初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
 豪奢なシャンデリアから溢れる光で、ジャスティーヌは目が眩みそうになりながら、ロベルトの腕にすがって広間を進む。
 流れるのはゆったりとしたワルツで、ロベルトがジャスティーヌの手を引いて広間の中心へと導き、すぐに踊っていた人々がロベルトの為に場所を開ける。
 おとぎ話のお姫様のように広場の中心でジャスティーヌはロベルトとワルツを踊った。
 三拍子の緩やかなステップにジャスティーヌのドレスの裾が風に揺れる花弁のように揺れ、顔を隠すレースの飾りもひらりと揺れる。
「そのレースの飾りは、私を焦らす為の作戦ですか? それとも、私以外の男に顔を見られないようにするための工夫ですか?」
 耳元で囁かれるロベルトの言葉は、やはりジャスティーヌの知っているロベルト王子とは大きく違っていた。
「隠しても無駄だ。今宵、必ず私はその邪魔なレースに隠されたあなたの顔を、そしてその愛らしい唇を私だけのものにして見せる」
 言葉を聞いただけで羞恥心でジャスティーヌの顔が真っ赤になる。
 到着早々、ワルツを二曲踊り、ロベルトはジャスティーヌの手を引いて広間のコーナーへと下がり、二人が踊り終えるのを待っていた給仕からシャンパンの入ったグラスを受け取った。
「今宵の出会いに」
「殿下のご健康に」
 乾杯の言葉は、まったく噛み合っていなかったが、ロベルトは気にした様子もなく、グラスを傾ける。ジャスティーヌもグラスに口をつけるが、日頃口にすることのない高級シャンパンの味を堪能する暇なく、ロベルトに促されてすぐにグラスを置くと、その手を引くロベルトについて公爵邸の庭へと歩を進めた。
 勝手を知っているのだろうロベルトは、他の客が談笑する広間近くの噴水やベンチを避け、広間の明かりも届かない庭の奥にある四阿へとジャスティーヌを案内した。
 四本の支柱の上に、可愛らしいキノコのような形をした屋根がのる四阿の中は蝋燭の明かりは届かないものの、満月に近い大きな月の光に満たされていた。
「こちらへ」
 ロベルトに手を引かれ、ジャスティーヌは四阿の石造りの腰かけに腰を下ろした。
 雲一つない空から差し込む月の光はまぶしいほどで、思わずジャスティーヌは月に見入ってしまった。
 すると、いつの間にか向かいに腰を下ろしたロベルトの手がジャスティーヌの頤に触れた。
「いけない人だ。この私ではなく、月に心を奪われるとは」
「申し訳ございません。あまりに月が美しくて・・・・・・」
「私にはその美しい、ジャスティーヌ嬢に瓜二つだもいう、あなたの顔を隠したままだというのに」
「これを外すのは、ご容赦ください」
「ならば、その代わりに、この愛らしい唇を最初に我がものとしよう」
 ロベルトは言うなり、反対の腕でぐっとジャスティーヌを抱き寄せ、その唇に自分の唇をかさねた。
 突然の口づけ、それも初めての口づけにジャスティーヌは動転し、両手でロベルトの体を押し返した。しかし、どんなに頑張ってもロベルトの体はびくともせず、重ねられたロベルトの唇が軽く開くと同時に、頤に振れていた指がジャスティーヌの顎をとらえた。ロベルトの舌がジャスティーヌの唇をこじ開けようとするのを補助するように顎を捉えた指に力が込められ、今まさにジャスティーヌの閉じられたら唇をこじ開け、噛み締められた歯列が指に込められたら力によって隙間を開きそうになっていた。
 愛しいロベルトに口付けられている喜びよりも、ロベルトが自分ではなくアレクサンドラに口付けているのだという思いと、ロベルトが力で自分をねじ伏せようとしているのだという事実にジャスティーヌの瞳から涙が溢れた。
 次の瞬間、ジャスティーヌの顎をとらえていた指が外れ、レースの飾りを持ち上げた。
 瞬間、ロベルトはそこに、大きな両の瞳に涙をたたえ、零れたその滴が幾重にも頬をぬらすジャスティーヌの姿を見た気がして、アレクサンドラを抱く腕の力を弱めた。
 腕の力が弱まったのを知ると、ジャスティーヌは涙をこぼしながら早足で四阿を後にした。
 残されたロベルトは、複雑な表情を浮かべたまま身動き一つしなかった。
 アレクサンドラに口付けたはずなのに、涙を流され、どのような表情を浮かべているのかと飾りのレースを上げてみれば、そこにいたのは確かにジャスティーヌだった。悲しげな瞳で、口付けられたことを拒むように、自分の力で迫る強引な口付けを悲しむように涙を溢れさせていた。
 いや違う、涙を流していたのは、ジャスティーヌではなくアレクサンドラだ。
 ロベルトは何度も逡巡した。
 とにかく、アレクサンドラには嫌われなくてはいけない。申し訳ないが、アレクシスと結婚するなり、修道院にはいるなり、好きな人生を送って貰って構わないが、とにかく自分に恋だけはしてもらいたくない。ロベルトにとってアレクサンドラと過ごす時間は、嫌われるための時間でなくてはならない。知り合って数時間でいきなり口づけ、しかも、強引に深い口づけを求めたのだから、酷い男だと思われても構わない。
 そこまで考えたロベルトは、一気に最大の失策に気付いた。
 そう、アレクサンドラに非道な事をすれば、あのアレクシスが鬼の首を取ったようにジャスティーヌにロベルトの悪口を吹き込みかねないという事だ。もちろん、以心伝心なアレクサンドラがジャスティーヌに泣いて自分の非道を話せば、ジャスティーヌのロベルトを見る目も変わってしまうかもしれない。
「しまった。やり過ぎたか・・・・・・」
 ロベルトは言いながら額に手を当てると、大きく深呼吸をしてから広間へと足早に戻った。
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