あなたと私と嘘と愛

爽やかな笑顔だった。
右手を軽く上げ「それでは」と言った表情に釘付けになる。
その瞬間ぽっと顔が赤くなった。
心臓がドっドッと速まっていくのが分かる。

ボワッと間抜けな顔を向けたまま彼の背中が遠ざかっていく。
今ヤバい顔してる?
今のは社交辞令だよね?

たかが少し顔見知り程度の相手に本気で口説くはずがない。
彼はただお世辞を並べただけ。
いくら恋愛経験がない私でもそれぐらいは分かる。

なのにすごいドキドキしてる。
彼の言葉が耳から離れない。


「僕にもチャンスがありそうだ、なんて…」


嘘でも嬉しい。
ちょっぴり自信が持てそうだ。
さっきまでの母や優斗から受けたもやっとした感情が一気に吹き飛んだ。

坂井智輝、さん。彼はバイト先の患者さん。なのにこの日から私の中で気になる存在になってしまった。

彼が治療に来るのが待ち遠しく、密かにチェックするようになった。


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