初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
 舞踏会の最初から出席したアレクサンドラは、もう少ししたら会うことのなくなる友人達との別れを兼ねた時間を有効に過ごしたいと思ったりもした。
 日頃はなかなか近づけないジャスティーヌの傍に近寄れるということもあり、ピエートルとジェームズは少し緊張しているようだった。
 もちろん、ジェームズにはロザリンドという決まった相手がいるが、ピエートルにしてみれば、将来王妃になるかもしれないジャスティーヌと親しくなることは、将来のためにも役に立つことと言えなくもなかった。
「あの、もしよろしければ、一曲・・・・・・」
 やっとのことでピエートルがジャスティーヌをダンスに誘おうとした時、会場中に『ロベルト殿下の御到着でございます』という声が響き渡った。
「残念だったね、ピエートル。ロベルト殿下の前でジャスティーヌをダンスに誘うのは、賢明じゃないと思うよ」
 なんとなく、女性っぽい口調のアレクサンドラに、ピエートルが眉をひそめた。
「アレクシス、体の具合でも悪いのか? なんか、女性っぽいぞ」
 ピエートルの突っ込みに、アレクサンドラはドキリとした。
「何を言ってるんだよ。飲みすぎなんじゃないのか?」
 アレクサンドラがごまかしているところに、アントニウスが歩み寄ってきた。
「これはこれは、アレクシス殿。ずいぶん長い事お目にかからなかった気がしますが、お加減でも悪かったのかな? まさか、落馬のせいではないでしょうな?」
 アントニウスは言いながら、そばにいるピエートルを押しやり、しっかりアレクサンドラの隣の位置についた。
「今日もお美しい」
 耳元でくすぐるように囁くアントニウスに、アレクサンドラが文句を言おうとしたところ、ジャスティーヌが口を開いた。
「これはこれは、アントニウス様。この度は、妹のためにご尽力いただき、両親もとても喜んでおります。私も、とても感謝いたしております」
 ジャスティーヌが礼を言うと、アントニウスがジャスティーヌの方を向き直った。
「これはこれはジャスティーヌ嬢。相変わらずお美しい。ですが、私があなたの美しさを讃えると、すぐにやきもちを妬く従弟がおりますから、注意しなくては・・・・・・。ほら、話していたら、すぐそこに。まるで花に引き付けられる蝶のようですね」
 アントニウスが言うと、速足で進んできたロベルトがジャスティーヌの前で立ち止まった。
「ジャスティーヌ」
 ロベルトに声をかけられ、ジャスティーヌが前に一歩進み出てお辞儀をした。
「そんな形式ばったことなど必要ない。ジャスティーヌ、君に逢えない時間は退屈でこまるよ」
 ロベルトは言うと、アントニウスとジャスティーヌの間に体を滑り込ませた。
「あの、殿下。本日は、お願いしていました通り、友人のジェームズの事をよろしくお願いいたします」
 アレクサンドラが言うと、ロベルトがコクリと頷いた。
「こちらがジェームズです」
 アレクサンドラが紹介すると、ジェームズは緊張した面持ちで最敬礼した。
「君が、アレクシスの話していた将来有望な子爵家の子息か・・・・・・」
「そんな、将来有望だなんて・・・・・・」
 ジェームズが赤面した。
「ジェームズはイルデランザの言葉に明るく、今後の貿易交渉のお役に立つかと思います」
『ほう、君は、我が国の言葉を話すのかね?』
『は、はい。幼い頃から、イルデランザとの今後の友好関係の為に、イルデランザの言葉を勉強を勧められました』
『すごいですわ。ジェームズさん、イルデランザの言葉が堪能でいらっしゃるのですね』
 しばらく、三人だけでのイルデランザの言葉での会話が続き、ロベルトの顔が『飽きた』とはっきり物語るころ、アントニウスが慌てて会話をロベルトに振った。
「確かに、彼のように我が国の言葉に堪能な担当者であれば、ことはスムーズに進むかもしれないな。ロベルトもいずれ国王になるわけだから、その時に、このように有能な部下がいれば貿易交渉がスムーズに進むだろう?」
 突然話を振られ、ロベルトは仕方なく堅苦しい政治の話に戻ってきたが、目は早くジャスティーヌと踊りたいと物語っていた。
 しばらく会話を続けた後、やっと堅苦しい話を切り上げたロベルトは、ジャスティーヌの手を取りダンスフロアの中央へと進んだ。
 ロベルトとジャスティーヌの優雅なダンスを見ながら、アントニウスがアレクサンドラの耳元で囁いた。
「きっと、アレクサンドラ嬢も、ジャスティーヌ嬢に負けないほど優雅にダンスを踊られるのでしょうね」
 それは、アレクサンドラにとって脅迫のようなものだった。
 やっとヒールでの動きに慣れて来たとはいえ、未だに女性ステップと男性ステップを途中で間違い、気付けば父をリードしようとして咳払いされて、慌てて女性ステップに戻るという具合だ。それをジャスティーヌに負けないくらい優雅でしょうなんて言われると、アレクシスの姿なのも忘れて背中を冷たいものが流れていく。
「いや、アレクサンドラは、ジャスティーヌ程、ダンスはうまくありませんよ。見たことありますが」
 フォローのつもりで言ったのだが、アントニウスはじっとアレクサンドラの事を見つめた。
「やはり、社交界デビュー時の最初のダンスは、皆の注目を浴びますから、ステップを間違えないことも重要ですが、パートナーと踊り慣れていることも重要です。そうだ、アレクサンドラ嬢に、近々、ダンスの練習の相手に伺いたいと、お伝えください」
 『お伝えください』とは言うが、基本アントニウスの言葉は、アレクサンドラに強制するもので、その行使力は今や父より強い。逆らうこと自体が許されないのだから、どうしてもそういうことになる。
「きっと、アレクサンドラもダンスの相手が叔父上だけでなくなれば、ダンスの練習にも張り合いがでるかもしれませんね」
 アレクサンドラが他人事のように言うと、アントニウスが微笑み返した。
「最近は、ずいぶんと素直になったようですね」
「毎日、ダンスの練習に、淑女としての立ち居振る舞いの練習でクタクタですよ」
 アレクサンドラも囁き返した。
 そこへロザリンドが姿を現し、ジェームズ、ロザリンドを交えた会話が始まり、全ての計画がゆっくりと確実に進んでいった。
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