先輩、好きです。
最終日の今日も先輩は部員が居なくなった後も残って練習していた。


そのあとすぐに食事だったから、先輩きっと疲れてるよね。


それに、私も合宿のリーダーなのに先輩に頼ってばかりだったから、最後くらいしっかりしないと!


「先輩こそ、体冷えて風邪ひいちゃいますよー」


そう笑顔で伝えると、先輩は少し驚いた顔をしていた。


「笹野にはバレてたか」


「練習中にトイレを探していたら先輩の姿を裏の敷地の方で見つけて…」


「そっか。でも、恥ずかしいな」


先輩は頭を掻きながら少し困ったような、苦しそうな笑顔を見せた。


こんな表情の先輩を初めて見た。


いつもは物腰柔らかな雰囲気でなにごともそつなくこなしているイメージだけど、今目の前にいる先輩は私の記憶の中にはいない新しい先輩だった。


「恥ずかしい?」


見られたくなかった理由があるってこと?


「…今俺、スランプなんだ」


その言葉の重みに、思わず何も言えなくなった。


先輩がスランプだったなんて全然気づかなかった。


しかも、私は先輩と同じ短距離で、合宿のリーダーだったのに…。


そう思うと、自分の胸まで締め付けられるようだった。


「前みたいに気持ちよく走れない。自分の中でどうにかしなきゃって思うんだけど、なかなか上手くいかなくて」


なんで気づけなかったんだろう。


スランプは、肉体的な面より精神的な面でその人をとても苦しめる。


私も過去にスランプに陥り、スタートラインに立つのが怖くなった時期があった。


あのピストルの音を聞くのが怖くて、コンマ1秒でも早く走り出したいと思うほどに私の足はそれを拒みように動かなくなった。


あんなに大好きだった陸上が嫌になり、毎日泣いていた私は、どん底だった。


でも、そんな時友達が何度も私のことを励まし、私が納得のいくところまで一緒に練習し私と向き合ってくれた。


それが梓。


梓のおかげで、私はスランプから抜け出すことができた。


だから、
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