恋のかたち。〜短編集〜


先生が窓を開けようとしている音で有紗は我に返った。


「先生ここ学校ですよ」


彼が窓を開ける時はきまって煙草を吸う時だ。

そのこともここに進学しなければ
知らなかったこと。

二人きりの教室に
少し冷たい秋の風が吹き込む。


「知ってるよ」


背を向けていて表情はわからない。


「先生、課題終わりました」


有紗は先生が煙草を手に取る前に言った。
彼は窓を開けたままにして、
こちらへ来て目の前に腰を下ろした。


「ねぇ、いつキスさせてくれるの?」

「高校卒業したら。かつ、煙草やめたら」


彼は少し寂しそうな顔をした。


「今は教師と生徒なので、バレると先生がマズイんです。それにあと5ヶ月もしたら卒業です。でも…口以外なら許します」


彼の顔がパァァっと明るくなって
こっちまで少し嬉しくなる。

でも「家でしてくださいね」と言うと、
彼は途端に不満げな顔をした。


先生は表情がいつとコロコロ変わるから面白い。
私もそうなりたかった。
自分にはないものを持っている人に惹かれるとよく言われるが、それは本当なのだなと思う。


「…何で」


「学校は危険ですから。色々と。それに、家に来ても大丈夫ですよ。先生だって、うちの人だし、勉強教えてもらってるってことにすればなんの問題もありません」


「俺たち、教師と生徒である前に義理とはいえ兄と妹だしなぁ」



彼はそのことだけに縛られている。

“世間体”だけに。


「私は別に構いません。血は繋がってないのですから」

「ははっ。そうだな。有紗は…強いな」


先生はまた寂しそうな顔をする。


「私は強くありません。私だって早く卒業したいです…」

「そうか!有紗も早く俺とキスしたいのか!」


先生はニヤニヤしながらも、
顔は真っ赤に染っていた。


「…うるさいです。先生顔真っ赤ですよ」

「えっ、あ、有紗も真っ赤だぞ」

「そりゃそうですよっ」


先生は、大きくて暖かい手を、
有紗の頭にのせて、優しく撫でた。


「よし。家行くか。」

「えっ?」

「俺ずっと家帰ってないけど、大丈夫だよな?」

「お母さんなら喜ぶと思いますよ。お父さんもきっと」

「ははっ、ありがとな」

「何がです?」

「んー、色々と?」

「あっ、先生数学できます?」

「ん?できるけど」

「じゃあ、数学教えてください!私数学ダメなんですよ」

「え、勉強しなきゃダメ?」

「当たり前じゃないですか!私受験生なんですよ」

先生はさっきまでニコニコしていたのに、いじけた顔をした

「でも、もちろん、勉強だけじゃないですけど…ね?」


有紗は照れながらもそう言うと、
やはり先生の顔はパァァっと明るくなった。

そして、


「ちゃんと卒業まで待つよ」


小さな声で、
しかしハッキリと、
有紗のほうをしっかりと見て、
隼人はそう言った。

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