初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
当然、馬車の中の席順はロベルトの隣にジャスティーヌ、アレクサンドラはジャスティーヌの向かいだ。
アレクサンドラが強引なことをするなと言ったにもかかわらず、ロベルトは戸惑うジャスティーヌの手をしっかりと握りしめ、その手の甲に何度も口づけを落とす。
初恋の相手であるロベルトの隣に座り、その手に手袋越しとは言え口付けられていると思うと、ジャスティーヌは天に舞い上がりそうな気持になってしまう。
「アレクサンドラ、ご家族以外、誰も見たことがないというあなたの顔を見る栄誉を私に与えて戴きたい」
甘い雰囲気に、その腕に身を任せてしまいそうだったジャスティーヌは『アレクサンドラ』と呼ばれて我に返った。
「どうか、それだけはお許しください」
震えるような声に、ロベルトは相手がジャスティーヌのような気がして、今にも力づくでレースを持ち上げて顔を覗こうとしていた手を止めた。
「本当に、双子というのは、声もよく似ているのですね。声だけ聴いていたら、姉上のジャスティーヌ嬢と間違えてしまいそうだ」
ロベルトの言葉に、ジャスティーヌはドキリとした。もしや、自分がアレクサンドラではなく、ジャスティーヌだと疑われているのではないかと。
実際のところ、本物のアレクサンドラはアレクシスで通るくらいで、ジャスティーヌよりも声が少し低い。わざと低い声を出しているうちに低くなったのか、もともと低いのかは分からないが、いつか二人が入れ替わった時、声の高さの違いがロベルトに不信を抱かせるきっかけになってはいけないと、ジャスティーヌは慌てて低い声を出すように努力しなくてはと、心に決めた。
「ジャスティーヌとアレクサンドラは、生まれたときから一緒ですから、二人が同じドレスを着たら、僕でも見分けるのが大変なくらい二人はよく似ていますよ」
ロベルトに疑いを抱かれないよう、アレクシスが救いの手を差し伸べる。
「確かに双子というのは瓜二つだと話には聞いていましたが、実際にこの目で見るのは初めてです。と言っても、残念ながらアレクサンドラ嬢のお顔を拝見することはできていませんが。一度、ジャスティーヌ嬢と二人並んでいるところを拝見したいものですね」
ロベルトの単純な興味から来る言葉だったが隣に座るジャスティーヌも向かいに座るアレクシスも背中を冷たいものが流れていくのを感じた。
「そうだ、いっそ舞踏会にお二人を招待してダンスをして、どちらがどちらかを当てるなんて言うのも面白いかもしれませんね」
ロベルトのアイデアに、ジャスティーヌは心臓が凍りつきそうな恐怖を感じ、アレクシスは無責任なベルトに殺意すら感じた。
「私は姉のジャスティーヌとは違い社交界にはデビューもしておりませんし、このように公爵家の舞踏会にお招き戴くこと自体が異例のこと・・・・・・。とても舞踏会に出席して大勢の肩と踊るなんて、考えただけで恐ろしくて身がすくんでしまいます」
ジャスティーヌの言葉から明確な恐怖を感じ取ったロベルトは、年頃の娘らしくないアレクサンドラのネガティブな思考に、アレクサンドラが引き籠っていたのはルドルフが話していた通り本当に修道院に入って男性と言う恐怖の対象から逃げたいと言う意思表示だったのではないかと、アレクサンドラに対して持っていた考えを改めた。
「確かにアレクサンドラは男性が苦手ですからね」
気を取り直したアレクシスがさらにフォローを入れる。
「しかし、そう言われると余計にアレクサンドラ嬢に興味が湧いてしまいますね。・・・・・・アレクシス、君もそう思うだろ? 誰も手折ったことのない花を自分のものにしてみたい、男なら誰しもそう思うものではないかい?」
ロベルトの露骨な物言いにジャスティーヌは居心地の悪さを感じ、ほんの少しだけロベルトから体を離そうとした。しかし、ジャスティーヌが身じろぐ気配を察したロベルトは、ジャスティーヌに身を離す間を与えず、その肩に腕を回すと更に体が密着するように抱き寄せた。
「殿下、伯父上からもお願いした通り、アレクサンドラは今宵が初めての異性との外出なのですから、そのような強引なことはアレクサンドラを怯えさせるだけですのでご容赦頂きたい」
不安そうに体を小さく縮こまらせロベルトの隣に座すジャスティーヌを心配したアレクシスが、ロベルトの強引な振る舞いを牽制した。
「アレクシス、君はまるで自分が男ではないかのように言うが、実際、君も男である限り、アレクサンドラ嬢にとっては異性に違いがないだろう?」
挑戦的なロベルトの言葉に、アレクシスは『僕は身内ですから』と、流すように答えた。
「だが従兄だ。君も知っての通り、我が国の法律では、従兄妹同士は結婚もできる。つまり、身内だからと言って、完全な異性ではない。違うかい?」
ロベルトの切り返しに、アレクシスが奥歯を噛みしめる。
「そうですね。アレクサンドラが望めば、それもありかもしれませんが、生憎、僕とアレクサンドラは、従兄妹と言うよりも、兄と妹のような関係ですから、お互い恋愛感情なんて、かけらも持っていませんよ。ねえ、アレクサンドラ、君もそうだよね?」
突然の事で、ジャスティーヌは返事に困ってアレクシスの事を見つめた。
「どうなんです、アレクサンドラ? もし、あなたがアレクシスの事を従兄以上に思っているのだとしたら、今宵の出会い自体があまり意味を持たないものになります」
ロベルトの言葉は、ジャスティーヌが知っている優しい話し方ではなく、決断を迫る厳しいものだった。
「私は・・・・・・」
答えようとしても、ジャスティーヌの声が震えてしまう。
「アレクシスは、私にとってジャスティーヌと同じ、兄弟のような存在です。その、私たち、良く三つ子という言葉を使いますの・・・・・・」
ジャスティーヌの言葉に、ロベルトは納得したのか、それ以上質問してくることはなかった。
「良かったですよ。相思相愛の二人の仲を裂く悪役にならなくて済んで」
「まあ、殿下であれば、そのような役でも余裕でこなされるのでしょう?」
せっかくロベルトが引いたのに、アレクシスが追い打ちをかける。
「そうだね。相手がそれに値する相手であればという事になるが・・・・・・。それを言うなら、君もそうだろうアレクシス。君が沢山の女性を泣かしている事を私だって知っているよ」
「殿下程ではありませんよ」
アレクシスが辛辣に切り返した。
「本当に、君は口が減らないね」
ロベルトが苦笑しながらも、アレクシスを睨みつけた。
二人のやり取りを見ていたジャスティーヌは、アレクサンドラがロベルトの事をよく思っていないことはジャスティーヌもよく知っていたが、まさかここまで露骨に仲が悪いとは正直思ってもいなかった。それに話の流れを見ていると、どちらかと言えば、アレクサンドラがロベルトを嫌うと言うよりも、ロベルトがアレクサンドラを一方的に挑発し、攻撃している様にも見えた。
非常に居心地の悪い十数分を経て、馬車は目的地であるランバール公爵邸にたどり着いた。
アレクサンドラが強引なことをするなと言ったにもかかわらず、ロベルトは戸惑うジャスティーヌの手をしっかりと握りしめ、その手の甲に何度も口づけを落とす。
初恋の相手であるロベルトの隣に座り、その手に手袋越しとは言え口付けられていると思うと、ジャスティーヌは天に舞い上がりそうな気持になってしまう。
「アレクサンドラ、ご家族以外、誰も見たことがないというあなたの顔を見る栄誉を私に与えて戴きたい」
甘い雰囲気に、その腕に身を任せてしまいそうだったジャスティーヌは『アレクサンドラ』と呼ばれて我に返った。
「どうか、それだけはお許しください」
震えるような声に、ロベルトは相手がジャスティーヌのような気がして、今にも力づくでレースを持ち上げて顔を覗こうとしていた手を止めた。
「本当に、双子というのは、声もよく似ているのですね。声だけ聴いていたら、姉上のジャスティーヌ嬢と間違えてしまいそうだ」
ロベルトの言葉に、ジャスティーヌはドキリとした。もしや、自分がアレクサンドラではなく、ジャスティーヌだと疑われているのではないかと。
実際のところ、本物のアレクサンドラはアレクシスで通るくらいで、ジャスティーヌよりも声が少し低い。わざと低い声を出しているうちに低くなったのか、もともと低いのかは分からないが、いつか二人が入れ替わった時、声の高さの違いがロベルトに不信を抱かせるきっかけになってはいけないと、ジャスティーヌは慌てて低い声を出すように努力しなくてはと、心に決めた。
「ジャスティーヌとアレクサンドラは、生まれたときから一緒ですから、二人が同じドレスを着たら、僕でも見分けるのが大変なくらい二人はよく似ていますよ」
ロベルトに疑いを抱かれないよう、アレクシスが救いの手を差し伸べる。
「確かに双子というのは瓜二つだと話には聞いていましたが、実際にこの目で見るのは初めてです。と言っても、残念ながらアレクサンドラ嬢のお顔を拝見することはできていませんが。一度、ジャスティーヌ嬢と二人並んでいるところを拝見したいものですね」
ロベルトの単純な興味から来る言葉だったが隣に座るジャスティーヌも向かいに座るアレクシスも背中を冷たいものが流れていくのを感じた。
「そうだ、いっそ舞踏会にお二人を招待してダンスをして、どちらがどちらかを当てるなんて言うのも面白いかもしれませんね」
ロベルトのアイデアに、ジャスティーヌは心臓が凍りつきそうな恐怖を感じ、アレクシスは無責任なベルトに殺意すら感じた。
「私は姉のジャスティーヌとは違い社交界にはデビューもしておりませんし、このように公爵家の舞踏会にお招き戴くこと自体が異例のこと・・・・・・。とても舞踏会に出席して大勢の肩と踊るなんて、考えただけで恐ろしくて身がすくんでしまいます」
ジャスティーヌの言葉から明確な恐怖を感じ取ったロベルトは、年頃の娘らしくないアレクサンドラのネガティブな思考に、アレクサンドラが引き籠っていたのはルドルフが話していた通り本当に修道院に入って男性と言う恐怖の対象から逃げたいと言う意思表示だったのではないかと、アレクサンドラに対して持っていた考えを改めた。
「確かにアレクサンドラは男性が苦手ですからね」
気を取り直したアレクシスがさらにフォローを入れる。
「しかし、そう言われると余計にアレクサンドラ嬢に興味が湧いてしまいますね。・・・・・・アレクシス、君もそう思うだろ? 誰も手折ったことのない花を自分のものにしてみたい、男なら誰しもそう思うものではないかい?」
ロベルトの露骨な物言いにジャスティーヌは居心地の悪さを感じ、ほんの少しだけロベルトから体を離そうとした。しかし、ジャスティーヌが身じろぐ気配を察したロベルトは、ジャスティーヌに身を離す間を与えず、その肩に腕を回すと更に体が密着するように抱き寄せた。
「殿下、伯父上からもお願いした通り、アレクサンドラは今宵が初めての異性との外出なのですから、そのような強引なことはアレクサンドラを怯えさせるだけですのでご容赦頂きたい」
不安そうに体を小さく縮こまらせロベルトの隣に座すジャスティーヌを心配したアレクシスが、ロベルトの強引な振る舞いを牽制した。
「アレクシス、君はまるで自分が男ではないかのように言うが、実際、君も男である限り、アレクサンドラ嬢にとっては異性に違いがないだろう?」
挑戦的なロベルトの言葉に、アレクシスは『僕は身内ですから』と、流すように答えた。
「だが従兄だ。君も知っての通り、我が国の法律では、従兄妹同士は結婚もできる。つまり、身内だからと言って、完全な異性ではない。違うかい?」
ロベルトの切り返しに、アレクシスが奥歯を噛みしめる。
「そうですね。アレクサンドラが望めば、それもありかもしれませんが、生憎、僕とアレクサンドラは、従兄妹と言うよりも、兄と妹のような関係ですから、お互い恋愛感情なんて、かけらも持っていませんよ。ねえ、アレクサンドラ、君もそうだよね?」
突然の事で、ジャスティーヌは返事に困ってアレクシスの事を見つめた。
「どうなんです、アレクサンドラ? もし、あなたがアレクシスの事を従兄以上に思っているのだとしたら、今宵の出会い自体があまり意味を持たないものになります」
ロベルトの言葉は、ジャスティーヌが知っている優しい話し方ではなく、決断を迫る厳しいものだった。
「私は・・・・・・」
答えようとしても、ジャスティーヌの声が震えてしまう。
「アレクシスは、私にとってジャスティーヌと同じ、兄弟のような存在です。その、私たち、良く三つ子という言葉を使いますの・・・・・・」
ジャスティーヌの言葉に、ロベルトは納得したのか、それ以上質問してくることはなかった。
「良かったですよ。相思相愛の二人の仲を裂く悪役にならなくて済んで」
「まあ、殿下であれば、そのような役でも余裕でこなされるのでしょう?」
せっかくロベルトが引いたのに、アレクシスが追い打ちをかける。
「そうだね。相手がそれに値する相手であればという事になるが・・・・・・。それを言うなら、君もそうだろうアレクシス。君が沢山の女性を泣かしている事を私だって知っているよ」
「殿下程ではありませんよ」
アレクシスが辛辣に切り返した。
「本当に、君は口が減らないね」
ロベルトが苦笑しながらも、アレクシスを睨みつけた。
二人のやり取りを見ていたジャスティーヌは、アレクサンドラがロベルトの事をよく思っていないことはジャスティーヌもよく知っていたが、まさかここまで露骨に仲が悪いとは正直思ってもいなかった。それに話の流れを見ていると、どちらかと言えば、アレクサンドラがロベルトを嫌うと言うよりも、ロベルトがアレクサンドラを一方的に挑発し、攻撃している様にも見えた。
非常に居心地の悪い十数分を経て、馬車は目的地であるランバール公爵邸にたどり着いた。