初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
部屋に戻ったアレクサンドラとジャスティーヌは、お互いどこから話していいのか分からず、しばらく黙り込んだまま互いを見つめ合っていた。
ジャスティーヌにしてみれば、レディである自分の口からアントニウスに貞操を奪われたのかとアレクサンドラに尋ねるのも憚られたし、だからといって、ただじっとアレクサンドラが重い口を開くのを待つわけにも行かなった。
「アレク・・・・・・」
「あのね・・・・・・」
さすが双子と言わんばかりの絶妙なタイミングで口を開いた二人は、互いに相手に譲り合い再び口を閉じた。
アレクサンドラにしてみれば、せっかくのジャスティーヌの幸せを壊したくない一心で、別にアレクサンドラ自体は好きでもないし、どちらかと言えば腹立たしい相手であるロベルトと言えども、ジャスティーヌにぬれぎぬを着せられたまま、婚約解消などということにするのは、やはり気がひけた。
「それでね・・・・・・」
「ジャスティーヌ・・・・・・」
同じタイミングで口を開く連鎖が止まりそうもないので、アレクサンドラは一思いに言葉を続けた。
「ジャスティーヌは婚約解消とか、そんなこと考える必要ないから」
アレクサンドラの言葉に、ジャスティーヌは大きな瞳を潤ませた。
「酷いわアレク。私が、あなたを犠牲にしてまで、幸せになりたいなんて、そんなこと考えてるなんて思っていたなんて、ひどすぎるわ」
大粒の涙が零れ落ち、アレクサンドラはジャスティーヌを抱き寄せた。
「違うよ、ジャスティーヌ。僕はそんなこと、考えてないよ」
シチュエーションからなのか、相手がジャスティーヌだからなのか、憚られていた男言葉がするりとアレクサンドラの口をついて出た。
「僕が望んでいるのは、ジャスティーヌの幸せだけだよ」
「だから、私は、アレクを犠牲にしてまで、幸せになんてなりたくないの!」
もがくジャスティーヌをアレクサンドラはしっかりと抱きしめた。
「ジャスティーヌ、それは、全部誤解だよ。僕は、犠牲になんてなってないから。それより、変な誤解で、あのバカ王子にぬれぎぬを着せて、婚約解消したりして、お父様がピンチに陥る方が僕は心配だよ」
あくまでも自分は犠牲になっていないと言い張るアレクサンドラに、ジャスティーヌはついに禁断の言葉を口にする決意を固めた。
「知ってるの。もう、分かってるの。アントニウス様が、あの落馬事件の時にアレクシスが本当はアレクサンドラだってわかって、あなたを脅していたことも、それから、あなたの貞操を奪ったことも」
半分は会っていたが、残り半分は完全にジャスティーヌの思い過ごしだったが、そこまでジャスティーヌが考えていたのだとわかると、突然の婚約解消も、『アレクを犠牲にして』という言い分も、アレクサンドラには理解することが出来た。
「ジャスティーヌ、心配かけてごめんね。でも、半分は正しいけど、半分は間違ってるよ」
アレクサンドラの言葉に、ジャスティーヌの瞳が貫くような鋭さでアレクサンドラに向けられた。
「えっとね、私は、まだ修道女になれる体だよ。ジャスティーヌと同じで。いくらアントニウス様だって、さすがに、僕の秘密を掴んだからって、体で口止め料を払えなんて言うような、不心得者じゃないよ。だって、あの方のお母様は、国王陛下の従妹なんだから」
「でも、この間の舞踏会の晩は? 私、知ってるの。あなたの寝間着のボタンが互い違いにずれていたのを・・・・・・」
ここにきて、初めてアレクサンドラは、なぜ秘密がジャスティーヌに知られたかに初めて気が付いた。
「あ、あれはね。僕の早合点だったんだ」
アレクサンドラは言うと、アントニウスの名誉を傷つけないように言葉を選びながら、説明した。
「あの晩ね、なんとなく、アントニウス様が逢いに来るような気がしたんだ。それでさ、図書室で二人っきりで居るうちに、こういうシチュエーションの時、男の人は女性を抱きたいんだろうなって、勝手に考えてさ、それで、秘密を黙ってもらっているし、アントニウス様はアレクサンドラに交際を申し込むって宣言してるし、それなら、そういうのもありかなって、僕が勝手にボタンを外したんだ」
アレクサンドラの告白に、ジャスティーヌは驚いて口をぽかんと開けたままアレクサンドラを見つめた。
「でもね、そうしたら、背中向けられちゃってさ。で、僕を自由にできるのに、なんでしないのかって、言い争っていたら、声が外に聞こえちゃって、で、僕がアレクシスだよって、ごまかしたんだけど。あの晩さ、指一本触れずに、帰っていっちゃったんだよ。紳士だよね。やっぱり公爵家の嫡男って」
アレクサンドラの告白に、ジャスティーヌは自分が本当に勘違いしているのか、まだ確信が持てずにいた。
「じゃあ、なんで教会に通っていたの? あなたが教会に通っているって言ったら、アントニウス様は顔色を変えて、舞踏会からいなくなったのよ」
「それは・・・・・・。自分でもよくわからなくなっちゃったんだ。僕は、アレクシスだった時、意図せずみんなを騙してたわけだよね。それで、こんどはアレクサンドラですって、自分の友達の前でも知らんぷりするわけだよね。なんか、自分が本当はアレクサンドラなのか、アレクシスなのか、どっちにしろ、大勢を騙すわけだから、すごく自分が罪深く感じられて、それで懺悔しようって教会に行ったんだけど、いざとなると言葉が出なくてさ。もしかして、今度は神父様が秘密を漏らすかもしれないって、不安になったりしてさ。ごめんねジャスティーヌ。心配させて。だから、ジャスティーヌは堂々と、幸せになっていいんだよ。僕を犠牲になんてしてないから」
ゆっくりとアレクサンドラの言葉がジャスティーヌの心に染み込んでいった。
「それで、アレクはアントニウス様の事をどう思っているの? 操を捧げてもいいって、思ったくらいってことは、好きなの?」
ジャスティーヌの問いは、アレクサンドラ自体が知りたいことだった。
「わからない。でも、アントニウス様は国に帰るらしいよ。今日、聞いてきた」
もともとエイゼンシュタインには遊びに来ているだけのアントニウスなのだから、帰国する日がいずれ来ることはわかっていたが、それでもアレクサンドラの社交界デビューを間近に控えたこのタイミングで帰国の話が出るとはジャスティーヌも想像していなかった。
「じゃあ、デビューはどうなるの?」
「帰国されるのは、僕の社交界デビューの後になるって。でも、そんなに長くはもう滞在しないみたいだよ」
ジャスティーヌに説明しながら、アレクサンドラは自分が寂しさを感じているのだと確信した。
出会ったころから、酒飲み仲間であり、カード仲間であり、ロベルトの従兄と言われながらも、自分はまだ爵位を継いでいないからと控えめで、身分にこだわらずに気さくにアレクサンドラとも付き合ってくれた。そして、あの落馬事件以降、アレクシスが実は女性でアレクサンドラだとわかった瞬間から、ずっとどんな時もアレクサンドラをレディとして扱ってくれた。多少強引なところはあったし、いきなりファーストキスを奪われたことも事実だったが、それも今となっては嫌だとは思わなくなっていた。そして、いつの間にか、アントニウスがずっとアレクサンドラの傍でエスコートしてくれるような気になっていたところで、いきなり帰国の話をされ、アレクサンドラ自身が、まだその事実を完全には受け入れられていなかった。
「ジャスティーヌ、具合が良くなりましたって、早く手紙を書きなよ。ロベルト殿下は、ジャスティーヌと似たようなことを考えていて、アントニウス様が僕に酷い狼藉をはたらいたと思って、アントニウス様にものすごい怒っているらしいよ。ジャスティーヌが手紙に返事も書かないから」
アレクサンドラに諭され、ジャスティーヌは無言でコクリと頷いた。
「ほら、早く。きっと、このまま明日まで手紙が届かなかったら、あの短気なロベルトの事だから、アントニウス様に決闘とか申し込みかねないよ」
アレクサンドラは言うと、ジャスティーヌを立ち上がらせ、文机の方へと導いた。
「アレク、アレクは本当にそれでいいの?」
ジャスティーヌの問いに、今度はアレクサンドラが無言で頷いた。
「考えてよ。ジャスティーヌが婚約破棄して、僕のところにロベルトとの結婚話が回ってきたら、本当に、僕、修道院に入るよ。そうしたら、お父様が大変なことになっちゃうよ」
アレクサンドラにとって、ロベルトとの結婚だけは、どう頑張っても考えられないことだった。もちろん、フランツと言う伏兵もいるが、片や侯爵家、王家とは各が違う。この国にいる限り、絶対に不興を買ってはいけないのは、やはり国王だ。
「じゃあ、お返事を書くわ」
ジャスティーヌは言うと、文机に向かった。
「僕は自分の部屋に戻るね」
アレクサンドラは言うと、続きの扉を開けて自分の部屋に戻っていった。
☆☆☆
ジャスティーヌにしてみれば、レディである自分の口からアントニウスに貞操を奪われたのかとアレクサンドラに尋ねるのも憚られたし、だからといって、ただじっとアレクサンドラが重い口を開くのを待つわけにも行かなった。
「アレク・・・・・・」
「あのね・・・・・・」
さすが双子と言わんばかりの絶妙なタイミングで口を開いた二人は、互いに相手に譲り合い再び口を閉じた。
アレクサンドラにしてみれば、せっかくのジャスティーヌの幸せを壊したくない一心で、別にアレクサンドラ自体は好きでもないし、どちらかと言えば腹立たしい相手であるロベルトと言えども、ジャスティーヌにぬれぎぬを着せられたまま、婚約解消などということにするのは、やはり気がひけた。
「それでね・・・・・・」
「ジャスティーヌ・・・・・・」
同じタイミングで口を開く連鎖が止まりそうもないので、アレクサンドラは一思いに言葉を続けた。
「ジャスティーヌは婚約解消とか、そんなこと考える必要ないから」
アレクサンドラの言葉に、ジャスティーヌは大きな瞳を潤ませた。
「酷いわアレク。私が、あなたを犠牲にしてまで、幸せになりたいなんて、そんなこと考えてるなんて思っていたなんて、ひどすぎるわ」
大粒の涙が零れ落ち、アレクサンドラはジャスティーヌを抱き寄せた。
「違うよ、ジャスティーヌ。僕はそんなこと、考えてないよ」
シチュエーションからなのか、相手がジャスティーヌだからなのか、憚られていた男言葉がするりとアレクサンドラの口をついて出た。
「僕が望んでいるのは、ジャスティーヌの幸せだけだよ」
「だから、私は、アレクを犠牲にしてまで、幸せになんてなりたくないの!」
もがくジャスティーヌをアレクサンドラはしっかりと抱きしめた。
「ジャスティーヌ、それは、全部誤解だよ。僕は、犠牲になんてなってないから。それより、変な誤解で、あのバカ王子にぬれぎぬを着せて、婚約解消したりして、お父様がピンチに陥る方が僕は心配だよ」
あくまでも自分は犠牲になっていないと言い張るアレクサンドラに、ジャスティーヌはついに禁断の言葉を口にする決意を固めた。
「知ってるの。もう、分かってるの。アントニウス様が、あの落馬事件の時にアレクシスが本当はアレクサンドラだってわかって、あなたを脅していたことも、それから、あなたの貞操を奪ったことも」
半分は会っていたが、残り半分は完全にジャスティーヌの思い過ごしだったが、そこまでジャスティーヌが考えていたのだとわかると、突然の婚約解消も、『アレクを犠牲にして』という言い分も、アレクサンドラには理解することが出来た。
「ジャスティーヌ、心配かけてごめんね。でも、半分は正しいけど、半分は間違ってるよ」
アレクサンドラの言葉に、ジャスティーヌの瞳が貫くような鋭さでアレクサンドラに向けられた。
「えっとね、私は、まだ修道女になれる体だよ。ジャスティーヌと同じで。いくらアントニウス様だって、さすがに、僕の秘密を掴んだからって、体で口止め料を払えなんて言うような、不心得者じゃないよ。だって、あの方のお母様は、国王陛下の従妹なんだから」
「でも、この間の舞踏会の晩は? 私、知ってるの。あなたの寝間着のボタンが互い違いにずれていたのを・・・・・・」
ここにきて、初めてアレクサンドラは、なぜ秘密がジャスティーヌに知られたかに初めて気が付いた。
「あ、あれはね。僕の早合点だったんだ」
アレクサンドラは言うと、アントニウスの名誉を傷つけないように言葉を選びながら、説明した。
「あの晩ね、なんとなく、アントニウス様が逢いに来るような気がしたんだ。それでさ、図書室で二人っきりで居るうちに、こういうシチュエーションの時、男の人は女性を抱きたいんだろうなって、勝手に考えてさ、それで、秘密を黙ってもらっているし、アントニウス様はアレクサンドラに交際を申し込むって宣言してるし、それなら、そういうのもありかなって、僕が勝手にボタンを外したんだ」
アレクサンドラの告白に、ジャスティーヌは驚いて口をぽかんと開けたままアレクサンドラを見つめた。
「でもね、そうしたら、背中向けられちゃってさ。で、僕を自由にできるのに、なんでしないのかって、言い争っていたら、声が外に聞こえちゃって、で、僕がアレクシスだよって、ごまかしたんだけど。あの晩さ、指一本触れずに、帰っていっちゃったんだよ。紳士だよね。やっぱり公爵家の嫡男って」
アレクサンドラの告白に、ジャスティーヌは自分が本当に勘違いしているのか、まだ確信が持てずにいた。
「じゃあ、なんで教会に通っていたの? あなたが教会に通っているって言ったら、アントニウス様は顔色を変えて、舞踏会からいなくなったのよ」
「それは・・・・・・。自分でもよくわからなくなっちゃったんだ。僕は、アレクシスだった時、意図せずみんなを騙してたわけだよね。それで、こんどはアレクサンドラですって、自分の友達の前でも知らんぷりするわけだよね。なんか、自分が本当はアレクサンドラなのか、アレクシスなのか、どっちにしろ、大勢を騙すわけだから、すごく自分が罪深く感じられて、それで懺悔しようって教会に行ったんだけど、いざとなると言葉が出なくてさ。もしかして、今度は神父様が秘密を漏らすかもしれないって、不安になったりしてさ。ごめんねジャスティーヌ。心配させて。だから、ジャスティーヌは堂々と、幸せになっていいんだよ。僕を犠牲になんてしてないから」
ゆっくりとアレクサンドラの言葉がジャスティーヌの心に染み込んでいった。
「それで、アレクはアントニウス様の事をどう思っているの? 操を捧げてもいいって、思ったくらいってことは、好きなの?」
ジャスティーヌの問いは、アレクサンドラ自体が知りたいことだった。
「わからない。でも、アントニウス様は国に帰るらしいよ。今日、聞いてきた」
もともとエイゼンシュタインには遊びに来ているだけのアントニウスなのだから、帰国する日がいずれ来ることはわかっていたが、それでもアレクサンドラの社交界デビューを間近に控えたこのタイミングで帰国の話が出るとはジャスティーヌも想像していなかった。
「じゃあ、デビューはどうなるの?」
「帰国されるのは、僕の社交界デビューの後になるって。でも、そんなに長くはもう滞在しないみたいだよ」
ジャスティーヌに説明しながら、アレクサンドラは自分が寂しさを感じているのだと確信した。
出会ったころから、酒飲み仲間であり、カード仲間であり、ロベルトの従兄と言われながらも、自分はまだ爵位を継いでいないからと控えめで、身分にこだわらずに気さくにアレクサンドラとも付き合ってくれた。そして、あの落馬事件以降、アレクシスが実は女性でアレクサンドラだとわかった瞬間から、ずっとどんな時もアレクサンドラをレディとして扱ってくれた。多少強引なところはあったし、いきなりファーストキスを奪われたことも事実だったが、それも今となっては嫌だとは思わなくなっていた。そして、いつの間にか、アントニウスがずっとアレクサンドラの傍でエスコートしてくれるような気になっていたところで、いきなり帰国の話をされ、アレクサンドラ自身が、まだその事実を完全には受け入れられていなかった。
「ジャスティーヌ、具合が良くなりましたって、早く手紙を書きなよ。ロベルト殿下は、ジャスティーヌと似たようなことを考えていて、アントニウス様が僕に酷い狼藉をはたらいたと思って、アントニウス様にものすごい怒っているらしいよ。ジャスティーヌが手紙に返事も書かないから」
アレクサンドラに諭され、ジャスティーヌは無言でコクリと頷いた。
「ほら、早く。きっと、このまま明日まで手紙が届かなかったら、あの短気なロベルトの事だから、アントニウス様に決闘とか申し込みかねないよ」
アレクサンドラは言うと、ジャスティーヌを立ち上がらせ、文机の方へと導いた。
「アレク、アレクは本当にそれでいいの?」
ジャスティーヌの問いに、今度はアレクサンドラが無言で頷いた。
「考えてよ。ジャスティーヌが婚約破棄して、僕のところにロベルトとの結婚話が回ってきたら、本当に、僕、修道院に入るよ。そうしたら、お父様が大変なことになっちゃうよ」
アレクサンドラにとって、ロベルトとの結婚だけは、どう頑張っても考えられないことだった。もちろん、フランツと言う伏兵もいるが、片や侯爵家、王家とは各が違う。この国にいる限り、絶対に不興を買ってはいけないのは、やはり国王だ。
「じゃあ、お返事を書くわ」
ジャスティーヌは言うと、文机に向かった。
「僕は自分の部屋に戻るね」
アレクサンドラは言うと、続きの扉を開けて自分の部屋に戻っていった。
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