初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
 闇の中に響く懐かしい声に慌てて天を見上げた。
「アレクシス? まさか、そんなはずはない・・・・・・」
 はっきりと聴き取れはしないが、その声と話し方は間違いなくアレクシスのものだった。
「アレクシス!」
 アントニウスは名を呼びながら、闇に包まれた天へと手を伸ばした。

 アントニウスは気付けば、いつもアレクシスの事を見つめていた。
 エイゼンシュタインを訪れ、社交界の常連になり、色々な見目麗しいレディと知り合った。自由恋愛の国であるエイゼンシュタインの貴族の娘たちはイルデランザでは考えられないくらい、自由で素直で、そして、好意を隠すことなくロベルトの従兄であるアントニウスにも明らかな好意を示してくれるレディも少なくなかった。それでも、アントニウスの目は、いつもアレクシスを追いかけていた。
 隣のロベルトが、気付かれないようにジャスティーヌを見つめていたように、アントニウスもずっとアレクシスを見つめていた。
 一度は、自分が男色になったのではないかと、怖くなってエイゼンシュタインを離れたこともあった。それでも、国に帰るとアレクシスの事が忘れられず、レディと楽し気にダンスする姿、レディと楽し気に語らうアレクシスの姿。手が届きそうなところにいるのに、手の届かない相手。貴族でもなく、陛下の個人的な友人であるアーチボルト伯爵の血縁筋であるという理由で爵位もなく所領もないのに、まるで伯爵家の嫡男のようにふるまうアレクシスをエイゼンシュタインの社交界は温かく迎えていた。イルデランザではあり得ないことだった。
 ただ、アレクシスに会いたくて、アントニウスは嫁探しと偽ってエイゼンシュタインへと向かった。目的は、ただアレクシスに会うため。例え男同士で、結婚できる相手ではないとしても、親しく語り合うことのできる友達になりたいと。それが、まさかあの見合いの日、落馬したアレクシスが実はアレクサンドラだとわかり、アントニウスは焦った。この秘密が知れれば、アレクシスの存在が抹殺されてしまうと。そして、アレクシスであるアレクサンドラが男友達と親しくするのを見て、アントニウスは激しく嫉妬した。嫉妬のあまり、アレクシスにアレクサンドラに戻る様に強要した。そのせいで、アレクサンドラの社交界デビューが決まり、アレクサンドラは苦境に立たされた。
 アレクサンドラがレディになれば、ライバルは増え、ロベルトがジャスティーヌを選ぶと目にも明らかになると、独身貴族の子弟の目はアレクサンドラに注がれた。
 アントニウスは自分がアレクサンドラに恋していることを気付かれないまま、アレクサンドラを手に入れたいと思っていた。だから、ゲームだと言ってアレクサンドラに自分を篭絡するようにと命令した。
 しかし、そのうちにアレクサンドラは盲目的に自分をアントニウスに差し出そうとした。そこで、アントニウスは自分の過ちに気付き、アレクサンドラとの間に距離を置き、アレクサンドラにもう一度自分を心から好きになってもらいたいと、そう願った。
 戦地に赴いても、アレクサンドラに会いたいと、アレクシスに会いたいと、そう思った。それは、本当にアレクシスに会いたかったわけではない。レディと言う型にはめられたアレクサンドラではなく、自由奔放だった彼女にもう一度会いたかったから、だから、アレクシスに会いたいと、そう思ったのだと、アントニウスは今全てを理解した。

(・・・・・・・・私には帰らなくてはいけない場所がある。それは、アレクシスの、アレクサンドラのいる場所。私は彼女の下に帰る。例え、戦場から逃げた卑怯者と罵られても、私はアレクサンドラの元に戻らなくてはいけない・・・・・・・・)

 アントニウスはしっかりと心を決めると立ち上がった。
「私は、アレクシス、いや、アレクサンドラに逢いたい! アレクサンドラのもとに帰って、今度こそ、自分の本当の気持ちを伝えるんだ!」
 アントニウスは天に向かって叫んだ。

☆☆☆

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