初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
突然、嵐のように屋敷を飛び出していったアレクサンドラの様子を目の当たりにし、ジャスティーヌは自分の推理の正しかったことを確信した。
それは、ジャスティーヌにとって、信じられないほど恐ろしいことだった。
幼い頃に出会い、ずっと想いを寄せていた愛しいロベルトが、ジャスティーヌを思いやり、どんな無体なこともしないロベルトに絶対の信頼を置いていたのに、そのロベルトが協力し、アントニウスが落馬事故の時に知った、アレクシスが実はアレクサンドラであるという秘密を使ってアレクサンドラを脅し、その貞節を奪ったのだ。そして、アントニウスがそんな非道な事をすると知ってか、知らずかはわからないが、頼まれるままにロベルトはアントニウスに力を貸したのだ。
ジャスティーヌが幸せな気持ちでロベルトと舞踏会で踊っているその時、アレクサンドラは図書室でアントニウスから死にたくなるほどの恥辱を受けていたのだと思うと、ジャスティーヌは自分が許せなかった。
夜に忍んで屋敷まで訪ねてくるという事は、きっと、あの落馬事故の後すぐからアレクサンドラは辱めを受け、それがアレクサンドラに自分は男性ではなく、非力な女性なのだと思わしめ、血のにじむような努力をしてレディに戻ったが、それすら、アレクサンドラの意思ではなく、アントニウスの指示だったのかもしれないと思うと、ジャスティーヌはあふれる涙を止めることが出来なかった。
あの落馬事故の後、誰よりも一番に見舞いに来たアントニウスに、ジャスティーヌは敬意を持って接したが、痛みで体が自由にならないアレクサンドラをアントニウスが辱めるとしたら、それはもう、お皿に載った御馳走を食べるくらい簡単だっただろう。
ジャスティーヌはアレクサンドラに申し訳ないという思いと、双子なのに、なにも気付いてあげられなかった自分の鈍感さに、怒りすら覚えた。
涙を拭ったジャスティーヌは階下に降りると、父の書斎を訪ねた。
「どうしたジャスティーヌ。殿下と喧嘩でもしたのか? 使いも返し、花束も受け取ろうとしないと、アリシアが心配していたぞ?」
父の問いに、ジャスティーヌはすぐには答えられなかった。
「まあ、若いうちはよくあることだ。喧嘩をして、仲直りし、また、喧嘩をして、仲直りす。そうしている間に、よりよく互いの事が分かり、子供が生まれ、私たちのような歳になるころには、お互いに言葉にしなくても相手の考えていることがおおよそはわかるようになるものだ」
ルドルフは、嫁ぐ娘に教えるように言った。
「お父様・・・・・・」
「どうしたジャスティーヌ。お前らしくない、暗い表情ではないか」
さすがのルドルフも、いつもと違うジャスティーヌに困惑した。
「お父様、わたくし、殿下とのお見合いを辞退し、所領内の修道院に入りたいと思います」
突然のことに、ルドルフは開いた口がふさがらなかった。
「い、いま、何と言った? いや、ちょっと待て、もしかして、ジャスティーヌではなくアレクサンドラなのか?」
慌てふためくルドルフに、ジャスティーヌは静かに頭を横に振って見せた。
「いいえ、お父様。私はジャスティーヌでございます」
「ならば、なぜそんなことを急に言い出す? お前は、幼い頃に殿下と結婚の約束をし、今までずっと殿下一筋に想いをよせ、やっと念願かなって殿下の隣に並び、この見合いが終われば王太子妃になれるというのに、なぜ修道院に入るなどと言い出すのだ!」
ルドルフの驚きとパニックは当然の事だった。既に、国王のプライベートガーデンでロベルトの妻にはジャスティーヌを迎える事が決まっていると、国王自らそう宣言したのだから、正式ではないものの、既にジャスティーヌとロベルトは婚約したも同じ。それを若気の至りとはいえ、つまらない喧嘩が原因で、結婚の話はなかったことに等できるはずがない。
「私は、とても幸せでした。お慕いしていた殿下が、私の事を覚えていてくださり、それだけでなく、あの幼き日に婚約したことまで覚えていた下さった。それだけで、私は満足でございます」
ジャスティーヌの言葉からは、なぜ結果が婚約破棄になるのか、まったくルドルフには話が見えてこなかった。
「ですが、私はアレクの不幸の上に成り立つような幸せを甘んじて受けるわけにはまいりません」
ジャスティーヌの言葉の意味が全く分からず、ルドルフは困惑した。
もともと、アリシアに言わせれば、国王の気持ちや考えはよくわかるが、女心はちっともわからない唐変木だというルドルフには、女心どころか、年頃の娘の考えていることなど、想像すらつかなかった。
こうなったらアリシアを呼ぶしかないと、呼び鈴に手をかけたルドルフは、ジャスティーヌの『アレクの不幸の上に成り立つような幸せ』という言葉がひっかかり、いったん呼び鈴を鳴らすのをとどまった。
「ジャスティーヌ、それはどういうことだ?」
説明を求める父に、ジャスティーヌは事の次第を話すべきか悩んだが、ただ頭を横に振った。
「それでは、話にならない。国王陛下自らお前とアレクサンドラをロベルト殿下の見合い相手として選ばれ、既にロベルト殿下に妻として選ばれたも同じお前が今更見合いを辞退し、しかも修道院に入るなど、そんなこと国王陛下がお許しになられるわけがないだろう! 大体、お前が辞退すれば、アレクサンドラが殿下に嫁ぐことになるのだぞ!」
言ってしまってから、大粒の涙を零すジャスティーヌに、ルドルフは、やはりアリシアを先に呼ぶべきだったと後悔した。
「アレクと共に、二人で修道院に参ります」
泣きながらも、ジャスティーヌはそう答えた。
「何を馬鹿な!」
おっとりした性格のルドルフにしては珍しく、乱暴に呼び鈴を引くと家令が飛んでやってきた。
「話にならない。ジャスティーヌを部屋に、それから、アリシアをここに。ライラに言って、ジャスティーヌは部屋から一歩も出さぬように見張らせるように」
めったに見ることのない、憤怒に顔を赤くする主人の姿に、家令は両手で顔を覆って涙するジャスティーヌを連れて主の書斎を出ると、ゆっくりと階段を目指しながら、メイドにライラを呼びに行かせた。
「では、お嬢様。旦那様のご命令通り、お部屋でお過ごしください。すぐにライラが参ります」
ジャスティーヌを部屋まで送り届けると、家令はすぐにアリシアを探しに階下へと降りていった。
部屋から一歩も出るなと命じられる必要もなく、アレクサンドラが不在の今、ジャスティーヌには出かける場所も予定もなかった。
ただ、怒りに任せて飛び出していったアレクサンドラの身を心配しながら、無事に戻ってくることを祈るしかなかった。
☆☆☆
それは、ジャスティーヌにとって、信じられないほど恐ろしいことだった。
幼い頃に出会い、ずっと想いを寄せていた愛しいロベルトが、ジャスティーヌを思いやり、どんな無体なこともしないロベルトに絶対の信頼を置いていたのに、そのロベルトが協力し、アントニウスが落馬事故の時に知った、アレクシスが実はアレクサンドラであるという秘密を使ってアレクサンドラを脅し、その貞節を奪ったのだ。そして、アントニウスがそんな非道な事をすると知ってか、知らずかはわからないが、頼まれるままにロベルトはアントニウスに力を貸したのだ。
ジャスティーヌが幸せな気持ちでロベルトと舞踏会で踊っているその時、アレクサンドラは図書室でアントニウスから死にたくなるほどの恥辱を受けていたのだと思うと、ジャスティーヌは自分が許せなかった。
夜に忍んで屋敷まで訪ねてくるという事は、きっと、あの落馬事故の後すぐからアレクサンドラは辱めを受け、それがアレクサンドラに自分は男性ではなく、非力な女性なのだと思わしめ、血のにじむような努力をしてレディに戻ったが、それすら、アレクサンドラの意思ではなく、アントニウスの指示だったのかもしれないと思うと、ジャスティーヌはあふれる涙を止めることが出来なかった。
あの落馬事故の後、誰よりも一番に見舞いに来たアントニウスに、ジャスティーヌは敬意を持って接したが、痛みで体が自由にならないアレクサンドラをアントニウスが辱めるとしたら、それはもう、お皿に載った御馳走を食べるくらい簡単だっただろう。
ジャスティーヌはアレクサンドラに申し訳ないという思いと、双子なのに、なにも気付いてあげられなかった自分の鈍感さに、怒りすら覚えた。
涙を拭ったジャスティーヌは階下に降りると、父の書斎を訪ねた。
「どうしたジャスティーヌ。殿下と喧嘩でもしたのか? 使いも返し、花束も受け取ろうとしないと、アリシアが心配していたぞ?」
父の問いに、ジャスティーヌはすぐには答えられなかった。
「まあ、若いうちはよくあることだ。喧嘩をして、仲直りし、また、喧嘩をして、仲直りす。そうしている間に、よりよく互いの事が分かり、子供が生まれ、私たちのような歳になるころには、お互いに言葉にしなくても相手の考えていることがおおよそはわかるようになるものだ」
ルドルフは、嫁ぐ娘に教えるように言った。
「お父様・・・・・・」
「どうしたジャスティーヌ。お前らしくない、暗い表情ではないか」
さすがのルドルフも、いつもと違うジャスティーヌに困惑した。
「お父様、わたくし、殿下とのお見合いを辞退し、所領内の修道院に入りたいと思います」
突然のことに、ルドルフは開いた口がふさがらなかった。
「い、いま、何と言った? いや、ちょっと待て、もしかして、ジャスティーヌではなくアレクサンドラなのか?」
慌てふためくルドルフに、ジャスティーヌは静かに頭を横に振って見せた。
「いいえ、お父様。私はジャスティーヌでございます」
「ならば、なぜそんなことを急に言い出す? お前は、幼い頃に殿下と結婚の約束をし、今までずっと殿下一筋に想いをよせ、やっと念願かなって殿下の隣に並び、この見合いが終われば王太子妃になれるというのに、なぜ修道院に入るなどと言い出すのだ!」
ルドルフの驚きとパニックは当然の事だった。既に、国王のプライベートガーデンでロベルトの妻にはジャスティーヌを迎える事が決まっていると、国王自らそう宣言したのだから、正式ではないものの、既にジャスティーヌとロベルトは婚約したも同じ。それを若気の至りとはいえ、つまらない喧嘩が原因で、結婚の話はなかったことに等できるはずがない。
「私は、とても幸せでした。お慕いしていた殿下が、私の事を覚えていてくださり、それだけでなく、あの幼き日に婚約したことまで覚えていた下さった。それだけで、私は満足でございます」
ジャスティーヌの言葉からは、なぜ結果が婚約破棄になるのか、まったくルドルフには話が見えてこなかった。
「ですが、私はアレクの不幸の上に成り立つような幸せを甘んじて受けるわけにはまいりません」
ジャスティーヌの言葉の意味が全く分からず、ルドルフは困惑した。
もともと、アリシアに言わせれば、国王の気持ちや考えはよくわかるが、女心はちっともわからない唐変木だというルドルフには、女心どころか、年頃の娘の考えていることなど、想像すらつかなかった。
こうなったらアリシアを呼ぶしかないと、呼び鈴に手をかけたルドルフは、ジャスティーヌの『アレクの不幸の上に成り立つような幸せ』という言葉がひっかかり、いったん呼び鈴を鳴らすのをとどまった。
「ジャスティーヌ、それはどういうことだ?」
説明を求める父に、ジャスティーヌは事の次第を話すべきか悩んだが、ただ頭を横に振った。
「それでは、話にならない。国王陛下自らお前とアレクサンドラをロベルト殿下の見合い相手として選ばれ、既にロベルト殿下に妻として選ばれたも同じお前が今更見合いを辞退し、しかも修道院に入るなど、そんなこと国王陛下がお許しになられるわけがないだろう! 大体、お前が辞退すれば、アレクサンドラが殿下に嫁ぐことになるのだぞ!」
言ってしまってから、大粒の涙を零すジャスティーヌに、ルドルフは、やはりアリシアを先に呼ぶべきだったと後悔した。
「アレクと共に、二人で修道院に参ります」
泣きながらも、ジャスティーヌはそう答えた。
「何を馬鹿な!」
おっとりした性格のルドルフにしては珍しく、乱暴に呼び鈴を引くと家令が飛んでやってきた。
「話にならない。ジャスティーヌを部屋に、それから、アリシアをここに。ライラに言って、ジャスティーヌは部屋から一歩も出さぬように見張らせるように」
めったに見ることのない、憤怒に顔を赤くする主人の姿に、家令は両手で顔を覆って涙するジャスティーヌを連れて主の書斎を出ると、ゆっくりと階段を目指しながら、メイドにライラを呼びに行かせた。
「では、お嬢様。旦那様のご命令通り、お部屋でお過ごしください。すぐにライラが参ります」
ジャスティーヌを部屋まで送り届けると、家令はすぐにアリシアを探しに階下へと降りていった。
部屋から一歩も出るなと命じられる必要もなく、アレクサンドラが不在の今、ジャスティーヌには出かける場所も予定もなかった。
ただ、怒りに任せて飛び出していったアレクサンドラの身を心配しながら、無事に戻ってくることを祈るしかなかった。
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