先輩、好きです。
梓は以前、自分には年の離れた彼氏がいるって言ってた。


「でも、京果先輩のこと嫌いになりたくない…っ」


先輩の気持ちを知ってから抑えていた涙が溢れ出た。


自分のなかの感情が絵具みたいにぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。


反動的に梓の胸の中に飛び込み、止めどなく流れる涙を拭い続ける。


「渚」


「…ん」


「京果先輩に対してそう思うのは、それだけ渚が先輩のこと好きってこと。だから気負う必要なんてないよ」


梓の真っすぐな瞳が私を捉える。


「それに、あんたなら大丈夫。京果先輩のこと嫌いになんてならないよ」


「本当…?」


「うん。だって渚は京果先輩の良いところをたくさん知ってるじゃない」


梓に言われて、はっとした。


先輩の良いところなんて、


たくさんあるに決まってる。


入部当初から一番仲良くしてくれたのが京果先輩だ。


いつも私のことを気にかけてくれて、部活のことで悩んでいる時には深夜まで電話で話を聞いてくれた。


いっぱいいっぱい、良いところを知ってる。


部活内で一番と思えるほどに。


そんな先輩を嫌いになるはずない。


…嫌いになんてなれないよ。


「京果先輩はライバルよ」


「ライバル?」


「さっきも言ったでしょ?恋愛に先輩も後輩も関係ない。渚は渚の気持ちに正直に近藤先輩に接すればいい」


その言葉で、自分の中にあった葛藤の渦がすっと消えって行った。


「私、やっぱり先輩のこと諦めたくない」


「うん」


「それくらい、先輩のことが好き」


「うん」


この恋は実らずに終わるかもしれない。


私の願う結果とは違う方向へ結末が訪れるかもしれない。


でも、それでいい。


私の取り柄なんて人一倍大きな声と人一倍の元気くらいしかないけど、


それで十分だ。


人一倍大きな声と元気で先輩に思いを伝えばいいんだ。


そして私は決心した。


「梓、私今度の大会で先輩に思いを伝える!」


長期戦は私の性に合わない。


合宿が開けて2週間後には全国大会の予選がある。


それまでにやれることはしよう。


そう思った。


私の言葉に梓も穏やかな表情を浮かべる。


「梓、ありがとう。大好きーー!」


お礼の言葉を掛けながら梓の背中に腕を回し、ギュッと抱きつく。


すると、


「暑苦しい」


と言ってあしらわれた。


「えー。ひどい」


「ひどくない」


さっきまでの優しい梓はどこに行ったのか。


ここは私も好きよ的な言葉が帰ってくるのを期待したのに…。


しかし、突如として発生する温度差は日常茶飯事のこと。


「そろそろ離して欲しいんだけど」


「やだねー」


でも、そう言いながらも私を除けようとしない梓が本当に本当に大好きだ。




梓、本当にありがとう。


感謝すると同時に自分の中で、梓という存在の大きさに胸が熱くなった。
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