隠れクール上司~その素顔は君には見せはしない~1
「え、ちょっと、待って!!!」

「美生には、阿南でレジカウンターの主任としてやってもらう。自分が絶賛していた店で学んでくればいい」

「な、何でよ急に!! 何でよ!!」

「予め決まっていたことだ。あんまり頭に血が昇っているから、今のうちに冷ました方がいいと、今言ったまでだ。本来なら2週間後に人事から電話がかかてくるところだけど、内示の内示として伝えた」

 その冷たい言い方にカチンときて、

「酷いよ……。酷いよ!! 私が関店長を好きで、そういうのはダメだって、それを人事にしようとしてるんでしょ!!!」

「そんなことあるはずない」

 こちらがヒートアップしていくと、逆に航平は落ち着き、

「2週間後には内示が出る予定になっていたが、今先に考えられるように言ってあげただけのことだよ」

 若干優しく言う。が、それに乗りたくはない。

「絶対今考えたんだ」

「僕は営業部長だよ? 公私混同はしない」

「嘘、絶対してる」

「まあ、美生に苦労をかけさせたくなくて、2週間前倒しして告げたのは、公私混同かもしれないな。それは深く反省して、次回からは絶対に言わないでおくよ」

「………………」

 色々な気持ちがぐちゃぐちゃになって、大粒の涙を隠しもせずに、ただ流した。

「……」

 頭を掻いて溜息をつく、航平。

 ずっと立ったままだし、足もだるいに違いない。

「はあ……」

 予想通り足が疲れたのか、靴も脱がずに航平は地べたにあぐらをかいた。

 そういえばまだ制服だし、明日も仕事だし、散々だと思って居るにちがいない。

「美生?」

「………」

 何も答えられず、ただ目の前の壁を見つめたまま、涙を流す。

「告白して、ダメなら飽きらめると思ってるんなら、最初から諦めた方がいいよ。関は賢い男だから」

 そうだとは思う。

「でも、私が会社辞めたら……」

 思いつきで言ったが、関は本気に取ったのか、かなりきつい口調で言い返した。

「それだけはやめといた方がいい。本当に。関のことで退社しなくても、もし本当に関が美生のことを好きになってくれたのなら、退社しなくてもいい方法を考えてくれるはずだから」

「そんなのあるの?」

「もしあったらね」

「………」

 航平なんて、嫌いだ。

「航平君、あれもだめ、これもだめ、異動だって、そんなんばっかじゃん!!! 今日だって、めちゃくちゃ言い方冷たかったし、年末だって、めちゃくちゃ怖かった」

「あー……怖かった?」

「怖いよ!! めちゃくちゃ怖かった……怒ってて……私そんな酷いこと言ってないのに……殴られるのかと思った」

 本気で言ったのに、逆に航平は笑う。

「まあ、美生が言ってることも充分怖いからね」

「なんでよ!!」

「だって、その中学受験の話とか。子供が寮に入って叔母さんが死んだら1人で暮らすようになるか
ら私のこと好きになってくれるかもってことでしょ?」

「………」

 最悪だ………。

「実質もしそうなったとしても、慰謝料として養育費を払っていくみたいだし、…まあそれは裁判沙汰になったわけじゃなくて、単なる口約束らしいけど。そういうきちんとした男だからね。だから、今も仕事をして金稼がないととは思ってると思う。自分の家庭を作る気は到底ないと思うよ」

「……でも、彼女くらいなら……」

 美生は涙を拭いた。

「なら、わざわざ社内で選ばなくてもいいでしょ。モテるだろうし」

「…………」

 その通りだ。

 正論が頭を芯から通り抜けていく……。

 そっと、頭に航平の手が触れた。

 航平に触れられたことなど、一度もなくて、身体が固まってしまう。

「美生も、モテるだろ? それなりに」

 すぐに手は離れた。

「それなりって何よ」

 キッと睨む。

「1人に固執しすぎると周りが見えなくなる。ただそれだけだよ。
 僕もそれなりにはモテると思ってるんだけどなあ……」

「そりゃそうでしょ。だから沙衣吏も好きだったんだって」

「ああ、あれはあんまり好みじゃなかった」

「えーーーーー!?!?」

 意外に真剣に考えていたことを知り、驚いてそののんびりとした顔を見た。

「ちなみに、会社の人で付き合った人、いるー?」

「いないよ。言われても断る」

「なんでー?」

「面倒だから」

 ふと、思い出して、聞く。

「……その、身体のことってさ、どうしても無理なの?」

 さすがに、航平は、一度固まったが、それでも、

「みたいだねえ」

と、そっけなく言い切る。

「あのさあ、例えば、ビデオとか見てみたら?」

「ビデオ? AV?」

 航平は怪訝な顔を見せた。

「うん」

 美生的には、色々相談に乗ってくれたお礼に、代わりに相談に乗ってあげようと提案したが、

「美生は心配しなくていいから」

 と、さらりと顔を背けて立ち上がられる。

「いや、聞いた以上は何か私も相談に乗ってあげられたらな、と」

 冗談で言ったのではない、ということだけは分かっておいてほしい。

「じゃあ、二度と他の女性を押し付けようとしないでくれたらいい。それだけでいい」

「あ、うん……。男だったらいけるのかな」

 そういうのもアリかもしれないと真面目に思ったのだが、

「……もういいよ」

 無表情で言い切られる。

「……航平君ってさ、時々怖いよね」

「それは美生のせい。さあ、もう帰ろ」

「えー、何で私の? ってゆーかさ、なんで呼び捨て?」

「あー、ごめん。つい……。はい、美生ちゃん」
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