あなたと私と嘘と愛
強く、優しいヒーロー
ーーー
それからの記憶はただ必死だった。
マンションのエレベーターを降り、逃げるようにタクシーを捕まえた。
鼓動が激しく鳴り響き、暖房のきいた暖かい車内に乗り込んでもなかなか震えは収まらなかった。
怖くて、怖くて…
今起きたばかりの現実を受け入れることが難しく、後から後から恐怖が込み上げる。
まさか彼があんな人だったなんてーー
でも助かった。
あの時、彼女が来てくれなかったら今頃坂井さんに何をされていたのか分からない。
バタンと玄関の戸が開き、リビングに慌ただしく入ってきたのは坂井さんの妹だった。
彼女はかなり酔っぱらっていて、彼氏と喧嘩して帰る場所がないからと坂井さんに泣きついてきたのだ。
それを見て坂井さんはスッと私をあの部屋から出し、妹さんをあの部屋に入れないようにした。
これには驚いたけど、私は帰る口実ができ心の底からホッとした。「今日は…帰ります」と引き留めようとした彼を無視して慌ててマンションを飛び出した。
妹さんとすれ違ったとき、何故かじっと見られたきがしたけどそんなの気にする余裕はなかった。
ただここから離れたい。
必死だった。