初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
雨が降るのが止んだと思ったのも束の間、長雨で兵力を増強したのか、最前線にあるアントニウス達の壕の上には、これでもか乱射される弾丸が雨霰と降ってきていた。
決して、作戦で出遅れている訳ではないが、補給を受ければ撃ちまくりたくなるポレモス陣営の戦闘心理はよく理解していたので、イルデランザ側としては、こうなることは予想していたので、ぬかるむ大地を進んでくる事に手を焼くポレモス軍を放置することによって、体力の消耗と共に、補給したばかりの弾薬と温存されたポレモス軍の兵士の体力を削ぐことが本作戦の目的とも言えた。
敢えて、相手から良く見えるように旗振り部隊が藁で作った人形に制服と武器を持たせ、ちょうど壕から出ようとしている歩兵団のような動きをさせては無駄弾を使わせることに貢献していた。
当然の事ながら、藁を貫通した流れ弾は、壕の屋根の上に降ることになり、雨が止んだ喜びも束の間、今度は殺傷性のある弾が降る音を聞く羽目になっていた。
この作戦の提案者は、実はアントニウスだった。
この一月、最前線でのポレモス軍の動きを詳しく監視し、何度もヴァシリキに何をしているのかと問われながら、平均的なポレモス軍の侵攻時間、連続攻撃時間、凡その一回の戦闘で使用される武器弾薬の量を計算し、一番効果的な進軍の方法とタイミングを割り出すことに努めていた。
さらに言えば、明るい時間帯の攻撃を得意とするポレモス軍の動きは曇りや雨の日には鈍いこと、それは肉体的な構造に問題があるらしく、ポレモス人の瞳は、イルデランザ人の瞳よりも明るいところでしか焦点が合わず、暗いところでは視界が効かない。そのため、夜間の奇襲時の被弾率は昼間のそれとは大きく異なることは、回を重ねるごとに明白になっていった。その事実をベースとしてアントニウスが立てた作戦が、この旗振り作戦だった。ポレモス軍が兵士ではなく、ヘルメットや制服を狙いに定め、被弾する兵士のケガもヘルメットを狙った致死の一発の他には、大抵、狙いやすい胴に攻撃が集中していた。
このデータの解析の下、今回の旗振り作戦でのポレモス軍の使用火力の量は今までの平均値を越えており、ヘルメットを撃ち抜かれ、藁人形が交代することで、こちらの戦力を大幅に削ることができていると信じているからなのだろう、泥まみれでの進行速度も遅く、雨霰と弾を打ち散らかすことで長雨のストレスを発散しているようにも見えた。このような無計画な行動こそが、ポレモス人がイルデランザをはじめとする同盟六ヶ国から蛮族と呼ばれる所以でもあった。
「メルクーリ大尉」
隣に立ち、見事な敬礼を見せるヴァシリキにアントニウスは無言で頷き、続けように促した。
「戦況をご報告いたします」
まるで見てきたように戦況を報告するヴァシリキだったが、決してアントニウスの命令以外でそばを離れることのないヴァシリキが戦況を実際に見に行ったわけではない。これらの情報は、参謀部の隣の壕に陣取っている諜報部が集めてきた情報をアントニウスの従卒であるヴァシリキ、ペレス大佐の従卒であるディスマス・ガヴラス軍曹、ディスマス・コリントス中将の従卒であるベネディクト・ステファノプロス軍曹の三人を含む参謀部の面々が必死で集約したものである。
「つまり、メルクーリ大尉の立てた計画が成功したということか」
半ば呆れたように言うヤニスにアントニウスが笑顔で応じた。
「奴らの戦い方は、まるで海の波のようで、パターンが見えたので、それに応じただけです。ですが、このパターンを読むのに、一月もかかってしまい、申し訳なく思っております」
大佐であるヤニスと同席するサマラス少将に敬意を払ってアントニウスが答えると、サマラス少将は黙して頷いた。
この一月、大公の甥という厄介なお荷物を押し付けられたと思っていたであろうサマラス少将は、劇的にポレモス軍を物資的に疲弊させるという御伽噺のようなアントニウスの策を眉唾物と思っていたが、諜報部からの報告を聞く限り、アントニウスの策は机上の空論ではなく、まさに参謀部の立てた傑出した作戦だったといわざるを得なかった。
総力戦で挑んでくるポレモス軍に対し、イルデランザ軍は旗振り役と遠距離から狙い撃ちのできるライフル部隊。両軍の中間地点に夜陰に乗じて諜報部がしつらえたすり鉢状の地形が弾避けになるとばかり、ポレモス軍はイルデランザ軍の大砲の射程距離に入っていることも忘れ、兵力を集約していた。
「ヤニス、具合はどうだ?」
アントニウスの問いに、ヤニスは笑みを浮かべて『八割程度でございます』と回答した。
既に、すり鉢の中心に各大砲の照準は合わせ済みである。アントニウスの作戦の最後は、旗振り達が兵の逃げまどっている様を演出することにより、すり鉢状の地形に身を隠すように終結したポレモス軍に大砲の弾の雨を降らせる事だった。
「サマラス少将、よろしいでしょうか?」
念のため、上官であり、この駐屯軍の最高司令官であるサマラス少将に許可を求めると、サマラス少将が大きく頭を縦に振った。
「カストリア軍曹、大砲の発射命令を!」
「かしこまりました」
ヤニスは敬礼すると、踵を返し壕の外へと命令を伝えるために走り出していった。
それから十分と経たぬうちに、先日までアントニウス達が拠点としていた古い壕の中に埋もれるようにして設置されている大砲群がうなり声と地響きをたてて弾を放出し始めた。
本来、大砲は直線的な攻撃に用いられるものだが、このポレモスとの膠着状態を脱するため、アントニウスは諜報部と手を組み、大砲から発射される弾の放物線軌道を利用しての攻撃を考え出したのだった。
もとはと言えば、この方法は子供たちの石投げ遊びを見て考え付いたようなもので、実際に大砲から打ち出した弾が狙い通りの場所に落ちるかどうか、そして、効果が本当に得られるかどうかは一種の賭けだった。それでも、小柄な子供が器用に放物線を描いて石を投げ、小さな缶に見事に石を投げ入れる姿を見た時から、アントニウスが考えていた作戦ではあった。そのために、諜報部の人員を割いてもらい、工部の人員も割り当ててもらい、工夫に工夫を重ねた結果が今ここで証明されることになる。
地響きをたてて弾丸が発射される音は、既にポレモス軍にも聞こえているはずだ。そのせいもあり、奇声をあげて突進するように窪地へと進んできていたポレモス軍の動きが鈍り、音だけで飛んでこない大砲の弾を探すように、ポレモス軍の動きが鈍り、その直後、大砲が撃たれたのではなく、音だけのコケ脅しだと認識したポレモス軍が再度奇声を発して窪地から飛び出そうとしたところへ、霰の様に大砲の弾が降り落ちた。そして、それは一気に激しい爆発を起こし、衝撃波と地面を伝わる振動がイルデランザ軍の壕を激しく揺さぶった。
およそ十五分にわたって続いた振動の後、見張りを行っていた兵士からの報告か入った。
「ご報告いたします」
直立不動のヴァシリキの言葉に、サラマス少将が無言で頷いた。
「敵最前線歩兵部隊の大破を目視で確認致しました。諜報部が夜陰に乗じて被害調査を遂行するとの事でございます」
集う上級士官たちが思わず鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする中、サラマス少将は無言で頷くとアントニウスの方に視線を送った。
「この方法は、複数回は使えませんが、同じ戦略を我々がとるのではと、ポレモス軍に警戒させ、前線を交代させるきっかけになる可能性はあります」
ポレモスにまともな軍師が居れば、今回の作成はすぐに放物線弾道の応用に過ぎないことは知れるだろうし、事前にこちらが窪地を用意して、ポレモス軍を特定のポイントに集結するように促したことも、すぐに明白になるだろう。
「弾道距離の概算から、敵豪に大砲の弾を降らせられる位置まで、我が軍を前進させる。今度こそ、根こそぎ奴らの陣営を叩き潰してくれる!」
サラマス少将の言葉に、上級士官たちが頷き、それぞれが事前に建てられた侵攻計画に基づき、両国の不和のきっかけともなった、どさくさまぎれの占拠による国境性の強制移動で奪われた土地の奪回へと向かって動き出した。
この土地を奪い返したからと言って、戦争が終わるわけでもないし、ポレモスに対するイルデランザ国民の心象が変わるわけでもなかったが小競り合いが起きるたびに、この奪われたかかつての国土を取り戻せたかどうかは、常に前線部隊の評価の基準とされていた。
決して、作戦で出遅れている訳ではないが、補給を受ければ撃ちまくりたくなるポレモス陣営の戦闘心理はよく理解していたので、イルデランザ側としては、こうなることは予想していたので、ぬかるむ大地を進んでくる事に手を焼くポレモス軍を放置することによって、体力の消耗と共に、補給したばかりの弾薬と温存されたポレモス軍の兵士の体力を削ぐことが本作戦の目的とも言えた。
敢えて、相手から良く見えるように旗振り部隊が藁で作った人形に制服と武器を持たせ、ちょうど壕から出ようとしている歩兵団のような動きをさせては無駄弾を使わせることに貢献していた。
当然の事ながら、藁を貫通した流れ弾は、壕の屋根の上に降ることになり、雨が止んだ喜びも束の間、今度は殺傷性のある弾が降る音を聞く羽目になっていた。
この作戦の提案者は、実はアントニウスだった。
この一月、最前線でのポレモス軍の動きを詳しく監視し、何度もヴァシリキに何をしているのかと問われながら、平均的なポレモス軍の侵攻時間、連続攻撃時間、凡その一回の戦闘で使用される武器弾薬の量を計算し、一番効果的な進軍の方法とタイミングを割り出すことに努めていた。
さらに言えば、明るい時間帯の攻撃を得意とするポレモス軍の動きは曇りや雨の日には鈍いこと、それは肉体的な構造に問題があるらしく、ポレモス人の瞳は、イルデランザ人の瞳よりも明るいところでしか焦点が合わず、暗いところでは視界が効かない。そのため、夜間の奇襲時の被弾率は昼間のそれとは大きく異なることは、回を重ねるごとに明白になっていった。その事実をベースとしてアントニウスが立てた作戦が、この旗振り作戦だった。ポレモス軍が兵士ではなく、ヘルメットや制服を狙いに定め、被弾する兵士のケガもヘルメットを狙った致死の一発の他には、大抵、狙いやすい胴に攻撃が集中していた。
このデータの解析の下、今回の旗振り作戦でのポレモス軍の使用火力の量は今までの平均値を越えており、ヘルメットを撃ち抜かれ、藁人形が交代することで、こちらの戦力を大幅に削ることができていると信じているからなのだろう、泥まみれでの進行速度も遅く、雨霰と弾を打ち散らかすことで長雨のストレスを発散しているようにも見えた。このような無計画な行動こそが、ポレモス人がイルデランザをはじめとする同盟六ヶ国から蛮族と呼ばれる所以でもあった。
「メルクーリ大尉」
隣に立ち、見事な敬礼を見せるヴァシリキにアントニウスは無言で頷き、続けように促した。
「戦況をご報告いたします」
まるで見てきたように戦況を報告するヴァシリキだったが、決してアントニウスの命令以外でそばを離れることのないヴァシリキが戦況を実際に見に行ったわけではない。これらの情報は、参謀部の隣の壕に陣取っている諜報部が集めてきた情報をアントニウスの従卒であるヴァシリキ、ペレス大佐の従卒であるディスマス・ガヴラス軍曹、ディスマス・コリントス中将の従卒であるベネディクト・ステファノプロス軍曹の三人を含む参謀部の面々が必死で集約したものである。
「つまり、メルクーリ大尉の立てた計画が成功したということか」
半ば呆れたように言うヤニスにアントニウスが笑顔で応じた。
「奴らの戦い方は、まるで海の波のようで、パターンが見えたので、それに応じただけです。ですが、このパターンを読むのに、一月もかかってしまい、申し訳なく思っております」
大佐であるヤニスと同席するサマラス少将に敬意を払ってアントニウスが答えると、サマラス少将は黙して頷いた。
この一月、大公の甥という厄介なお荷物を押し付けられたと思っていたであろうサマラス少将は、劇的にポレモス軍を物資的に疲弊させるという御伽噺のようなアントニウスの策を眉唾物と思っていたが、諜報部からの報告を聞く限り、アントニウスの策は机上の空論ではなく、まさに参謀部の立てた傑出した作戦だったといわざるを得なかった。
総力戦で挑んでくるポレモス軍に対し、イルデランザ軍は旗振り役と遠距離から狙い撃ちのできるライフル部隊。両軍の中間地点に夜陰に乗じて諜報部がしつらえたすり鉢状の地形が弾避けになるとばかり、ポレモス軍はイルデランザ軍の大砲の射程距離に入っていることも忘れ、兵力を集約していた。
「ヤニス、具合はどうだ?」
アントニウスの問いに、ヤニスは笑みを浮かべて『八割程度でございます』と回答した。
既に、すり鉢の中心に各大砲の照準は合わせ済みである。アントニウスの作戦の最後は、旗振り達が兵の逃げまどっている様を演出することにより、すり鉢状の地形に身を隠すように終結したポレモス軍に大砲の弾の雨を降らせる事だった。
「サマラス少将、よろしいでしょうか?」
念のため、上官であり、この駐屯軍の最高司令官であるサマラス少将に許可を求めると、サマラス少将が大きく頭を縦に振った。
「カストリア軍曹、大砲の発射命令を!」
「かしこまりました」
ヤニスは敬礼すると、踵を返し壕の外へと命令を伝えるために走り出していった。
それから十分と経たぬうちに、先日までアントニウス達が拠点としていた古い壕の中に埋もれるようにして設置されている大砲群がうなり声と地響きをたてて弾を放出し始めた。
本来、大砲は直線的な攻撃に用いられるものだが、このポレモスとの膠着状態を脱するため、アントニウスは諜報部と手を組み、大砲から発射される弾の放物線軌道を利用しての攻撃を考え出したのだった。
もとはと言えば、この方法は子供たちの石投げ遊びを見て考え付いたようなもので、実際に大砲から打ち出した弾が狙い通りの場所に落ちるかどうか、そして、効果が本当に得られるかどうかは一種の賭けだった。それでも、小柄な子供が器用に放物線を描いて石を投げ、小さな缶に見事に石を投げ入れる姿を見た時から、アントニウスが考えていた作戦ではあった。そのために、諜報部の人員を割いてもらい、工部の人員も割り当ててもらい、工夫に工夫を重ねた結果が今ここで証明されることになる。
地響きをたてて弾丸が発射される音は、既にポレモス軍にも聞こえているはずだ。そのせいもあり、奇声をあげて突進するように窪地へと進んできていたポレモス軍の動きが鈍り、音だけで飛んでこない大砲の弾を探すように、ポレモス軍の動きが鈍り、その直後、大砲が撃たれたのではなく、音だけのコケ脅しだと認識したポレモス軍が再度奇声を発して窪地から飛び出そうとしたところへ、霰の様に大砲の弾が降り落ちた。そして、それは一気に激しい爆発を起こし、衝撃波と地面を伝わる振動がイルデランザ軍の壕を激しく揺さぶった。
およそ十五分にわたって続いた振動の後、見張りを行っていた兵士からの報告か入った。
「ご報告いたします」
直立不動のヴァシリキの言葉に、サラマス少将が無言で頷いた。
「敵最前線歩兵部隊の大破を目視で確認致しました。諜報部が夜陰に乗じて被害調査を遂行するとの事でございます」
集う上級士官たちが思わず鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする中、サラマス少将は無言で頷くとアントニウスの方に視線を送った。
「この方法は、複数回は使えませんが、同じ戦略を我々がとるのではと、ポレモス軍に警戒させ、前線を交代させるきっかけになる可能性はあります」
ポレモスにまともな軍師が居れば、今回の作成はすぐに放物線弾道の応用に過ぎないことは知れるだろうし、事前にこちらが窪地を用意して、ポレモス軍を特定のポイントに集結するように促したことも、すぐに明白になるだろう。
「弾道距離の概算から、敵豪に大砲の弾を降らせられる位置まで、我が軍を前進させる。今度こそ、根こそぎ奴らの陣営を叩き潰してくれる!」
サラマス少将の言葉に、上級士官たちが頷き、それぞれが事前に建てられた侵攻計画に基づき、両国の不和のきっかけともなった、どさくさまぎれの占拠による国境性の強制移動で奪われた土地の奪回へと向かって動き出した。
この土地を奪い返したからと言って、戦争が終わるわけでもないし、ポレモスに対するイルデランザ国民の心象が変わるわけでもなかったが小競り合いが起きるたびに、この奪われたかかつての国土を取り戻せたかどうかは、常に前線部隊の評価の基準とされていた。