの時お土産なんかいっぱい買ってましたねー。楽しそうに。
ジェットコースターとかダメなのに、人を誘ってくるんですよ」
「はは。そういうとこある」
喋りながらも弁当を大半食べ終えた関だが、それでも随分落ち着いて話を聞いてくれている。
「でも、私が入社して…なんか、そこらからは色々よく忘れるようになりました。夕方メールでやりとりして、3時間後落ち合う約束したのに、忘れられて待ちぼうけして結局帰ったり」
「航平さんが怒られる図が目に浮かぶよ。私が信用したのが間違いでしたーって」
車内で居酒屋予約を怒った事を思い浮かべられていて恥ずかしいが、覚えていてくれていた事がただ嬉しい。
「さすがに怒りますよ。私も最初は、やっぱ部長だからと思って遠慮してたけど、どうでもいい従業員だから仕方ないんでしょうけどって言ったら、随分宥められて、言うんじゃなかったって思いました」
「くどいのね」
関は素で笑い、ペットボトルのお茶を飲む。
「そうですよね。言い出すとくどいんですよねー。忘れた言い訳でもない、なんか自分なりにいつも思ってることを言ってくれてるんでしょうけど、長いというか」
「あっらー、えらくお楽しみのとこ申し訳ないけど」
近づいてきた事に全く気付かなかった。
花端杏子副店長は、一枚のプリントを片手に、ひらりと関に手渡す。
そして、きらりとこちらに視線を向けた。
「関さん、ちょっといい? 確認したいことがあるんだけど」
「はい」
関は即席を立つ。
東都シティには副店長が2人いて、女性の花端が売り場以外のレジカウンター、携帯部門、部品修理部門、倉庫を主にメインにみているのだが、これは良くない事だと直感する。
廊下の隅、というところがまたそうだ。
「この前の、オンライン注文出荷時の追加事項の分、どうにかした?」
「あ、はい。壁に張るように、枚数分印刷はしましたけど……」
「ならいいの」
花端はあっさり去ってしまう。
あっけにとられるくらい、簡単で呼び出すほどのこともない内容だった。
それくらい、あの場で言えばいいのに。と思いながらも、小走りでスタッフルームに入る。
だがもちろん関は既に席を立ち、どこかも知らぬ広い売り場の中へ紛れ込んでしまっていた。
ここへきて、やはり叔母が死んだせいか、関が自然に話しかけてくれるようになってきていた。
忙しさを紛らわすように、私の隣に立ち、「明日晴れるかなあ…」とどうでも良いことを発したりする。
「え…さぁ……。大きなアンテナ工事でもあるんですか?」
「いやあ、晴れた方が気持ちがいいでしょ。そうでもない?」
こちらの視線に気づいているのかどうなのか、ずっと前を見ている。
「まあ…布団も干せますしね」
ほとんど干さないけど。
「いいねえ、家庭的」
そして、カウンターから売り場へ出て行ってしまう。
あの葬式で絶対何かあったんだ。あったとしたら、叔母が死んで、子供と2人になって、でも子供は私立の寮がある所に入るから、自分1人になる。
そしたら何でもできる!といったところで、ロックオンしてくれたんだと思う。
絶対そうだと思う!!
航平が言っていた、息抜きに飲みに誘ったという点から考えて、どうも今の状況はそうならざるをえなかった感が強い。
連れ子を押し付けられたとか、そういう事だと思う!!
だから、また別の日は、
「いやあ…お客さんに呼ばれたんだけど、あんたじゃないって言われたよ」
「え、勘違いですか?」
「いや、女性用のボディケア商品が欲しかったみたい。おじいさんが理美容コーナーにいたからシェーバー探してると思ったんだけどねえ。いや、難しいな、接客って」
と、言い、離れていく。
普段、雲の上で難しいことを考えているとばかり思っていた関が、まさかこんな普通の従業員が話すことと同じような事を話していたとは思いもよらず、日々、期待だけが上がって行く。
航平のネタを話していて、きっと話しやすいと思われたんだ。
絶対好きになってくれてるんだ。
だって週1回は話すもの!