初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
 アントニウスの部屋に籠りっぱなしのアレクサンドラの事を心配したマリー・ルイーズの勧めに従い、アレクサンドラは温かい陽の光の降りそそぐ庭を歩いていた。
 公爵は庭に想い入れはないようで、すべてがマリー・ルイーズの管理下にあり、屋敷に滞在を許されたものであれば、誰でも好きに歩くことが許されていたので、ライラと二人だけで庭を歩くことができた。
「お嬢様、本当に、これでよろしかったのですか?」
 ライラは辺りを憚る様に尋ねた。
「ライラ、私はアントニウス様のお世話ができて幸せよ。アントニウス様は、私にとても良くしてくださったでしょう。だから、私は私にできることを何でもしたいと思っているわ」
 アレクサンドラが言うと、ライラはそれ以上何も言わなかった。
 アレクサンドラは美しく咲く庭の花を少しだけ手折ると、それを持ってまっすぐにアントニウスの部屋に戻った。


「アントニウス様、お庭のお花を戴いてまいりました」
 ライラから花を受け取り、ソフィアがベッドの近くに花瓶を置くのを待ってから、アレクサンドラは再び話しかけた。
「アントニウス様、今日は、ジャスティーヌから手紙が届きましたの。でも、大変ですわ。アントニウス様がお目覚めになられないから、ジャスティーヌが心配して、行儀見習いを中断してしまいましたの。きっと、殿下はご心配だと思いますわ」
 アレクサンドラの言葉に、控えていたライラの方がぎょっとしてアレクサンドラの事を見つめた。
「どうしたの、ライラ?」
 落ち着かない様子のライラに、アレクサンドラが声をかけた。
「いえ、あの、私、少し下がってもよろしいでしょうか?」
「ええ、構わないわ」
 アレクサンドラが許可すると、ライラはソフィアに後を任せて下がって行った。
「アントニウス様、昨日の続きをお読みしましょうか?」
 アレクサンドラは言いながら、ベッドサイドにおいてある読みかけの本を手に取った。
 アレクサンドラの声は、良く通る透き通った声で、ソフィアはアレクサンドラがアントニウスに本を読み聞かせるたびに、それが大きな声を出すことなく育つ令嬢のものとは思えないくらい、良く響く声だと感じた。アレクサンドラの声は心地よく響き、一休みしていると、今にもアントニウスが目覚めて話の続きを急かすのではないかとソフィアは感じた。しかし、今まで一度もそのような事は起きなかった。

 アレクサンドラはソフィアに注意を払うことなく、ただアントニウスの事だけを意識して朗読を続けた。

☆☆☆



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