初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
マリー・ルイーズからではなく、ザッカローネ公爵家からの正式な書簡として届けられた手紙を読み終えたリカルド三世は大きなため息をついた。
手紙には、ザッカローネ公爵家嫡男、ファーレンハイト伯爵とアーチボルト伯爵家息女アレクサンドラの間には『白い結婚の事実はない』と書かれていた。そして、ファーレンハイト伯爵負傷の知らせを聞き、動揺するマリー・ルイーズの話し相手としてアーチボルト伯爵家息女アレクサンドラが旅に同道し、ファーレンハイト伯爵が回復するまで屋敷に滞在し、話し相手を務めたのであって、アーチボルト伯爵家息女はファーレンハイト伯爵との白い結婚のためにザッカローネ公爵家に滞在したのではないと書かれていた。
署名も封蝋に捺された印もザッカローネ公爵アラミスのものであり、マリー・ルイーズからの添え書きも、メッセージも同封されてはいなかった。
手紙には事実はないとはあったが、アレクサンドラが滞在したことは認めており、アラミスがどういう意図でこのような手紙を書いて寄こしたのか、リカルド三世は推し量ることができないまま、仕方なく手紙をルドルフに見せることにした。
ちょうど、叙爵式の打ち合わせのために王宮に参内していたルドルフはリカルド三世のプライベートなサロンに案内され、お茶を飲みながらリカルド三世が現れるのを待っていた。
「陛下!」
慌てて臣下の礼をとろうとするルドルフを止めると、リカルド三世は手ずからカップにお茶を注いで一口飲んだ。
「式典の準備で忙しいところをすまなかった」
リカルド三世は言うと、座る様にルドルフに合図した。
「実は、ザッカローネ公爵、アラミスから書簡が届いたのだ」
リカルド三世の言葉に、ルドルフは居住まいを正した。
「この度は、陛下にご相談もなく、勝手な事を致しまして、誠に申し訳ございませんでした」
謝罪するルドルフに、リカルド三世は頭を横に振った。
「ルドルフ、そちが謝る必要はない。アレクサンドラを妻に欲しいと願い出たのは、ファーレンハイト伯爵、アントニウスだ。世はその願いをそちに伝え、世の言葉を重んじた故に、マリー・ルイーズにアレクサンドラを同道させたのであろう。本来ならば、謝罪するべきはアラミスの方だ。それなのに、この手紙、世には何をしたいのか、さっぱりわからん」
リカルド三世は言うと、ルドルフに書簡を差し出した。
「拝見してもよろしいのでしょうか?」
「かまわん。世とそちの間に、いまさら秘密があってどうする」
誰かが聞いたら誤解してしまいそうな意味深の言葉を口にするリカルド三世から書簡を受け取ったルドルフは一礼してから書簡に目を通した。
読み終わったルドルフの顔は、たぶん読み終わった時の自分と同じような表情だろうとリカルド三世は思った。
そこには怒りはなく、ただ困惑だけがあった。
「つまり、公爵は、ファーレンハイト伯爵とアレクサンドラの間にいかなる既成事実もなく、アレクサンドラの身は潔白であると、そう仰っているのでしょうか?」
「それ以外の意味には、取りようがあるまい」
ここまで来て、ルドルフは先程の謝罪するのであれば、ルドフルではなく、アラミスの方だという言葉の意味を理解した。
「陛下、私はアレクサンドラの父として、ファーレンハイト伯爵とアレクサンドラの間にはいかなる既成事実もないという事で満足でございます。この正式な書簡がある限り、例え今回の事が世に知れたとしても、アレクサンドラの身の潔白を証明することができます」
「しかし、そちは間もなく公爵になり、エイゼンシュタインの王族の一人として迎えられる。その娘のアレクサンドラは世にとっては姪も同じ、それをこのように紙切れ一枚、身の潔白を明かしたとはいえ、先に結婚を望み出たのはアントニウスであるのに、その想いに答えたアレクサンドラを送り返すとは! 謝罪があって然るべきとは思わぬか?」
リカルド三世の怒りは最もだった。しかし、だからと言ってルドルフが一緒に怒りをあらわにすることはできなかった。
「陛下、私はアレクサンドラの父として、今回の事はこれで何もなかったと致しとうございます」
「しかし、ルドルフ・・・・・・」
「幸いにも事が、私が伯爵である間に起こり、ようございました。これが、私が陛下の恩情により公爵に叙され、王族の一員に迎えられてからでは、そうも参りませんが、これはあくまでもイルデランザの公爵家と、エイゼンシュタインの伯爵家の間の事。家の各が合わなかったと、そう言う事でございます。それに、陛下にアレクサンドラとの結婚を申し出られた時のアントニウス殿はまだファーレンハイト伯爵を名乗ることも許されていらっしゃらなかったと記憶しております。ですから、当然、アレクサンドラへの求婚も公爵の許しを得ていなかったものと思われます。それであれば、公爵がこの話をなかったことにしたいと思われることも当然かと思われます」
「ルドルフ、マリー・ルイーズには、そちの叙爵が決まってすぐ書簡を送ってある。事は既に家の各の違いでは済まされない事くらい、アラミスも知ってのことだ」
「ですが、公爵は自ら兵を率いて前線に赴かれているとのこと。陛下がマリー・ルイーズ様に宛てたお手紙の内容をご存知ない可能性も高いのではないでしょうか?」
ルドルフの言葉に、リカルド三世は大きく息をついた。
「世は、そちとそちの娘がこのような仕打ちを受けたことが腹立たしくて、堪えきれぬというのに、なぜ当事者のそちがそのように落ち着いていられる?」
「私の代わりに、陛下がお怒りであられるゆえ、私は陛下をお宥めするのが役目でございます」
「わかった。そちがそこまで言うのであれば、この事は、なかった事としよう」
リカルド三世の言葉に、ルドルフは深々と頭を下げた。
☆☆☆
手紙には、ザッカローネ公爵家嫡男、ファーレンハイト伯爵とアーチボルト伯爵家息女アレクサンドラの間には『白い結婚の事実はない』と書かれていた。そして、ファーレンハイト伯爵負傷の知らせを聞き、動揺するマリー・ルイーズの話し相手としてアーチボルト伯爵家息女アレクサンドラが旅に同道し、ファーレンハイト伯爵が回復するまで屋敷に滞在し、話し相手を務めたのであって、アーチボルト伯爵家息女はファーレンハイト伯爵との白い結婚のためにザッカローネ公爵家に滞在したのではないと書かれていた。
署名も封蝋に捺された印もザッカローネ公爵アラミスのものであり、マリー・ルイーズからの添え書きも、メッセージも同封されてはいなかった。
手紙には事実はないとはあったが、アレクサンドラが滞在したことは認めており、アラミスがどういう意図でこのような手紙を書いて寄こしたのか、リカルド三世は推し量ることができないまま、仕方なく手紙をルドルフに見せることにした。
ちょうど、叙爵式の打ち合わせのために王宮に参内していたルドルフはリカルド三世のプライベートなサロンに案内され、お茶を飲みながらリカルド三世が現れるのを待っていた。
「陛下!」
慌てて臣下の礼をとろうとするルドルフを止めると、リカルド三世は手ずからカップにお茶を注いで一口飲んだ。
「式典の準備で忙しいところをすまなかった」
リカルド三世は言うと、座る様にルドルフに合図した。
「実は、ザッカローネ公爵、アラミスから書簡が届いたのだ」
リカルド三世の言葉に、ルドルフは居住まいを正した。
「この度は、陛下にご相談もなく、勝手な事を致しまして、誠に申し訳ございませんでした」
謝罪するルドルフに、リカルド三世は頭を横に振った。
「ルドルフ、そちが謝る必要はない。アレクサンドラを妻に欲しいと願い出たのは、ファーレンハイト伯爵、アントニウスだ。世はその願いをそちに伝え、世の言葉を重んじた故に、マリー・ルイーズにアレクサンドラを同道させたのであろう。本来ならば、謝罪するべきはアラミスの方だ。それなのに、この手紙、世には何をしたいのか、さっぱりわからん」
リカルド三世は言うと、ルドルフに書簡を差し出した。
「拝見してもよろしいのでしょうか?」
「かまわん。世とそちの間に、いまさら秘密があってどうする」
誰かが聞いたら誤解してしまいそうな意味深の言葉を口にするリカルド三世から書簡を受け取ったルドルフは一礼してから書簡に目を通した。
読み終わったルドルフの顔は、たぶん読み終わった時の自分と同じような表情だろうとリカルド三世は思った。
そこには怒りはなく、ただ困惑だけがあった。
「つまり、公爵は、ファーレンハイト伯爵とアレクサンドラの間にいかなる既成事実もなく、アレクサンドラの身は潔白であると、そう仰っているのでしょうか?」
「それ以外の意味には、取りようがあるまい」
ここまで来て、ルドルフは先程の謝罪するのであれば、ルドフルではなく、アラミスの方だという言葉の意味を理解した。
「陛下、私はアレクサンドラの父として、ファーレンハイト伯爵とアレクサンドラの間にはいかなる既成事実もないという事で満足でございます。この正式な書簡がある限り、例え今回の事が世に知れたとしても、アレクサンドラの身の潔白を証明することができます」
「しかし、そちは間もなく公爵になり、エイゼンシュタインの王族の一人として迎えられる。その娘のアレクサンドラは世にとっては姪も同じ、それをこのように紙切れ一枚、身の潔白を明かしたとはいえ、先に結婚を望み出たのはアントニウスであるのに、その想いに答えたアレクサンドラを送り返すとは! 謝罪があって然るべきとは思わぬか?」
リカルド三世の怒りは最もだった。しかし、だからと言ってルドルフが一緒に怒りをあらわにすることはできなかった。
「陛下、私はアレクサンドラの父として、今回の事はこれで何もなかったと致しとうございます」
「しかし、ルドルフ・・・・・・」
「幸いにも事が、私が伯爵である間に起こり、ようございました。これが、私が陛下の恩情により公爵に叙され、王族の一員に迎えられてからでは、そうも参りませんが、これはあくまでもイルデランザの公爵家と、エイゼンシュタインの伯爵家の間の事。家の各が合わなかったと、そう言う事でございます。それに、陛下にアレクサンドラとの結婚を申し出られた時のアントニウス殿はまだファーレンハイト伯爵を名乗ることも許されていらっしゃらなかったと記憶しております。ですから、当然、アレクサンドラへの求婚も公爵の許しを得ていなかったものと思われます。それであれば、公爵がこの話をなかったことにしたいと思われることも当然かと思われます」
「ルドルフ、マリー・ルイーズには、そちの叙爵が決まってすぐ書簡を送ってある。事は既に家の各の違いでは済まされない事くらい、アラミスも知ってのことだ」
「ですが、公爵は自ら兵を率いて前線に赴かれているとのこと。陛下がマリー・ルイーズ様に宛てたお手紙の内容をご存知ない可能性も高いのではないでしょうか?」
ルドルフの言葉に、リカルド三世は大きく息をついた。
「世は、そちとそちの娘がこのような仕打ちを受けたことが腹立たしくて、堪えきれぬというのに、なぜ当事者のそちがそのように落ち着いていられる?」
「私の代わりに、陛下がお怒りであられるゆえ、私は陛下をお宥めするのが役目でございます」
「わかった。そちがそこまで言うのであれば、この事は、なかった事としよう」
リカルド三世の言葉に、ルドルフは深々と頭を下げた。
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