初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
「殿下、国王陛下が殿下のご結婚をお決めになられたそうでございます」
嫌がらせなのか、侍従長は、国王の言葉を一々ロベルトに口伝えする。
「へぇ、とうとう見つかったんですか、私の歳に釣り合う行き遅れが」
ロベルトの言葉からは、敬意も好意も感じられず、どちらかと言えば、嫌悪感を感じさせる響きがあった。
「どういうことだ?」
ロベルトの言葉をオブラートにくるんでリカルドに伝えようとする侍従長を制して、リカルドは直接ロベルトに問いかけた。
「お父様のおかげで、僕は社交界では笑い物ですよ。いまや陛下は、花嫁の居ない可哀想なロベルト王子のために、公候伯士男爵家に余っている娘はいないかと親書を送り回っているが、皆既に売約済みで、仕方ないから醜女(しこめ)や行き遅れを必死に当たっているとね。噂に聞きし気難しい王太子は花嫁の来てもいない。お可愛そうにって! 舞踏会に行こうが、サロンに行こうが、どこに行ってもですよ。父上に私の気持ちがおわかりになりますか?」
ロベルトの剣幕に、リカルドは少し逡巡する。
「なるほど、噂とは恐ろしいものだ。まだ、公候両爵家にしか声をかけていないのに、そこまでとは。うむ・・・・・・・・」
リカルドの言葉に、ロベルトの怒りが更に燃え上がった。
「冗談じゃありませんよ! 公爵家には養女ばかり、侯爵家は行き遅れどころかババアしか残ってないじゃないですか!」
些(いささ)か、というか、激しく王太子として相応しくない発言に侍従長が咳払いする。
「殿下は、陛下のお心遣いはとても感謝されていらっしゃいますが、さすがに公候両爵家からお相手をお選びになるのは、無理ではないかと・・・・・・」
侍従長のエチケットの一つに、王太子が非常識な発言をしそう、もしくは、口走ってしまった場合に、それを直ちにまともな言葉に翻訳して伝えると言う物がある。これは、あくまでも相手が同じ部屋にいない場合や、謁見の間でのことで、面と向かって投げつけた言葉をどう丁寧に言い直されても、ありがたくも何ともない。
「ええい、煩(うるさ)いしややこしい。ロベルト、すぐにこの邪魔な侍従長を退出させろ! そうでないと、不敬罪でこの皺だらけのクビを切り落とすぞ!」
自分は身一つでやってきたため、当然、リカルドの言葉をまともな物に翻訳する者はいない。
なぜか、祖父と孫ほども歳の違うロベルトと、あの性格の悪いというか、執念深い侍従長の馬が合うというのがリカルドには全く理解ができない。もしかして、何か侍従長に弱みでも握られているのではないかと疑いたくなるほど、常に傍に置いている。特に、侍従長を側に置いておくとリカルドが近寄りたがらないことに気付いてからは、ロベルトは前にもまして侍従長を必ずそばに控えさせている。
「じい、父上は上機嫌どころかご機嫌斜めだ。頭と胴が泣き別れにならないうちに下がるが良い」
ロベルトが命ずると、侍従長は深々と一礼して部屋から出ていった。
「さて、これで、やっと親子二人きりだ」
リカルドの顔が王から父に変わり、ロベルトの顔が王太子から息子に変わっていく。
「で、なんで急に僕の妻を探そうなんてお考えに?」
「六カ国同盟会議の後の晩餐会では、お前に辛い思いをさせてしまったと、とても後悔している」
父の言葉に、ロベルトには全く思い当たる節がない。強いて言うなら、あの詰まらない晩餐会には愛しの君が出席していなくて退屈でたまらなかったと言うくらいだろうか?
「そこで、お前の妻を決めたぞ!」
ロベルトからすると、非常に迷惑な話だ。ロベルトにしてみれば、別に結婚したい相手が居ないわけではないのだ。ただ、本命の相手に想いを継げたくてもガードが堅くて近寄れないから、相手の気持ちを確認できないので、慎重に時間をかけているだけのことだ。
「あの、そのお話でしたら、私には他に・・・・・・」
「父の言葉を遮るでないぞ。今回の選定は、我ながら名案だと思っておると、お前が納得すること間違いなしだ」
「で、どちらの行き遅れか、幼女なんです?」
「物心ついて以来、どんな男の目にも触れたことのない真の深窓の令嬢。その娘がそなたの妻になるのだ」
何となく、ものすごく素敵な女性が現れそうだが、実のところ、誰も姿を見たことがないということは、その逆もまた、あり得るという事だ。
ロベルトの背中に冷たい物が走る。
「聞いて驚くなよ、相手はアーチボルト伯爵家の・・・・・・」
瞬間、ロベルトの鼓動が早くなる。
「アレクサンドラ嬢だ!」
しかし、早くなった鼓動は、今度は嫌なリズムを刻み始める。
「なぜ、アレクサンドラ嬢なんですか? 僕だって会ったこともないのに!」
最悪だ。婚約者が初恋の君の双子の妹だなんて・・・・・・。
ロベルトは目眩がしてカウチに座り込んだ。
あの邪魔なアレクシスがジャスティーヌのそばに寄せてくれれば、ほんの一言二言ですべてが変わるのに。
ジャスティーヌが今まで結婚しなかったのは、僕の求婚を待っていてくれたからなのかと、確認したいだけなのだ。もしそうなら、その場で抱きしめて、誓いの口付けを交わして、翌朝には王宮から正式な使者を送るだけなのに。
「なぜ、アレクサンドラ嬢なんですか? この場合、ジャスティーヌ嬢と言うのが順当でしょう?」
「いや、ジャスティーヌ嬢は社交界でも引く手数多。心に決めた相手がいる可能性も低くはない。それに、あの従兄のアレクシスとの関係も怪しい。何しろ、一つ屋根の下で暮らしておるのだからな。それに比べて、アレクサンドラ嬢はどんな男とも知り合っていない。お前が知り合う初めての男と言うことになる。パーフェクトだ!」
いや、それを言ったら、アレクサンドラだって、アレクシスと一つ屋根の下で暮らしている。いっそ、外に出ない分、従兄に恋をしているってことだってあり得るだろう。
二十四にもなって独身の自分を心配してくれる父王の気持ちはありがたい。しかし、今度ばかりは、何と言っていいのか、ロベルトには言葉が見つからない。こういう時に侍従長が居てくれれば適当に答えてくれるのにとしか、思い浮かばない。いや、適当に答えられては困る。あの侍従長の事だから、ありがたくお受けしますとか、勝手なことを答えかねない。
ロベルトの表情は曇り、盛り上がるリカルドとは対照的に、気持ちが沈んでいくのに合わせ、部屋の空気も沈んでくる。
「ロベルト?」
さすがに息子の異変に気付いたリカルドが問いかける。
こうなったら、本当の事を言うほかはない。でも、もし、ジャスティーヌに他に好きな男性が居たら? ここで自分がジャスティーヌの名を出せば、それは正式なものとなり、気の早いリカルドであれば、明日にも正式な使いを出して今度こそ大っぴらにジャスティーヌを王太子妃に迎えると発表してしまうだろう。そうしたら、もしジャスティーヌに他に好きな相手が居たら、ジャスティーヌの幸せを王族の特権で踏みにじってしまう事になる。
それだけは、絶対に嫌だとロベルトは心の中で強く思った。でも、この話を止めるには、何かこちらから提案を出さなくてはならない。ロベルトは必死に考えた。脳細胞がちぎれるのではないかと思うくらい高速で代替案を紡ぎあげて行った。
「父上、我が国は自由恋愛の国と同盟国から羨ましがられているほどの自由のある国です。その国の王子である私の結婚相手が国王の決めた押し付けでは、同盟国からだけでなく、民の持つ我が国へのイメージが崩れてしまいます」
ロベルトの言葉に、リカルドはそれも一理あるなと頷いた。
「そこでどうでしょうか、僕はアレクサンドラ嬢と、ジャスティーヌ嬢の両方と交互にお付き合いします。そして、半年以内に僕が真紅の薔薇の花束をプレゼントした方が僕の正式な婚約者となる。もし、どちらも半年以内に真紅の薔薇の花束を受け取らなかったら、この話はなかったことにする。いかがですか?」
ロベルトの提案にリカルドはしばし考えた。
「ロベルト、もしやそなた、好きな女性が居るのか?」
リカルドの直球な問いに、ロベルトは一瞬、答えを飲み込んだ。
その意図を察してなのか、リカルドはロベルトの提案を飲み、『では、そのようにルドルフに伝えよう』と言って、来た時と同じく突然にロベルトの部屋を去っていった。
嫌がらせなのか、侍従長は、国王の言葉を一々ロベルトに口伝えする。
「へぇ、とうとう見つかったんですか、私の歳に釣り合う行き遅れが」
ロベルトの言葉からは、敬意も好意も感じられず、どちらかと言えば、嫌悪感を感じさせる響きがあった。
「どういうことだ?」
ロベルトの言葉をオブラートにくるんでリカルドに伝えようとする侍従長を制して、リカルドは直接ロベルトに問いかけた。
「お父様のおかげで、僕は社交界では笑い物ですよ。いまや陛下は、花嫁の居ない可哀想なロベルト王子のために、公候伯士男爵家に余っている娘はいないかと親書を送り回っているが、皆既に売約済みで、仕方ないから醜女(しこめ)や行き遅れを必死に当たっているとね。噂に聞きし気難しい王太子は花嫁の来てもいない。お可愛そうにって! 舞踏会に行こうが、サロンに行こうが、どこに行ってもですよ。父上に私の気持ちがおわかりになりますか?」
ロベルトの剣幕に、リカルドは少し逡巡する。
「なるほど、噂とは恐ろしいものだ。まだ、公候両爵家にしか声をかけていないのに、そこまでとは。うむ・・・・・・・・」
リカルドの言葉に、ロベルトの怒りが更に燃え上がった。
「冗談じゃありませんよ! 公爵家には養女ばかり、侯爵家は行き遅れどころかババアしか残ってないじゃないですか!」
些(いささ)か、というか、激しく王太子として相応しくない発言に侍従長が咳払いする。
「殿下は、陛下のお心遣いはとても感謝されていらっしゃいますが、さすがに公候両爵家からお相手をお選びになるのは、無理ではないかと・・・・・・」
侍従長のエチケットの一つに、王太子が非常識な発言をしそう、もしくは、口走ってしまった場合に、それを直ちにまともな言葉に翻訳して伝えると言う物がある。これは、あくまでも相手が同じ部屋にいない場合や、謁見の間でのことで、面と向かって投げつけた言葉をどう丁寧に言い直されても、ありがたくも何ともない。
「ええい、煩(うるさ)いしややこしい。ロベルト、すぐにこの邪魔な侍従長を退出させろ! そうでないと、不敬罪でこの皺だらけのクビを切り落とすぞ!」
自分は身一つでやってきたため、当然、リカルドの言葉をまともな物に翻訳する者はいない。
なぜか、祖父と孫ほども歳の違うロベルトと、あの性格の悪いというか、執念深い侍従長の馬が合うというのがリカルドには全く理解ができない。もしかして、何か侍従長に弱みでも握られているのではないかと疑いたくなるほど、常に傍に置いている。特に、侍従長を側に置いておくとリカルドが近寄りたがらないことに気付いてからは、ロベルトは前にもまして侍従長を必ずそばに控えさせている。
「じい、父上は上機嫌どころかご機嫌斜めだ。頭と胴が泣き別れにならないうちに下がるが良い」
ロベルトが命ずると、侍従長は深々と一礼して部屋から出ていった。
「さて、これで、やっと親子二人きりだ」
リカルドの顔が王から父に変わり、ロベルトの顔が王太子から息子に変わっていく。
「で、なんで急に僕の妻を探そうなんてお考えに?」
「六カ国同盟会議の後の晩餐会では、お前に辛い思いをさせてしまったと、とても後悔している」
父の言葉に、ロベルトには全く思い当たる節がない。強いて言うなら、あの詰まらない晩餐会には愛しの君が出席していなくて退屈でたまらなかったと言うくらいだろうか?
「そこで、お前の妻を決めたぞ!」
ロベルトからすると、非常に迷惑な話だ。ロベルトにしてみれば、別に結婚したい相手が居ないわけではないのだ。ただ、本命の相手に想いを継げたくてもガードが堅くて近寄れないから、相手の気持ちを確認できないので、慎重に時間をかけているだけのことだ。
「あの、そのお話でしたら、私には他に・・・・・・」
「父の言葉を遮るでないぞ。今回の選定は、我ながら名案だと思っておると、お前が納得すること間違いなしだ」
「で、どちらの行き遅れか、幼女なんです?」
「物心ついて以来、どんな男の目にも触れたことのない真の深窓の令嬢。その娘がそなたの妻になるのだ」
何となく、ものすごく素敵な女性が現れそうだが、実のところ、誰も姿を見たことがないということは、その逆もまた、あり得るという事だ。
ロベルトの背中に冷たい物が走る。
「聞いて驚くなよ、相手はアーチボルト伯爵家の・・・・・・」
瞬間、ロベルトの鼓動が早くなる。
「アレクサンドラ嬢だ!」
しかし、早くなった鼓動は、今度は嫌なリズムを刻み始める。
「なぜ、アレクサンドラ嬢なんですか? 僕だって会ったこともないのに!」
最悪だ。婚約者が初恋の君の双子の妹だなんて・・・・・・。
ロベルトは目眩がしてカウチに座り込んだ。
あの邪魔なアレクシスがジャスティーヌのそばに寄せてくれれば、ほんの一言二言ですべてが変わるのに。
ジャスティーヌが今まで結婚しなかったのは、僕の求婚を待っていてくれたからなのかと、確認したいだけなのだ。もしそうなら、その場で抱きしめて、誓いの口付けを交わして、翌朝には王宮から正式な使者を送るだけなのに。
「なぜ、アレクサンドラ嬢なんですか? この場合、ジャスティーヌ嬢と言うのが順当でしょう?」
「いや、ジャスティーヌ嬢は社交界でも引く手数多。心に決めた相手がいる可能性も低くはない。それに、あの従兄のアレクシスとの関係も怪しい。何しろ、一つ屋根の下で暮らしておるのだからな。それに比べて、アレクサンドラ嬢はどんな男とも知り合っていない。お前が知り合う初めての男と言うことになる。パーフェクトだ!」
いや、それを言ったら、アレクサンドラだって、アレクシスと一つ屋根の下で暮らしている。いっそ、外に出ない分、従兄に恋をしているってことだってあり得るだろう。
二十四にもなって独身の自分を心配してくれる父王の気持ちはありがたい。しかし、今度ばかりは、何と言っていいのか、ロベルトには言葉が見つからない。こういう時に侍従長が居てくれれば適当に答えてくれるのにとしか、思い浮かばない。いや、適当に答えられては困る。あの侍従長の事だから、ありがたくお受けしますとか、勝手なことを答えかねない。
ロベルトの表情は曇り、盛り上がるリカルドとは対照的に、気持ちが沈んでいくのに合わせ、部屋の空気も沈んでくる。
「ロベルト?」
さすがに息子の異変に気付いたリカルドが問いかける。
こうなったら、本当の事を言うほかはない。でも、もし、ジャスティーヌに他に好きな男性が居たら? ここで自分がジャスティーヌの名を出せば、それは正式なものとなり、気の早いリカルドであれば、明日にも正式な使いを出して今度こそ大っぴらにジャスティーヌを王太子妃に迎えると発表してしまうだろう。そうしたら、もしジャスティーヌに他に好きな相手が居たら、ジャスティーヌの幸せを王族の特権で踏みにじってしまう事になる。
それだけは、絶対に嫌だとロベルトは心の中で強く思った。でも、この話を止めるには、何かこちらから提案を出さなくてはならない。ロベルトは必死に考えた。脳細胞がちぎれるのではないかと思うくらい高速で代替案を紡ぎあげて行った。
「父上、我が国は自由恋愛の国と同盟国から羨ましがられているほどの自由のある国です。その国の王子である私の結婚相手が国王の決めた押し付けでは、同盟国からだけでなく、民の持つ我が国へのイメージが崩れてしまいます」
ロベルトの言葉に、リカルドはそれも一理あるなと頷いた。
「そこでどうでしょうか、僕はアレクサンドラ嬢と、ジャスティーヌ嬢の両方と交互にお付き合いします。そして、半年以内に僕が真紅の薔薇の花束をプレゼントした方が僕の正式な婚約者となる。もし、どちらも半年以内に真紅の薔薇の花束を受け取らなかったら、この話はなかったことにする。いかがですか?」
ロベルトの提案にリカルドはしばし考えた。
「ロベルト、もしやそなた、好きな女性が居るのか?」
リカルドの直球な問いに、ロベルトは一瞬、答えを飲み込んだ。
その意図を察してなのか、リカルドはロベルトの提案を飲み、『では、そのようにルドルフに伝えよう』と言って、来た時と同じく突然にロベルトの部屋を去っていった。