初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
 ジェームズとロベルト、それにアントニウスが親しく過ごしているのを見たロザリンドの父ジルベールは、その様子を最初は遠くから探っていたが、段々に近づき、ロベルトに声をかけられるに至った。
 ロベルトから、ジェームズは将来有望で、いずれイルデランザとの貿易に関わるポジションに推挙するつもりだと話を聞き、ジルベールは驚くとともに、ロベルトからジェームズとロザリンドを引き裂くのは、自由恋愛の国であるエイゼンシュタインの王子として推奨できないと、娘の幸せを考えるなら、金持ちの平民に嫁がせるよりも、将来有望なジェームズを子爵家から養子に貰い、後継ぎとする方が望ましいと勧められ、しぶしぶながらジェームズとロザリンドの交際を公式に認めることにした。
 ロベルトにも言語能力を認められ、恋人であるロザリンドとも引き離されないことになったジェームズは、思わずアレクサンドラに抱き着こうとしたが、アントニウスにブロックされジェームズは空を掴むことになった。
 それでも、二人の幸せそうな姿に、アレクサンドラは笑みを浮かべて二人の幸せを祝った。
 幸せな二人とジルベールが去っていき、残されたアレクサンドラにアントニウスは『外で涼みませんか?』と誘ったが、アレクサンドラは頭を横に振った。
「今晩はアレクシスとしての最期の舞台です。だから、今晩は、最後までアレクシスで居させてください」
 アレクサンドラがきっぱりと言うと、アントニウスは何も文句は言わなかった。
「アレクサンドラ嬢と踊れる日が楽しみです」
 アントニウスの言葉に、アレクサンドラは再びロベルトと広間の真ん中で蝶のように優雅に踊るジャスティーヌを目で追った。
 いつか、自分もあんな風に美しく踊れる日が来るとは、ちっとも思えなかったが、いつもは内気で控えめなジャスティーヌがロベルトに手を取られると、ああして堂々と立派に踊る姿を見ると、愛の力はすごいなと思った。そして、もしかしたら、自分もいつか好きな人が出来たら、あんな風に立派なレディとして踊れるようになるのかなと思ったりもした。


 しばしの間ジャスティーヌをロベルトに預け、アレクサンドラは悪友たちとサロンに移動した。
「いやあ、アレクシスのおかげで、もう凄い効果だよ。ロザリンドの父上にも認められたし、殿下にも親しくしてもらえたし。これからも、よろしく頼むよ」
 ジェームズの言葉に、アレクサンドラはグラスから顔を上げた。
「実は、家に戻らないといけないんだ」
 アレクサンドラの言葉に、ジェームズが目を剥いた。
「どういうことなんだよ、家に帰るって」
「そうだよ、アレクシスどうしたんだよ」
 ピエートルも言うと、アレクシスの肩を掴んだ。
「知ってるだろ。僕は君たちみたいな貴族の生れじゃないんだ。一度家に帰れば、もう、社交界には顔を出せない」
「いや、だって、アーチボルト伯爵家の跡取りになるんじゃないのか?」
「そんなことは、叔父上が認めないよ。だから、みんなと会うのも、これが最後になる」
「おい、結婚式には出席してくれるんだろう?」
 気の早いジェームズの言葉に、アレクシスは頭を横に振った。
「悪い。もう帰らないといけないんだ」
「でも、時には、戻ってくるんだろ?」
「いや、これで最後なんだ。今まで、親しくしてくれてありがとう。嬉しかったよ」
 アレクサンドラは言うと『親友たちに』と乾杯の音頭をとった。
 二人に別れを告げ、アレクサンドラはサロンを後にした。
 貴族の社会にはいろいろな決まりがあり、なかなか思うとおりにならないことは二人もよく知っている。だから、なぜアレクシスが養子としてアーチボルト伯爵家に迎えられないのかなどと言う野暮なことを訊く二人ではなかった。
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