初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
「お嬢様、それでは、ダイヤモンドでございます」
隣でジャガイモの皮をむいているキッチンメイドが、アレクサンドラの手の中の芋を見つめて呟いた。
「ダイヤモンド? 光ってはいないけれど・・・・・・」
アレクサンドラが言うと、通りかかった家政婦長のウォルター夫人が優しくアレクサンドラに説明した。
「お嬢様、アビーが申しておりますのは、お嬢様の手の中のジャガイモが、ダイヤモンドの様に角と面が沢山あり、食べるところが少ないという事でございます」
ウォルター夫人の言葉に、アレクサンドラはジャガイモをまじまじと見つめ、大きなため息をついた。
「ねえ、アビー。もし、私が一人で料理をしていたら、夕飯を作れると思う?」
アレクサンドラの問いに、アビーは動揺してウォルター夫人の顔を見つめた。
「お嬢様、アビーは一人で料理を作れない見習いでございますよ。そんな難しい質問をアビーにしたところで答えられるはずがございません。そういう質問は、料理長である私になさってくださいませ。・・・・・・アビー、夕食というのは夜食べる食事の事だよ。このままじゃ、ジャガイモが足りなくてスープを差し替えなくちゃならなくなるよ」
ちょうど通りかかったダルトン夫人の言葉に、アビーは慌ててジャガイモをむき始めた。
「お嬢様、お嬢様はジャガイモの皮をむくためにお生まれになったんじゃあございません。私共、下々のものが安心して暮らせるように、旦那様が親切になさってくださるように、これからもずっと、私共が安心して働き続けられるように、見守ってくださるためにお生まれになられたんです」
「でも、私は、爵位は継げないのよ?」
「たまに、ジャガイモの皮をむきにいらっしゃるのは大歓迎です。ですが、お嬢様には、お嬢様にしかできないことがおありになるはずです。ねぇ、ウォルターさん」
ダルトン夫人の言葉にウォルター夫人が頷いた。
そこへ、家令のコストナーが姿を見せた。
「アレクサンドラお嬢様。このような場所に足を運ばれてはなりません」
家令であるコストナーらしい言葉に、ライラは廊下で何度も頷いた。
「コストナー・・・・・・」
アレクサントラは叱られた子供の様にしょんぼりとした。
「ライラから聞きました。アレクサンドラお嬢様は、刺繍の腕がまだまだジャスティーヌ様に追いついていらっしゃらないとか」
「それは無理よ。ジャスティーヌは、何でもできるんですもの。それに、刺繍が上手でも、一人では生きていかれないでしょう?」
アレクサントラの問いに、コストナーは頭を横に振った。
「ご存じでございますか? 素晴らしい刺繍は、高値で取引されるのですよ。もちろん、お嬢様がなされたと知れるのはまずいですが、ライラが内職でと言えば、美しい刺繍の品は高値で取引されます。そうすれば、お嬢様が一人暮らしをされても、メイドの一人は雇うことができますでしょう。但し、素晴らしい出来であればでございます。お手の中のダイヤモンドでは、食材が無駄になり、暮らし向きが大変な事になってしまいます。・・・・・・ダルトンさん、お嬢様の向いた皮は、私たち使用人の夕食の食材として使うように」
「かしこまりました」
ダルトン夫人は言うと、アレクサンドラの手から小さくなったジャガイモを回収し、さらに超厚むきの皮を回収した。
そして、あっという間にウォルター夫人がアレクサンドラの手を綺麗に拭いてくれた。
「ライラ! お嬢様に刺繍の練習を!」
コストナーに声をかけられ、廊下に隠れていたライラは慌てて身なりを整えて姿を現した。
「アレクサンドラお嬢様、さあ、参りましょう」
ライラは言うと、アレクサンドラの手を引いて階段をのぼり、薄暗い地下室から明るい一階の扉の向こうへと連れ出した。
「不思議よね。以前は、コストナー、ルエーガー、ウォルター夫人に、ロザリンド、それにライラと馬蹄のコンラートくらいしか屋敷で働いていなかったのに。今では、大勢が働いているわ」
アレクサンドラの言葉に、ライラはクスリと笑みを漏らした。
「以前から、そこまで少なくはございませんでしたよ。ダルトン夫人は、お嬢様がお生まれになられる前からいらっしゃいますし」
「でも、以前はすごくこじんまりしていたでしょう」
「左様でございますね。王家とファーレンハイト伯爵からのご支援を受けるようになってから、かなり人数が増えましたし。ジャスティーヌ様の婚約が正式に整ってからは、更に増えておりますから。いずれは、伯爵ではなく公爵になられるのではと、みなワクワクしております」
ライラの言葉に、アレクサンドラは目を瞬いた。
今まで、ジャスティーヌがロベルトに嫁ぐことは理解していたが、王太子妃の父がいつまでも貧乏伯爵家というわけにはいかない。もしも、所領替えになったら、そこまで考えてから、先日陛下の怒りを買ったバルザック侯爵一族の事を思い出した。
もし、陛下がバルザック侯爵家から爵位を取り上げ、所領替えを命じられたら、そう思うと、父が大切にしてきた領地と領民があのバルザック侯爵家の面々にどのような扱いを受けるか、アレクサンドラは心配になった。
「お嬢様、いくら苦手な刺繍だからと言って、そんな蒼褪めなくてもよろしいのですよ。さあ、練習致しましょう。道具は、私がお持ちいたします」
ライラは言うと、アレクサンドラをサロンに残して姿を消した。
一人残されたアレクサンドラは不安を胸に、窓の外に広がる庭と、アントニウスに別れを告げられた噴水を見つめた。
「どうか、御無事で・・・・・・」
アントニウスの無事を祈り、アレクサンドラは神へ祈りを捧げた。
☆☆☆
隣でジャガイモの皮をむいているキッチンメイドが、アレクサンドラの手の中の芋を見つめて呟いた。
「ダイヤモンド? 光ってはいないけれど・・・・・・」
アレクサンドラが言うと、通りかかった家政婦長のウォルター夫人が優しくアレクサンドラに説明した。
「お嬢様、アビーが申しておりますのは、お嬢様の手の中のジャガイモが、ダイヤモンドの様に角と面が沢山あり、食べるところが少ないという事でございます」
ウォルター夫人の言葉に、アレクサンドラはジャガイモをまじまじと見つめ、大きなため息をついた。
「ねえ、アビー。もし、私が一人で料理をしていたら、夕飯を作れると思う?」
アレクサンドラの問いに、アビーは動揺してウォルター夫人の顔を見つめた。
「お嬢様、アビーは一人で料理を作れない見習いでございますよ。そんな難しい質問をアビーにしたところで答えられるはずがございません。そういう質問は、料理長である私になさってくださいませ。・・・・・・アビー、夕食というのは夜食べる食事の事だよ。このままじゃ、ジャガイモが足りなくてスープを差し替えなくちゃならなくなるよ」
ちょうど通りかかったダルトン夫人の言葉に、アビーは慌ててジャガイモをむき始めた。
「お嬢様、お嬢様はジャガイモの皮をむくためにお生まれになったんじゃあございません。私共、下々のものが安心して暮らせるように、旦那様が親切になさってくださるように、これからもずっと、私共が安心して働き続けられるように、見守ってくださるためにお生まれになられたんです」
「でも、私は、爵位は継げないのよ?」
「たまに、ジャガイモの皮をむきにいらっしゃるのは大歓迎です。ですが、お嬢様には、お嬢様にしかできないことがおありになるはずです。ねぇ、ウォルターさん」
ダルトン夫人の言葉にウォルター夫人が頷いた。
そこへ、家令のコストナーが姿を見せた。
「アレクサンドラお嬢様。このような場所に足を運ばれてはなりません」
家令であるコストナーらしい言葉に、ライラは廊下で何度も頷いた。
「コストナー・・・・・・」
アレクサントラは叱られた子供の様にしょんぼりとした。
「ライラから聞きました。アレクサンドラお嬢様は、刺繍の腕がまだまだジャスティーヌ様に追いついていらっしゃらないとか」
「それは無理よ。ジャスティーヌは、何でもできるんですもの。それに、刺繍が上手でも、一人では生きていかれないでしょう?」
アレクサントラの問いに、コストナーは頭を横に振った。
「ご存じでございますか? 素晴らしい刺繍は、高値で取引されるのですよ。もちろん、お嬢様がなされたと知れるのはまずいですが、ライラが内職でと言えば、美しい刺繍の品は高値で取引されます。そうすれば、お嬢様が一人暮らしをされても、メイドの一人は雇うことができますでしょう。但し、素晴らしい出来であればでございます。お手の中のダイヤモンドでは、食材が無駄になり、暮らし向きが大変な事になってしまいます。・・・・・・ダルトンさん、お嬢様の向いた皮は、私たち使用人の夕食の食材として使うように」
「かしこまりました」
ダルトン夫人は言うと、アレクサンドラの手から小さくなったジャガイモを回収し、さらに超厚むきの皮を回収した。
そして、あっという間にウォルター夫人がアレクサンドラの手を綺麗に拭いてくれた。
「ライラ! お嬢様に刺繍の練習を!」
コストナーに声をかけられ、廊下に隠れていたライラは慌てて身なりを整えて姿を現した。
「アレクサンドラお嬢様、さあ、参りましょう」
ライラは言うと、アレクサンドラの手を引いて階段をのぼり、薄暗い地下室から明るい一階の扉の向こうへと連れ出した。
「不思議よね。以前は、コストナー、ルエーガー、ウォルター夫人に、ロザリンド、それにライラと馬蹄のコンラートくらいしか屋敷で働いていなかったのに。今では、大勢が働いているわ」
アレクサンドラの言葉に、ライラはクスリと笑みを漏らした。
「以前から、そこまで少なくはございませんでしたよ。ダルトン夫人は、お嬢様がお生まれになられる前からいらっしゃいますし」
「でも、以前はすごくこじんまりしていたでしょう」
「左様でございますね。王家とファーレンハイト伯爵からのご支援を受けるようになってから、かなり人数が増えましたし。ジャスティーヌ様の婚約が正式に整ってからは、更に増えておりますから。いずれは、伯爵ではなく公爵になられるのではと、みなワクワクしております」
ライラの言葉に、アレクサンドラは目を瞬いた。
今まで、ジャスティーヌがロベルトに嫁ぐことは理解していたが、王太子妃の父がいつまでも貧乏伯爵家というわけにはいかない。もしも、所領替えになったら、そこまで考えてから、先日陛下の怒りを買ったバルザック侯爵一族の事を思い出した。
もし、陛下がバルザック侯爵家から爵位を取り上げ、所領替えを命じられたら、そう思うと、父が大切にしてきた領地と領民があのバルザック侯爵家の面々にどのような扱いを受けるか、アレクサンドラは心配になった。
「お嬢様、いくら苦手な刺繍だからと言って、そんな蒼褪めなくてもよろしいのですよ。さあ、練習致しましょう。道具は、私がお持ちいたします」
ライラは言うと、アレクサンドラをサロンに残して姿を消した。
一人残されたアレクサンドラは不安を胸に、窓の外に広がる庭と、アントニウスに別れを告げられた噴水を見つめた。
「どうか、御無事で・・・・・・」
アントニウスの無事を祈り、アレクサンドラは神へ祈りを捧げた。
☆☆☆