初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
ミケーレはアレクサンドラとの約束通り、マリー・ルイーズの元にアレクサンドラの願いを伝えに行った。
「そう、行儀見習いと・・・・・・」
マリー・ルイーズは考え深げに呟いた。
「もしかして、クレメンティが意地になってイルデランザ語を使ったから、臆してしまったのかしら・・・・・・」
嫁いでずいぶん経つが、古き良きザッカローネ公爵家を守ろうとするクレメンティと、エイゼンシュタインのしきたりを屋敷に持ち込んだマリー・ルイーズの間には確執とは言わないものの、互いに譲れない決まりのようなものがいつの間にかできてしまっていた。
その一つが、出迎えの挨拶だ。
クレメンティは、ザッカローネ公爵家の家令として、出迎えの時は相手がマリー・ルイーズであったとしても、必ずイルデランザ語で迎える。そして、マリー・ルイーズが苛立ち、止めるようにと言うまでは、何があってもイルデランザ語で答えることにしている。そのやり取りを目の当たりにしたアレクサンドラが、言葉の通じないザッカローネ公爵家に婚約者として滞在し、クレメンティから次期女主人としての心構えのような物を求められることに躊躇したとしてもおかしくはない。
実際、マリー・ルイーズも最初に外交と見合いを兼ねて、エイゼンシュタインの特使としてイルデランザを訪れた時は、思っていた以上に言葉が通じず、滞在していた大公宮殿の敷地内にある迎賓殿では涙目になってしまったこともある。そんなマリー・ルイーズの言葉にできない辛さをわかってくれたのが公爵だった。
本当は、ユリウス皇嗣との見合いであったはずなのに、肝心のユリウス皇嗣はマリー・ルイーズに気のない様子で、政略結婚であるから仕方がないといった様子だったが、当時ファーレンハイト伯爵だったアラミスは、一目でマリー・ルイーズに恋したと言うくらいで、ユリウス皇嗣に相手にされない複雑なマリー・ルイーズの気持ちや、言葉が通じず苦労する日々に悩むマリー・ルイーズの心の機微をよく理解してくれた。そして、気付けば婚約相手に名乗りを上げ、いつの間にかマリー・ルイーズの心までしっかりと掴んでしまっていた。
実際、大公も知らないところで、ユリウス皇嗣がクラリッサと婚約を交わしていたことが耳に入ると、エイゼンシュタイン王家もマリー・ルイーズの相手はアラミスの方が相応しいと考えを改めてくれたので、マリー・ルイーズとアラミスの結婚には一切支障は生まれなかった。しかし、屋敷の中がすべてそうかと言えば違う。
ザッカローネ公爵家は、すべてにおいて大公家に倣うというのが家訓であり、それは、大公位継承権第一位、つまり大公家の男子が一人の場合、皇嗣が大公位を継承した後、大公家に男子が生まれていない場合、公爵が自動的に皇嗣となる家系であることに起因しており、家訓は保守的の一言に尽きた。それだけに、マリー・ルイーズが嫁ぎ、開かれた公爵家、エイゼンシュタインの王家のしきたりが屋敷の中に持ち込まれるに至っては、それこそ家令のクレメンティ家をはじめとする、歴代ザッカローネ公爵家に仕えている者たちが大きく反対に出たことは当然と言えば、当然の事だった。
「奥様、そのことは関係ないと思われます。ですが、やはり、アレクサンドラ様としては、公爵に正式に見とれられてから、婚約者と名乗りたいと思われているのだと、その一点だけかと存じます」
「そうかしら・・・・・・」
マリー・ルイーズは、まだ納得いかないと言った様子だった。
「はい。奥様、アレクサンドラ様がしっかりと手に持っていらした本にお気づきになられましたか?」
「本? そういえば、持っていましたね。馬車の中では読めないのにとは思いましたけど」
「あれは、辞書でございます」
「辞書?」
「はい、エイゼンシュタインとイルデランザの言葉を訳す辞書でございます。それも、ずいぶん使い込まれておりました。ご婚約なされた、ジャスティーヌ様のものではございませんでしょうか」
「ジャスティーヌさんの辞書を?」
「はい。きっと、こちらで言葉に困らないようにと、お渡しになられたのではないでしょうか」
「そう、そうかもしれないわね。ジャスティーヌさんは、六ヶ国同盟のすべての国の言葉に明るいと聞いていますから、自分の代わりに、使いなじんだ辞書をアレクサンドラさんの傍にと、力づけるつもりもあっての事かもしれませんね」
マリー・ルイーズは、納得したようにいった。
「わかりました。クレメンティには、行儀見習いでお預かりしたと言います。お姉さまが王家に嫁がれるので、エイゼンシュタインの王族のしきたりなどを学ぶために、行儀見習いに来たと。それならば、クレメンティと問題が起きることもないでしょう」
マリー・ルイーズの言葉に、ミケーレは安心したように頷いた。
「では、私はアレクサンドラ様にそのようにお伝えいたしてまいります」
ミケーレはエイゼンシュタイン王家の礼に従ってお辞儀をすると、マリー・ルイーズの前を辞した。
☆☆☆
「そう、行儀見習いと・・・・・・」
マリー・ルイーズは考え深げに呟いた。
「もしかして、クレメンティが意地になってイルデランザ語を使ったから、臆してしまったのかしら・・・・・・」
嫁いでずいぶん経つが、古き良きザッカローネ公爵家を守ろうとするクレメンティと、エイゼンシュタインのしきたりを屋敷に持ち込んだマリー・ルイーズの間には確執とは言わないものの、互いに譲れない決まりのようなものがいつの間にかできてしまっていた。
その一つが、出迎えの挨拶だ。
クレメンティは、ザッカローネ公爵家の家令として、出迎えの時は相手がマリー・ルイーズであったとしても、必ずイルデランザ語で迎える。そして、マリー・ルイーズが苛立ち、止めるようにと言うまでは、何があってもイルデランザ語で答えることにしている。そのやり取りを目の当たりにしたアレクサンドラが、言葉の通じないザッカローネ公爵家に婚約者として滞在し、クレメンティから次期女主人としての心構えのような物を求められることに躊躇したとしてもおかしくはない。
実際、マリー・ルイーズも最初に外交と見合いを兼ねて、エイゼンシュタインの特使としてイルデランザを訪れた時は、思っていた以上に言葉が通じず、滞在していた大公宮殿の敷地内にある迎賓殿では涙目になってしまったこともある。そんなマリー・ルイーズの言葉にできない辛さをわかってくれたのが公爵だった。
本当は、ユリウス皇嗣との見合いであったはずなのに、肝心のユリウス皇嗣はマリー・ルイーズに気のない様子で、政略結婚であるから仕方がないといった様子だったが、当時ファーレンハイト伯爵だったアラミスは、一目でマリー・ルイーズに恋したと言うくらいで、ユリウス皇嗣に相手にされない複雑なマリー・ルイーズの気持ちや、言葉が通じず苦労する日々に悩むマリー・ルイーズの心の機微をよく理解してくれた。そして、気付けば婚約相手に名乗りを上げ、いつの間にかマリー・ルイーズの心までしっかりと掴んでしまっていた。
実際、大公も知らないところで、ユリウス皇嗣がクラリッサと婚約を交わしていたことが耳に入ると、エイゼンシュタイン王家もマリー・ルイーズの相手はアラミスの方が相応しいと考えを改めてくれたので、マリー・ルイーズとアラミスの結婚には一切支障は生まれなかった。しかし、屋敷の中がすべてそうかと言えば違う。
ザッカローネ公爵家は、すべてにおいて大公家に倣うというのが家訓であり、それは、大公位継承権第一位、つまり大公家の男子が一人の場合、皇嗣が大公位を継承した後、大公家に男子が生まれていない場合、公爵が自動的に皇嗣となる家系であることに起因しており、家訓は保守的の一言に尽きた。それだけに、マリー・ルイーズが嫁ぎ、開かれた公爵家、エイゼンシュタインの王家のしきたりが屋敷の中に持ち込まれるに至っては、それこそ家令のクレメンティ家をはじめとする、歴代ザッカローネ公爵家に仕えている者たちが大きく反対に出たことは当然と言えば、当然の事だった。
「奥様、そのことは関係ないと思われます。ですが、やはり、アレクサンドラ様としては、公爵に正式に見とれられてから、婚約者と名乗りたいと思われているのだと、その一点だけかと存じます」
「そうかしら・・・・・・」
マリー・ルイーズは、まだ納得いかないと言った様子だった。
「はい。奥様、アレクサンドラ様がしっかりと手に持っていらした本にお気づきになられましたか?」
「本? そういえば、持っていましたね。馬車の中では読めないのにとは思いましたけど」
「あれは、辞書でございます」
「辞書?」
「はい、エイゼンシュタインとイルデランザの言葉を訳す辞書でございます。それも、ずいぶん使い込まれておりました。ご婚約なされた、ジャスティーヌ様のものではございませんでしょうか」
「ジャスティーヌさんの辞書を?」
「はい。きっと、こちらで言葉に困らないようにと、お渡しになられたのではないでしょうか」
「そう、そうかもしれないわね。ジャスティーヌさんは、六ヶ国同盟のすべての国の言葉に明るいと聞いていますから、自分の代わりに、使いなじんだ辞書をアレクサンドラさんの傍にと、力づけるつもりもあっての事かもしれませんね」
マリー・ルイーズは、納得したようにいった。
「わかりました。クレメンティには、行儀見習いでお預かりしたと言います。お姉さまが王家に嫁がれるので、エイゼンシュタインの王族のしきたりなどを学ぶために、行儀見習いに来たと。それならば、クレメンティと問題が起きることもないでしょう」
マリー・ルイーズの言葉に、ミケーレは安心したように頷いた。
「では、私はアレクサンドラ様にそのようにお伝えいたしてまいります」
ミケーレはエイゼンシュタイン王家の礼に従ってお辞儀をすると、マリー・ルイーズの前を辞した。
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