秘書課恋愛白書
「聞いてると思うけど、僕の母は生粋のイギリス人。海辺の街出身でここは母が育った環境によく似ていると言っていた」
「シェフの方が…社長はお母様似だとおっしゃってました」
「どちらかと言えばね。昔は家族で来ていたここも、母が亡くなってからはどうも来づらくて」
少しだけ私より前を歩く社長がどんな顔してこんな話をするのか。
思い出に浸るように語る社長の背中が寂しそうだった。
でも、社長はお母様のことが大好きだったという気持ちだけは伝わってくる。
「ここ、一応宮野の私有地なんだ」
「……だから私達以外誰もいないんですね」
「母のお気に入りだった場所を父も手放さないんだよ」
この季節の海だったらもう海開きをしていてもおかしくないのに誰一人いないのはここが私有地だからなのか。
納得して一人頷いていると前を歩いていた社長の足がピタリと止まった。
「でも綾女と来れてよかったと僕は思ってるよ」
「わ、たし…もです」
社長の大事な思い出の場所に連れてきてもらって、社長を知っていくたびに私は心を動かされている。
それは紛れも無い事実で、社長の孤独さにも触れるたびこの人を守ってあげなくては、という気にさせられた。