初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
屋敷へ帰るつもりだったアントニウスは、御者に命じてアレクサンドラが毎日のように通っていた教会へと向かわせた。
王宮を訪ねるための正式な馬車であることもあり、敷地内に入ると中から件の神父が驚いたように出迎えに出てきた。
「このような辺鄙な教会に、どのような御用でございましょうか?」
実際、しっかりと着飾っているアントニウスのような身分の高い人間が立ち寄るには、鄙びた教会だった。
御者が扉を開け、アントニウスが姿を見せると、神父は『ああ』という顔をした。
アレクサンドラには気付かれてはいなかったが、実際、教会に通うアレクサンドラを忍んで追いかけ、その様子を見ていたアントニウスの姿は神父には何度か目撃されていた。
「あなた様でしたか。本日は、アレクサンドラお嬢様は陛下との謁見で王宮にいらっしゃっているはずですから、こちらにはお見えになられませんよ」
神父はアントニウスが尋ねる前に言った。
「アレクサンドラ嬢ならば、既に、私がお屋敷にお送りしてきたところです」
アントニウスの言葉を聞くと、神父は首を傾げた。
「では、あなた様がこのような鄙びた教会に足を向けられたのは、神に祈りを捧げるためでいらっしゃいますか?」
神父の問いは尤もだったが、アントニウスの中の嫉妬心がじわりじわりと燃え上がり始めた。
「今日は、神への祈りではなく、神父よ、あなたにお尋ねしたいことがあって参りました」
お忍びの時の、そのへんの若い貴族の子弟という姿ではなく、借りにも王族の端くれであることを示す紋章が馬車には刻まれている。
「さて、あなた様のような高貴な方にお言葉を賜るだけでなく、お尋ねごとがあるとは、まったく想像もつかないことでございますが、私にお応えできることであれば、何なりとお尋ねくださいませ」
神父が教会の中へとアントニウスを案内しないのは、鄙びた教会でアントニウスの高価な衣装を汚したくないからのようだった。
「では、率直に伺おう」
アントニウスの言葉に、神父は頷いて見せた。
「神父は、アレクサンドラ嬢を慕っていらっしゃるのか?」
想像もしていなかった問いに、神父は驚きの表情を浮かべた。
「これは、また・・・・・・。それで、お忍びでいらしていたのですか? それならば、ご心配には及びません。私は神の道に入ったもの。妻を娶ることはございません」
「妻を娶れるかどうかは尋ねていません。慕っているかどうかを尋ねているのです。たとえ、妻に娶ることが出来なくても、心を奪われ、慕ってしまうことはあるでしょう? 決して、手折ることとの出来ない花であっても、それを美しいと想い、慕うことは禁じられてはいないはず」
フェルナンドはしばしの間、アントニウスの問いを噛みしめるようにして口を閉じていたが、ゆっくりと話し始めた。
「確かに、仰るように、妻を娶れぬ見であっても、誰かを想い慕うことはあります。そういう意味では、確かに、アレクサンドラお嬢様はとてもお美しく、神の創られた至上の乙女と言えましょう」
神父の言葉に、アントニウスの手がサーベルの柄にかかった。
「ですが、私はアレクサンドラお嬢様をお慕いしてはおりません。あの思い悩み、苦しむお姿を拝見し、なんとか少しばかりでもそのお心を安らいだものにできればと、努めてまいりましたが、私では力及ばず、お嬢様の悩みも悲しみも、取り去ることはできませんでした」
「アレクサンドラ嬢は、何をあなたに話されていたのか教えていただけませんか?」
無理は承知でアントニウスは尋ねた。
「どうぞ、不敬であると、その剣で私をお切捨てください。告解室で神の代理人として耳にした信徒の言葉は、一言たりとも私の口から漏らすことはできません」
フェルナンドは言うと、アントニウスの前に膝をついた。
「これは、大変失礼をした。どうぞ、お立ち下さい」
アントニウスは言うと、柄にかけた手を戻した。
「お手間を取らせた。これで、失礼する」
アントニウスは言うと、再び馬車に乗り込んだ。
馬車は土ぼこりを上げながら教会を去り、一路、屋敷を目指した。
去っていく馬車を見ながら、フェルナンドはアレクサンドラが慕いながらも、その想いを信じかね、求婚を断った相手というのが、名も名乗らず立ち去った王族に名を連ねるあの男なのだろうと思いながら、憂いのあるアレクサンドラのあの笑みが、一刻も早く明るく陰りのないものになってほしいと心から思った。
☆☆☆
王宮を訪ねるための正式な馬車であることもあり、敷地内に入ると中から件の神父が驚いたように出迎えに出てきた。
「このような辺鄙な教会に、どのような御用でございましょうか?」
実際、しっかりと着飾っているアントニウスのような身分の高い人間が立ち寄るには、鄙びた教会だった。
御者が扉を開け、アントニウスが姿を見せると、神父は『ああ』という顔をした。
アレクサンドラには気付かれてはいなかったが、実際、教会に通うアレクサンドラを忍んで追いかけ、その様子を見ていたアントニウスの姿は神父には何度か目撃されていた。
「あなた様でしたか。本日は、アレクサンドラお嬢様は陛下との謁見で王宮にいらっしゃっているはずですから、こちらにはお見えになられませんよ」
神父はアントニウスが尋ねる前に言った。
「アレクサンドラ嬢ならば、既に、私がお屋敷にお送りしてきたところです」
アントニウスの言葉を聞くと、神父は首を傾げた。
「では、あなた様がこのような鄙びた教会に足を向けられたのは、神に祈りを捧げるためでいらっしゃいますか?」
神父の問いは尤もだったが、アントニウスの中の嫉妬心がじわりじわりと燃え上がり始めた。
「今日は、神への祈りではなく、神父よ、あなたにお尋ねしたいことがあって参りました」
お忍びの時の、そのへんの若い貴族の子弟という姿ではなく、借りにも王族の端くれであることを示す紋章が馬車には刻まれている。
「さて、あなた様のような高貴な方にお言葉を賜るだけでなく、お尋ねごとがあるとは、まったく想像もつかないことでございますが、私にお応えできることであれば、何なりとお尋ねくださいませ」
神父が教会の中へとアントニウスを案内しないのは、鄙びた教会でアントニウスの高価な衣装を汚したくないからのようだった。
「では、率直に伺おう」
アントニウスの言葉に、神父は頷いて見せた。
「神父は、アレクサンドラ嬢を慕っていらっしゃるのか?」
想像もしていなかった問いに、神父は驚きの表情を浮かべた。
「これは、また・・・・・・。それで、お忍びでいらしていたのですか? それならば、ご心配には及びません。私は神の道に入ったもの。妻を娶ることはございません」
「妻を娶れるかどうかは尋ねていません。慕っているかどうかを尋ねているのです。たとえ、妻に娶ることが出来なくても、心を奪われ、慕ってしまうことはあるでしょう? 決して、手折ることとの出来ない花であっても、それを美しいと想い、慕うことは禁じられてはいないはず」
フェルナンドはしばしの間、アントニウスの問いを噛みしめるようにして口を閉じていたが、ゆっくりと話し始めた。
「確かに、仰るように、妻を娶れぬ見であっても、誰かを想い慕うことはあります。そういう意味では、確かに、アレクサンドラお嬢様はとてもお美しく、神の創られた至上の乙女と言えましょう」
神父の言葉に、アントニウスの手がサーベルの柄にかかった。
「ですが、私はアレクサンドラお嬢様をお慕いしてはおりません。あの思い悩み、苦しむお姿を拝見し、なんとか少しばかりでもそのお心を安らいだものにできればと、努めてまいりましたが、私では力及ばず、お嬢様の悩みも悲しみも、取り去ることはできませんでした」
「アレクサンドラ嬢は、何をあなたに話されていたのか教えていただけませんか?」
無理は承知でアントニウスは尋ねた。
「どうぞ、不敬であると、その剣で私をお切捨てください。告解室で神の代理人として耳にした信徒の言葉は、一言たりとも私の口から漏らすことはできません」
フェルナンドは言うと、アントニウスの前に膝をついた。
「これは、大変失礼をした。どうぞ、お立ち下さい」
アントニウスは言うと、柄にかけた手を戻した。
「お手間を取らせた。これで、失礼する」
アントニウスは言うと、再び馬車に乗り込んだ。
馬車は土ぼこりを上げながら教会を去り、一路、屋敷を目指した。
去っていく馬車を見ながら、フェルナンドはアレクサンドラが慕いながらも、その想いを信じかね、求婚を断った相手というのが、名も名乗らず立ち去った王族に名を連ねるあの男なのだろうと思いながら、憂いのあるアレクサンドラのあの笑みが、一刻も早く明るく陰りのないものになってほしいと心から思った。
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