初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
案内と言っても、人に見せられるのは、広間から見えるエリアがほとんどで、美しい情景といえば、庭の池ぐらいしかない。本当は、噴水もあるのだが、ずいぶん前に水が出なくなり、修理にかかる費用が莫大だという理由で、修理をせずに放置されている。
「この池には水鳥も?」
「ええ、時々。敷地の奥にある川に繋がっているので」
「そうですか」
アントニウスは答えると、はるか先まで広がる広大な庭を眺めた。
「あなたのダンスを見れば、大勢の男たちがあなたにダンスを申し込むでしょう」
突然、アントニウスの声がいつもの冷たい声に戻り、アレクサンドラは驚いてアントニウスの事を見上げた。
「深窓の令嬢、アレクサンドラ。いまや社交界全体があなたのデビューを待ち焦がれている。どこへ行っても、あなたの話題で持ちきりです」
「すぐに、飽きられますよ。僕には、そんな・・・・・・」
うっかり、『僕』という言葉が出た瞬間、アントニウスがアレクサンドラを抱き寄せた。
「いま、僕と言いましたね。悪い唇だ」
アントニウスの唇がアレクサンドラの唇を塞いだ。
深くなって行く口づけにアレクサンドラは身をよじろうとしたが、すぐにアントニウスは唇を離してくれた。
「今度から、あなたが失言したら、こうしてあなたの唇を塞ぎますよ」
「そんな!」
「たとえ、御父上の前であってもです」
アントニウスが、一度宣言したら考えを変えない男だという事は、アレクサンドラは既によく理解していた。それだけに、これからは突然のキスにも怯えなくてはいけないことに、背中を冷たいものが流れていった。
「どうするつもりですか、もしダンスを誘われたら」
「踊りたいとはおもいません」
それは、アレクサンドラの本当の気持ちだった。
ジャスティーヌのように、好きな相手と踊るのであれば幸せだろうし、楽しいだろうけれど、好きでもない相手と踊ることに何の意味があるのか、それこそアレクサンドラにはわからなかった。ましてや、相手がランダムに変わるコントルダンスやカドリールなんて、何のためにあるのか、存在の意味も理解できないほどだ。
「先日、フランツと話をしたのですよ。バルザック侯爵家の嫡男です。ご存知ですよね?」
ご存知も何も、アレクシスとして二回も決闘をして、危うく本当に殺しかけた相手で、アレクサンドラとしては顔を合わさないように、できる限りフランツが出席する集まりには出かけないようにしていたくらいだ。
「いたくあなたにご執心で・・・・・・」
「二回も決闘を・・・・・・」
思わずアレクシスとして答えてしまい、アントニウスに再び口を封じられた。
そして、その口づけは、さっきよりも少し長く深い物だった。
「構わないのですよ。あなたがうっかり失言するたびに、私はあなたに口づけられる。私を篭絡するには、良い手かもしれませんね」
さっきまでは真摯で、カッコよく、全てを預けられるとさえ錯覚してしまうほどだったのに、今のアントニウスは、まるで別人のようだった。
「彼は、あなたを虜にして見せると、豪語していましたよ。どうも、ロベルトがジャスティーヌ嬢にべったりなので、見合いはジャスティーヌ嬢で決まりだろうという話がサロンでも囁かれています。そうなれば、あなたのハートを射止めた男が、ロベルトの義理の弟になるわけで、ある意味、出世は思いのままということになるでしょう。強欲な彼らしい考えです」
「じょ、ご冗談を!」
あの顔を見るだけでも腹立たしい男が自分と結婚しようなどと考えているなんて、考えるだけでアレクサンドラは虫唾が走る思いがした。それならば、まだアントニウスの玩具にでもされ、弄ばれている方がましだと、アレクサンドラは本気で考えていた。
アレクサンドラがそう思う理由は、簡単なことだった。
誰がどう慰めてくれようとも、馬具に不備があったことに気付かなかったのはアレクサンドラの落ち度だ。もちろん、信頼する馬蹄が見落としたとしても、騎乗していれば何らかの異変を感じ取れてこそ、馬術の技量が高いと評価されるもので、無様に落馬した時点で自分の力量のなさを思い知らされたようなもの。それなのに、アントニウスはあの速度で競い合っていたというのに、アレクサンドラの異常に気付き、更にアレクサンドラを助けるために危険も顧みず一緒に落馬してくれたのだ。その時点で、アントニウスが自分よりもはるかに優れた本物の男であることは、アレクサンドラとしても認めざるを得ない。それならば、女とバレた以上、もはやアントニウスの好きにされても文句は言うまい、そうレディとしての練習を重ねるうちにアレクサンドラは考えるようになっていた。何しろ、全ては自分の浅はかさが蒔いた種だからと。
しかし、どんなに頑張っても、フランツ相手に愛想笑いができる気はしない。顔を見るなり、ひっぱたかないように、せいぜい両手を後ろで組んで恥じらっているかのような振りをするのが限界だ。
「冗談ではありませんよ。ロベルトの出席していないパーティーで、彼があなたを自分のモノにして見せると豪語しているのを何度も耳にしましたからね」
最近は、アレクシスとして社交場への出席を止めたことと、レディになるための特訓のせいでアレクサンドラは社交界の情報通という別名を返上していた。
「この池には水鳥も?」
「ええ、時々。敷地の奥にある川に繋がっているので」
「そうですか」
アントニウスは答えると、はるか先まで広がる広大な庭を眺めた。
「あなたのダンスを見れば、大勢の男たちがあなたにダンスを申し込むでしょう」
突然、アントニウスの声がいつもの冷たい声に戻り、アレクサンドラは驚いてアントニウスの事を見上げた。
「深窓の令嬢、アレクサンドラ。いまや社交界全体があなたのデビューを待ち焦がれている。どこへ行っても、あなたの話題で持ちきりです」
「すぐに、飽きられますよ。僕には、そんな・・・・・・」
うっかり、『僕』という言葉が出た瞬間、アントニウスがアレクサンドラを抱き寄せた。
「いま、僕と言いましたね。悪い唇だ」
アントニウスの唇がアレクサンドラの唇を塞いだ。
深くなって行く口づけにアレクサンドラは身をよじろうとしたが、すぐにアントニウスは唇を離してくれた。
「今度から、あなたが失言したら、こうしてあなたの唇を塞ぎますよ」
「そんな!」
「たとえ、御父上の前であってもです」
アントニウスが、一度宣言したら考えを変えない男だという事は、アレクサンドラは既によく理解していた。それだけに、これからは突然のキスにも怯えなくてはいけないことに、背中を冷たいものが流れていった。
「どうするつもりですか、もしダンスを誘われたら」
「踊りたいとはおもいません」
それは、アレクサンドラの本当の気持ちだった。
ジャスティーヌのように、好きな相手と踊るのであれば幸せだろうし、楽しいだろうけれど、好きでもない相手と踊ることに何の意味があるのか、それこそアレクサンドラにはわからなかった。ましてや、相手がランダムに変わるコントルダンスやカドリールなんて、何のためにあるのか、存在の意味も理解できないほどだ。
「先日、フランツと話をしたのですよ。バルザック侯爵家の嫡男です。ご存知ですよね?」
ご存知も何も、アレクシスとして二回も決闘をして、危うく本当に殺しかけた相手で、アレクサンドラとしては顔を合わさないように、できる限りフランツが出席する集まりには出かけないようにしていたくらいだ。
「いたくあなたにご執心で・・・・・・」
「二回も決闘を・・・・・・」
思わずアレクシスとして答えてしまい、アントニウスに再び口を封じられた。
そして、その口づけは、さっきよりも少し長く深い物だった。
「構わないのですよ。あなたがうっかり失言するたびに、私はあなたに口づけられる。私を篭絡するには、良い手かもしれませんね」
さっきまでは真摯で、カッコよく、全てを預けられるとさえ錯覚してしまうほどだったのに、今のアントニウスは、まるで別人のようだった。
「彼は、あなたを虜にして見せると、豪語していましたよ。どうも、ロベルトがジャスティーヌ嬢にべったりなので、見合いはジャスティーヌ嬢で決まりだろうという話がサロンでも囁かれています。そうなれば、あなたのハートを射止めた男が、ロベルトの義理の弟になるわけで、ある意味、出世は思いのままということになるでしょう。強欲な彼らしい考えです」
「じょ、ご冗談を!」
あの顔を見るだけでも腹立たしい男が自分と結婚しようなどと考えているなんて、考えるだけでアレクサンドラは虫唾が走る思いがした。それならば、まだアントニウスの玩具にでもされ、弄ばれている方がましだと、アレクサンドラは本気で考えていた。
アレクサンドラがそう思う理由は、簡単なことだった。
誰がどう慰めてくれようとも、馬具に不備があったことに気付かなかったのはアレクサンドラの落ち度だ。もちろん、信頼する馬蹄が見落としたとしても、騎乗していれば何らかの異変を感じ取れてこそ、馬術の技量が高いと評価されるもので、無様に落馬した時点で自分の力量のなさを思い知らされたようなもの。それなのに、アントニウスはあの速度で競い合っていたというのに、アレクサンドラの異常に気付き、更にアレクサンドラを助けるために危険も顧みず一緒に落馬してくれたのだ。その時点で、アントニウスが自分よりもはるかに優れた本物の男であることは、アレクサンドラとしても認めざるを得ない。それならば、女とバレた以上、もはやアントニウスの好きにされても文句は言うまい、そうレディとしての練習を重ねるうちにアレクサンドラは考えるようになっていた。何しろ、全ては自分の浅はかさが蒔いた種だからと。
しかし、どんなに頑張っても、フランツ相手に愛想笑いができる気はしない。顔を見るなり、ひっぱたかないように、せいぜい両手を後ろで組んで恥じらっているかのような振りをするのが限界だ。
「冗談ではありませんよ。ロベルトの出席していないパーティーで、彼があなたを自分のモノにして見せると豪語しているのを何度も耳にしましたからね」
最近は、アレクシスとして社交場への出席を止めたことと、レディになるための特訓のせいでアレクサンドラは社交界の情報通という別名を返上していた。