初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
アレクサンドラのザッカローネ公爵家滞在一日目は、穏やかに過ぎていった。マリー・ルイーズはアレクサンドラの希望通り、行儀見習いと言う立場で屋敷に滞在することになり、新しいメイドのソフィアはライラとすぐに仲良くなり、ミケーレともどもアレクサンドラの滞在をサポートしてくれた。
二日目の午後、突然屋敷の中が騒がしくなり、ソフィアがアレクサンドラの部屋に走りこんできた。
「アレクサンドラお嬢様。旦那様のお帰りです。お支度をなさって下へ・・・・・・」
ソフィアの言葉を皆まで聞かず、ライラは普段着としてアレクサンドラが来ている、それでも高価なドレスをはぎ取る様に奪い、公爵に目通りするときのために用意してきた、ワンランク上のドレスにアレクサンドラを着替えさせた。
エイゼンシュタインでは特に決まりごとがなかったが、独身で、誰とも縁づいていないアレクサンドラは、髪を結い上げることは相応しくないので、ライラは手早く髪の毛を下ろして整えた。
立ち位置として、公爵に認められ、アントニウスの婚約者となれば、当然髪を結い上げることができるのだが、細かいルールが厳密に決められているイルデランザでは、エイゼンシュタインのような自由さはなかった。
支度を整え、ライラとソフィアを伴い、アレクサンドラが階下に降りると、既に公爵の馬車は敷地内に入っているようで、エントランスホールの真ん中にマリー・ルイーズが立ち、その両脇に侍女、メイド、下僕、執事までもがずらりと並んで公爵の到着を待っていた。
その様子を見ながら、アレクサンドラは到着した時も同じように使用人達が並んでマリー・ルイーズで迎えたことを思い出した。
アーチボルト伯爵家では、こんなに多くの使用人がいないという事実もあるが、基本的にここまでの出迎えを行うのは王家の方々の訪問の時くらいで、伯爵や伯爵夫人の出迎えは家令のコストナーと執事のルエーガーか、ダフネが伯爵夫人を出迎えるくらいだった。
「アレクサンドラさん、こちらにいらして」
階段を降りるアレクサンドラの姿を見つけると、すぐにマリー・ルイーズがアレクサンドラを招いた。
当然、アレクサンドラ付とはいえ、ライラもソフィアもミケーレですら、中央に一緒に並ぶことは許されない。
まるでモーセが杖をかかげて海を割ったように、使用人達の列の中にアレクサンドラが通るための道が開かれ、それぞれの階級に合わせ、深々とお辞儀をする者、膝を折る者など、それぞれ礼を尽くしてアレクサンドラをホールの中央へと導いてくれた。
「アレクサンドラさん、固くならないで。主人は、頑固そうな顔をしてますけれど、根は優しい人です」
マリー・ルイーズがアレクサンドラの耳元で囁いたかと思うと、『旦那様のお帰りでございます』という声がかかり、左右二列に分かれて整列している使用人達が一斉に礼をとるために姿勢を正し、男性は頭を下げ、女性は膝を折って礼をした。
分厚く細かな彫刻を施された玄関の扉が開かれると、軍服に身を包み、権威の象徴ともいえる勲章を所狭しと並べた公爵が屋敷の中へと足を踏み入れた。
「旦那様、お帰りなさいませ」(イルデランザ語)
使用人達が一斉に声を揃えて挨拶をし、アレクサンドラは圧倒されて後ろに一歩後退してしまった。それは、伯爵家いや、エイゼンシュタインでは王族に対してのみ行われ、アレクサンドラ生まれて初めて目にする光景だった。
「旦那様、御無事のご帰還、何よりでございます」(イルデランザ語)
家令が深々と頭を下げて挨拶をすると、公爵が純白の手袋を外し、パンっと手を叩いた。
瞬間、一斉に使用人達が直立不動の姿勢に戻った。
「出迎えご苦労。下がってよいぞ」(イルデランザ語)
公爵の言葉に、使用人達は礼をして列から離れ、それぞれの持ち場へと帰って行き、ホールに残されたのはライラとミケーレ、それにソフィアの他は、家令と公爵の執事、そして一緒に帰宅した従僕だけだった。
「お帰りなさいませ、旦那様」
マリー・ルイーズが声をかけると、強面だった公爵の表情が一瞬のうちに優しくなった。
「マリー・ルイーズ! 会いたかったぞ!」
速足でマリー・ルイーズに歩み寄ってきた公爵は、マリー・ルイーズの後ろに立つアレクサンドラに初めて気が付いた。
「旦那様、ご紹介いたしますわ。ロベルト殿下と婚約したジャスティーヌさんの双子の妹、アレクサンドラさんです。わが家へは、行儀見習いとしていらしてますのよ」
マリー・ルイーズが説明すると、公爵は再び厳しい表情を浮かべた。
「マリー・ルイーズ、わが国がポレモスと戦争中であることは知っておろう。行儀見習いなど、受け入れる余裕はない。それに・・・・・・」(イルデランザ語)
そこまで言って、公爵は口ごもった。
「旦那様、アレクサンドラさんをご紹介した後、旦那様とはアントニウスの事でお話したいことがございます」
マリー・ルイーズはきっぱり言うと、アレクサンドラに前に進む様に合図した。
「アーチボルト伯爵家次女、アレクサンドラと申します。よろしくお願いいたします」
アレクサンドラは深々と頭を下げた。
「・・・・・・うむ。私がザッカローネ公爵、アラミス・メルクーリだ。すまないが、家内と話があるので、失礼する」
公爵は言うと、すぐにアレクサンドラも元から歩き去って廊下の奥へと姿を消した。
「アレクサンドラさん、大丈夫です。主人にはきちんと説明しますから」
マリー・ルイーズは言うと、公爵の後を追って廊下の奥へと進んでいった。
残されたアレクサンドラは、息が詰まりそうだったホールに穏やかな時間が戻ったのを噛みしめるように深呼吸すると、ライラを伴い、ソフィアの導きで割り当てられた自室へと戻って行った。
☆☆☆
二日目の午後、突然屋敷の中が騒がしくなり、ソフィアがアレクサンドラの部屋に走りこんできた。
「アレクサンドラお嬢様。旦那様のお帰りです。お支度をなさって下へ・・・・・・」
ソフィアの言葉を皆まで聞かず、ライラは普段着としてアレクサンドラが来ている、それでも高価なドレスをはぎ取る様に奪い、公爵に目通りするときのために用意してきた、ワンランク上のドレスにアレクサンドラを着替えさせた。
エイゼンシュタインでは特に決まりごとがなかったが、独身で、誰とも縁づいていないアレクサンドラは、髪を結い上げることは相応しくないので、ライラは手早く髪の毛を下ろして整えた。
立ち位置として、公爵に認められ、アントニウスの婚約者となれば、当然髪を結い上げることができるのだが、細かいルールが厳密に決められているイルデランザでは、エイゼンシュタインのような自由さはなかった。
支度を整え、ライラとソフィアを伴い、アレクサンドラが階下に降りると、既に公爵の馬車は敷地内に入っているようで、エントランスホールの真ん中にマリー・ルイーズが立ち、その両脇に侍女、メイド、下僕、執事までもがずらりと並んで公爵の到着を待っていた。
その様子を見ながら、アレクサンドラは到着した時も同じように使用人達が並んでマリー・ルイーズで迎えたことを思い出した。
アーチボルト伯爵家では、こんなに多くの使用人がいないという事実もあるが、基本的にここまでの出迎えを行うのは王家の方々の訪問の時くらいで、伯爵や伯爵夫人の出迎えは家令のコストナーと執事のルエーガーか、ダフネが伯爵夫人を出迎えるくらいだった。
「アレクサンドラさん、こちらにいらして」
階段を降りるアレクサンドラの姿を見つけると、すぐにマリー・ルイーズがアレクサンドラを招いた。
当然、アレクサンドラ付とはいえ、ライラもソフィアもミケーレですら、中央に一緒に並ぶことは許されない。
まるでモーセが杖をかかげて海を割ったように、使用人達の列の中にアレクサンドラが通るための道が開かれ、それぞれの階級に合わせ、深々とお辞儀をする者、膝を折る者など、それぞれ礼を尽くしてアレクサンドラをホールの中央へと導いてくれた。
「アレクサンドラさん、固くならないで。主人は、頑固そうな顔をしてますけれど、根は優しい人です」
マリー・ルイーズがアレクサンドラの耳元で囁いたかと思うと、『旦那様のお帰りでございます』という声がかかり、左右二列に分かれて整列している使用人達が一斉に礼をとるために姿勢を正し、男性は頭を下げ、女性は膝を折って礼をした。
分厚く細かな彫刻を施された玄関の扉が開かれると、軍服に身を包み、権威の象徴ともいえる勲章を所狭しと並べた公爵が屋敷の中へと足を踏み入れた。
「旦那様、お帰りなさいませ」(イルデランザ語)
使用人達が一斉に声を揃えて挨拶をし、アレクサンドラは圧倒されて後ろに一歩後退してしまった。それは、伯爵家いや、エイゼンシュタインでは王族に対してのみ行われ、アレクサンドラ生まれて初めて目にする光景だった。
「旦那様、御無事のご帰還、何よりでございます」(イルデランザ語)
家令が深々と頭を下げて挨拶をすると、公爵が純白の手袋を外し、パンっと手を叩いた。
瞬間、一斉に使用人達が直立不動の姿勢に戻った。
「出迎えご苦労。下がってよいぞ」(イルデランザ語)
公爵の言葉に、使用人達は礼をして列から離れ、それぞれの持ち場へと帰って行き、ホールに残されたのはライラとミケーレ、それにソフィアの他は、家令と公爵の執事、そして一緒に帰宅した従僕だけだった。
「お帰りなさいませ、旦那様」
マリー・ルイーズが声をかけると、強面だった公爵の表情が一瞬のうちに優しくなった。
「マリー・ルイーズ! 会いたかったぞ!」
速足でマリー・ルイーズに歩み寄ってきた公爵は、マリー・ルイーズの後ろに立つアレクサンドラに初めて気が付いた。
「旦那様、ご紹介いたしますわ。ロベルト殿下と婚約したジャスティーヌさんの双子の妹、アレクサンドラさんです。わが家へは、行儀見習いとしていらしてますのよ」
マリー・ルイーズが説明すると、公爵は再び厳しい表情を浮かべた。
「マリー・ルイーズ、わが国がポレモスと戦争中であることは知っておろう。行儀見習いなど、受け入れる余裕はない。それに・・・・・・」(イルデランザ語)
そこまで言って、公爵は口ごもった。
「旦那様、アレクサンドラさんをご紹介した後、旦那様とはアントニウスの事でお話したいことがございます」
マリー・ルイーズはきっぱり言うと、アレクサンドラに前に進む様に合図した。
「アーチボルト伯爵家次女、アレクサンドラと申します。よろしくお願いいたします」
アレクサンドラは深々と頭を下げた。
「・・・・・・うむ。私がザッカローネ公爵、アラミス・メルクーリだ。すまないが、家内と話があるので、失礼する」
公爵は言うと、すぐにアレクサンドラも元から歩き去って廊下の奥へと姿を消した。
「アレクサンドラさん、大丈夫です。主人にはきちんと説明しますから」
マリー・ルイーズは言うと、公爵の後を追って廊下の奥へと進んでいった。
残されたアレクサンドラは、息が詰まりそうだったホールに穏やかな時間が戻ったのを噛みしめるように深呼吸すると、ライラを伴い、ソフィアの導きで割り当てられた自室へと戻って行った。
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