先輩、好きです。
その日の夜、私は案の定深夜になるまで先輩とのことを梓に問い詰められる形となった。
そして、次の日からは初日を優に上回る超ハード強化練習により、あの出来事は頭の中からは薄れていった。
3日目を迎えたお昼時。
水道場で顔を洗っていると、近くから話し声が聞こえてきた。
「そういえば京果、知ってるよ〜私」
「え?何を?」
「しらけちゃって〜」
「?」
声からして、京果先輩と長距離の先輩だ。
なんの話だろ?
「隠しても無駄なんだからねー」
「別に隠してることなんてないけど?」
「またまたー。陸上バカだとばかり思ってたから、私驚いちゃったわよ」
そっと聞き耳を立てながら、再び手の中に溜めた水を顔へ運んだその時だった。
先輩が発した言葉に、私の手は止まった。
「あんた、颯斗のこと好きなんだって?」
え…。
衝撃の事実に、その先を聞きたい気持ちと聞きたくないという気持ちが入り混じるなか、蛇口から水が流れ出る音だけが聞こえる。
「……」
先輩の返答を待つ時間がとても長く感じた。
「……うん」
ガツン。
頭を殴られたような気分だった。
京果先輩といえば、私がみる限り近藤先輩と最も仲が良く、親しい仲の先輩だ。
陸上はもちろん、近藤先輩に負けずと劣らないスペックを持っている。
先輩の、小さくもはっきりとした返事にさらに胸が苦しくなった。
「………っ」
どうすればいいのかわからなくなり、私はその場を離れた。
翌日。
4日目を迎え、合宿も後半戦へ突入した。
練習中だけは昨日のことは頭の中から薄れていった。
しかし、京果先輩と接するたびに胸がチクチクと痛んだ。
「今日、元気ないね」
休憩中、私の挙動に違和感を感じたのか、梓が話を切り出した。
「………うん。ちょっと」
「どうかしたの?」
「昨日ね、たまたま聞いちゃったんだけどね」
「うん」
「京果先輩、近藤先輩のこと好きなんだって…」
口にするとさらに現実を突きつけられた気がして、私は俯きながら唇を噛んだ。
「それで、あんたはどう思ったの?」
「京果先輩はほんとに尊敬してる先輩だけど、やだな…って」
大好きな、尊敬してる先輩なのに。
こんな気持ちになってしまう自分が嫌だった。
「それでいいじゃん」
そう言う梓の顔とても清々しい表情をしていた。
「恋愛に先輩も後輩も関係ない。好きになった気持ちはあんた自身のものなんだから」