初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
馬車から降りたアントニウスは、やっと動くようになった足に鞭打って車付けから屋敷までの短い距離を一人で進んだ。
アントニウスの一人で歩きたいという意思を尊重し、家令のクレメンティも、執事のミケーレも、じっとアントニウスのゆっくりとした歩みを見守った。
「車いすをお使いになられますか?」
玄関をくぐったアントニウスにミケーレが声をかけると、アントニウスは忌々しそうに頷いた。
クレメンティの用意した車いすにアントニウスを座らせ、誰もいないダイニングで簡単な夕食を摂ると、アントニウスはすぐに階上の自室へと戻った。
足が自分の言う事をきくなら、汗とたばこのにおいの染みついた十八時間以上も着ている軍服を脱ぎ、風呂で髪と体を洗ってからブランデーを片手にくつろぎ、リラックスできる音楽でも聴きながらサンドイッチをつまみたいところだったが、この足では一人で風呂に入ることもできないし、階上の自室とダイニングの往復でさえ、ミケーレとヴァシリキに車いすを担ぎ上げてもらう必要がある。
ヴァシリキは、今はザッカローネ公爵家で寝起きしているが、アントニウスが起きる前から起きて自分の支度と食事を済ませ、ミケーレと共にアントニウスのための支度をし、軍服を着せ、ミケーレが部屋まで運んでくれた朝食をアントニウスが食べるのを待ち、食後は車いすを運んで階下に降りる手伝いをする。そして、屋敷から出る時と帰った時は自分で歩くというアントニウスの維持に付き合って、ゆっくりと杖を使って歩くアントニウスを見守り、馬車に乗る手伝いをする。それでも、ヴァシリキが不平や不安を言うことはなく、ただ黙って仕事をこなしていた。
「お茶をお注ぎいたしましょうか?」
手を止めたアントニウスにミケーレが声をかけた。
「いや、今日は食欲がない。もう、部屋に戻る」
アントニウスが答えると、すぐにクレメンティが下僕を呼びに行き、下僕とヴァシリキの二人がかりでアントニウスの車いすを階上へと上げてくれた。
部屋に入り、襟元を緩めたアントニウスの軍服を脱がせようと、ミケーレとヴァシリキの二人がほぼ同時に手を伸ばした。
「ヴァシリキ、手を貸してくれ。着替えの時は立ちたい」
アントニウスの言葉にヴァシリキがアントニウスの体を支えて車椅子から立ち上がらせた。その間に、ミケーレが手早くアントニウスの制服を脱がせた。
「お体をお拭きいたしますか?」
時間が遅いこともあり、ミケーレは風呂を使う事は難しいと考えてアントニウスの判断を仰いだ。
「体を拭いてくれ」
アントニウスはため息交じりで言った。
ミケーレはアントニウスの答えを聞き、ミケーレはヴァシリキがアントニウスの肌着を脱がす間に支度を整えた。
丁寧にアントニウスの体を拭き、ミケーレはアントニウスに寝間着を着せた。
「アントニウス様、奥様からお手紙を預かっております」
杖をつき、自力でベッドに向かい腰を下ろしたアントニウスにミケーレが封筒を手渡した。
「読んでおく」
アントニウスは言うと、ヴァシリキに下がる様に合図した。
「ミケーレ、もういい、お前も休んでくれ」
アントニウスの言葉に、ミケーレは丁寧にお辞儀をすると、部屋から出ていった。
封筒を開けると、マリー・ルイーズお気に入りの便箋に、マリー・ルイーズの綺麗な文字が並んでいた。手紙はマリー・ルイーズらしく、エイゼンシュタイン語で書かれていた。
『先日、無事、アーチボルト伯爵が公爵に叙爵され、先王リカルド二世の妹であるビクトリア・エリザベス・ホーエンバウム公爵夫人と養子縁組の上、めでたくホーエンバウム公爵を継承したとの知らせがありました。時間が作れるのなら、公爵令嬢になったアレクサンドラさんにお祝いの手紙を送って、あの急な別れのお詫びをした方が良いのではないかと思い、この手紙を書きました。アレクサンドラさんを手放したくないのなら、諦めてはダメよ』
読み終わると、アントニウスは手紙を握りつぶした。
苦労したアレクサンドラが公爵令嬢になり、不自由ない暮らしができるようになったのだと思うと、とても喜ばしく、できるものならお祝いの言葉を送りたいとも思った。しかし、父の命令とはいえ、すべてを投げうってアントニウスの回復のためにイルデランザまで来たアレクサンドラをアントニウスは何も説明せずに帰国させた。一瞬前まで、アレクサンドラを愛しむ優しい瞳で見つめていたアントニウスから、別れともいえる『帰国』の話を切り出されたアレクサンドラの打ちひしがれた様子は、別れの挨拶をした時にアントニウスの胸を深く抉り切り裂いた。そして、アントニウスの仕打ちがアレクサンドラに胸が張り裂けんばかりの苦しみを与えたことは疑いようもない事実だった。
(・・・・・・・・今更どうやってアレクサンドラに手紙を書いたら良い? 心をもてあそび、アレクサンドラがその気になったら、何事もなかったかのように切り捨てる、心の冷たい、情のない男だと思われているに決まっている・・・・・・・・)
母のマリー・ルイーズから、どれほど献身的にアレクサンドラがアントニウスの看病に尽くしてくれていたかの話を聞くたびに、アントニウスは父の理不尽な命令に従い、アレクサンドラを帰国させた自分が許せず、その理由を母に話せないまま、しつこく追及されることから逃げるために軍の仕事に復職し、母との間にも深い溝とわだかまりができてしまっていた。そのため、今は二人しか屋敷で食事を摂らないにもかかわらず、朝食は自室で、夕食は母が寝てから帰宅して顔を合わせないようにする毎日だった。
(・・・・・・・・戦況は芳しく、華々しい勝利をあげている。だが、傷を受けて意識の戻らなかった間に衰えた足は、未だに一人目歩くことすらかなわない。こんな状態で、どうやってアレクサンドラに祝いのカードや手紙が遅れると言うんだ!・・・・・・・・)
こみ上げる怒りに、アントニウスは握りつぶした母からの手紙を投げ捨てた。
(・・・・・・・・あの時のアレクサンドラの絶望した表情、今更どうやって謝ったら許してもらえる? 父の言うとおり、もし、この足が二度と使い物にならず、一生杖と車椅子の世話になるとしたら、とてもアレクサンドラに求婚する権利など無い・・・・・・・・)
一生、アレクサンドラを夫である自分の看病にしばりつけることなど、アントニウスは望んではいない。それに、あれほど冷たくしたアントニウスをアレクサンドラが許してくれるとも思えなかった。
それに、父からの手紙はアントニウスの心を傷ついた体よりも深く傷つけた。
一月以上も目覚めなかったアントニウスに、女性に喜びを与え、跡継ぎを作る能力が欠如しているかもしれないこと、公爵家に嫁ぎ跡継ぎが生まれなかったら、例えアントニウスに欠陥があるとしても、公爵家としてはアントニウスに跡継ぎを生む相手を探さねばならないことなどが並べ立てられていた。もし、後継ぎをもうけるために別の女性がアントニウスの妻のように振舞うようになったら、社交界でアレクサンドラが味わうであろう苦痛は想像を絶するものになるだろうし、もし万が一、アレクサンドラ以外の女性が跡継ぎを産んだら、公爵家としては本来ならアレクサンドラと離縁し、跡継ぎを産んだ女性を妻に迎えるのが筋だ。しかし、アレクサンドラがエイゼンシュタインの公爵令嬢となったら、簡単に離縁はできない。離縁できないという事は、愛人の子供を実子として育てるという苦労を味わうことになる。だから、アレクサンドラを愛しているなら、アレクサンドラの名誉が傷付く前に、直ちに帰国させろと手紙には書かれていた。愛しているのなら、アレクサンドラを諦めろと。エイゼンシュタインとの友好関係を考えたら、この結婚はあまりに危険すぎ、両国を一触即発の危機に追い込む可能性があると。だから、直ちにアレクサンドラを帰国させ、一人で歩き、男性としての機能が損なわれてないことの確認が取れるまで、アレクサンドラに逢う事は諦めろと書かれていた。
アレクサンドラを愛し、アレクサンドラだけを求めるアントニウスにとって、それは生きながらの死を意味していた。
父のアラミスは、せっかく目覚めたアントニウスに、生きながら死ねと、命じたのだ。
動かぬ足は、アントニウスに与えられた試練どころか、死刑宣告だった。
(・・・・・・・・これならば、いっそ夢の続きだと言って欲しい。私は目覚めておらず、今なおあの闇の中をさまよっているのだと、そう言って欲しい。アレクサンドラを失い、二度と会う事が叶わないのなら、なぜ私は目覚めたのだ・・・・・・・・)
アントニウスは固く拳を握り、歯を食いしばって涙をこらえた。
(・・・・・・・・私に、泣く権利などない。白い結婚を承諾し、私が目覚めなかったときは寡婦となる覚悟を決めて私を看病してくれたアレクサンドラにあんな酷い仕打ちをしておいて、私が泣くなど、神が許しても私自身が許せない。逢いたい・・・・・・。アレクサンドラをこの腕に抱いて、あの柔らかな唇に口づけたい。・・・・・・私が自分でアレクサンドラを遠ざけなければ、アレクサンドラは私の腕の中にあったのに・・・・・・。なぜ父の命令を無視しなかったんだ! すべて、私が愚かだったのだ、最愛のものを手放すなど、愚かな男のすることだと、既に学んでいたのに。・・・・・・いや、ちがう。私がこのまま一人で歩けるようにならなかったら、アレクサンドラは、一生メイドのように私の世話をしなくてはならない。アレクサンドラには、こんな私よりも、もっと相応しい相手が、相応しい結婚相手がいるはずだ・・・・・・・・)
アントニウスはアレクサンドラを求め、そして、手放した自分を責め、ただそれを日課のように繰り返しながら、苦しい眠りへと落ちていった。
☆☆☆
アントニウスの一人で歩きたいという意思を尊重し、家令のクレメンティも、執事のミケーレも、じっとアントニウスのゆっくりとした歩みを見守った。
「車いすをお使いになられますか?」
玄関をくぐったアントニウスにミケーレが声をかけると、アントニウスは忌々しそうに頷いた。
クレメンティの用意した車いすにアントニウスを座らせ、誰もいないダイニングで簡単な夕食を摂ると、アントニウスはすぐに階上の自室へと戻った。
足が自分の言う事をきくなら、汗とたばこのにおいの染みついた十八時間以上も着ている軍服を脱ぎ、風呂で髪と体を洗ってからブランデーを片手にくつろぎ、リラックスできる音楽でも聴きながらサンドイッチをつまみたいところだったが、この足では一人で風呂に入ることもできないし、階上の自室とダイニングの往復でさえ、ミケーレとヴァシリキに車いすを担ぎ上げてもらう必要がある。
ヴァシリキは、今はザッカローネ公爵家で寝起きしているが、アントニウスが起きる前から起きて自分の支度と食事を済ませ、ミケーレと共にアントニウスのための支度をし、軍服を着せ、ミケーレが部屋まで運んでくれた朝食をアントニウスが食べるのを待ち、食後は車いすを運んで階下に降りる手伝いをする。そして、屋敷から出る時と帰った時は自分で歩くというアントニウスの維持に付き合って、ゆっくりと杖を使って歩くアントニウスを見守り、馬車に乗る手伝いをする。それでも、ヴァシリキが不平や不安を言うことはなく、ただ黙って仕事をこなしていた。
「お茶をお注ぎいたしましょうか?」
手を止めたアントニウスにミケーレが声をかけた。
「いや、今日は食欲がない。もう、部屋に戻る」
アントニウスが答えると、すぐにクレメンティが下僕を呼びに行き、下僕とヴァシリキの二人がかりでアントニウスの車いすを階上へと上げてくれた。
部屋に入り、襟元を緩めたアントニウスの軍服を脱がせようと、ミケーレとヴァシリキの二人がほぼ同時に手を伸ばした。
「ヴァシリキ、手を貸してくれ。着替えの時は立ちたい」
アントニウスの言葉にヴァシリキがアントニウスの体を支えて車椅子から立ち上がらせた。その間に、ミケーレが手早くアントニウスの制服を脱がせた。
「お体をお拭きいたしますか?」
時間が遅いこともあり、ミケーレは風呂を使う事は難しいと考えてアントニウスの判断を仰いだ。
「体を拭いてくれ」
アントニウスはため息交じりで言った。
ミケーレはアントニウスの答えを聞き、ミケーレはヴァシリキがアントニウスの肌着を脱がす間に支度を整えた。
丁寧にアントニウスの体を拭き、ミケーレはアントニウスに寝間着を着せた。
「アントニウス様、奥様からお手紙を預かっております」
杖をつき、自力でベッドに向かい腰を下ろしたアントニウスにミケーレが封筒を手渡した。
「読んでおく」
アントニウスは言うと、ヴァシリキに下がる様に合図した。
「ミケーレ、もういい、お前も休んでくれ」
アントニウスの言葉に、ミケーレは丁寧にお辞儀をすると、部屋から出ていった。
封筒を開けると、マリー・ルイーズお気に入りの便箋に、マリー・ルイーズの綺麗な文字が並んでいた。手紙はマリー・ルイーズらしく、エイゼンシュタイン語で書かれていた。
『先日、無事、アーチボルト伯爵が公爵に叙爵され、先王リカルド二世の妹であるビクトリア・エリザベス・ホーエンバウム公爵夫人と養子縁組の上、めでたくホーエンバウム公爵を継承したとの知らせがありました。時間が作れるのなら、公爵令嬢になったアレクサンドラさんにお祝いの手紙を送って、あの急な別れのお詫びをした方が良いのではないかと思い、この手紙を書きました。アレクサンドラさんを手放したくないのなら、諦めてはダメよ』
読み終わると、アントニウスは手紙を握りつぶした。
苦労したアレクサンドラが公爵令嬢になり、不自由ない暮らしができるようになったのだと思うと、とても喜ばしく、できるものならお祝いの言葉を送りたいとも思った。しかし、父の命令とはいえ、すべてを投げうってアントニウスの回復のためにイルデランザまで来たアレクサンドラをアントニウスは何も説明せずに帰国させた。一瞬前まで、アレクサンドラを愛しむ優しい瞳で見つめていたアントニウスから、別れともいえる『帰国』の話を切り出されたアレクサンドラの打ちひしがれた様子は、別れの挨拶をした時にアントニウスの胸を深く抉り切り裂いた。そして、アントニウスの仕打ちがアレクサンドラに胸が張り裂けんばかりの苦しみを与えたことは疑いようもない事実だった。
(・・・・・・・・今更どうやってアレクサンドラに手紙を書いたら良い? 心をもてあそび、アレクサンドラがその気になったら、何事もなかったかのように切り捨てる、心の冷たい、情のない男だと思われているに決まっている・・・・・・・・)
母のマリー・ルイーズから、どれほど献身的にアレクサンドラがアントニウスの看病に尽くしてくれていたかの話を聞くたびに、アントニウスは父の理不尽な命令に従い、アレクサンドラを帰国させた自分が許せず、その理由を母に話せないまま、しつこく追及されることから逃げるために軍の仕事に復職し、母との間にも深い溝とわだかまりができてしまっていた。そのため、今は二人しか屋敷で食事を摂らないにもかかわらず、朝食は自室で、夕食は母が寝てから帰宅して顔を合わせないようにする毎日だった。
(・・・・・・・・戦況は芳しく、華々しい勝利をあげている。だが、傷を受けて意識の戻らなかった間に衰えた足は、未だに一人目歩くことすらかなわない。こんな状態で、どうやってアレクサンドラに祝いのカードや手紙が遅れると言うんだ!・・・・・・・・)
こみ上げる怒りに、アントニウスは握りつぶした母からの手紙を投げ捨てた。
(・・・・・・・・あの時のアレクサンドラの絶望した表情、今更どうやって謝ったら許してもらえる? 父の言うとおり、もし、この足が二度と使い物にならず、一生杖と車椅子の世話になるとしたら、とてもアレクサンドラに求婚する権利など無い・・・・・・・・)
一生、アレクサンドラを夫である自分の看病にしばりつけることなど、アントニウスは望んではいない。それに、あれほど冷たくしたアントニウスをアレクサンドラが許してくれるとも思えなかった。
それに、父からの手紙はアントニウスの心を傷ついた体よりも深く傷つけた。
一月以上も目覚めなかったアントニウスに、女性に喜びを与え、跡継ぎを作る能力が欠如しているかもしれないこと、公爵家に嫁ぎ跡継ぎが生まれなかったら、例えアントニウスに欠陥があるとしても、公爵家としてはアントニウスに跡継ぎを生む相手を探さねばならないことなどが並べ立てられていた。もし、後継ぎをもうけるために別の女性がアントニウスの妻のように振舞うようになったら、社交界でアレクサンドラが味わうであろう苦痛は想像を絶するものになるだろうし、もし万が一、アレクサンドラ以外の女性が跡継ぎを産んだら、公爵家としては本来ならアレクサンドラと離縁し、跡継ぎを産んだ女性を妻に迎えるのが筋だ。しかし、アレクサンドラがエイゼンシュタインの公爵令嬢となったら、簡単に離縁はできない。離縁できないという事は、愛人の子供を実子として育てるという苦労を味わうことになる。だから、アレクサンドラを愛しているなら、アレクサンドラの名誉が傷付く前に、直ちに帰国させろと手紙には書かれていた。愛しているのなら、アレクサンドラを諦めろと。エイゼンシュタインとの友好関係を考えたら、この結婚はあまりに危険すぎ、両国を一触即発の危機に追い込む可能性があると。だから、直ちにアレクサンドラを帰国させ、一人で歩き、男性としての機能が損なわれてないことの確認が取れるまで、アレクサンドラに逢う事は諦めろと書かれていた。
アレクサンドラを愛し、アレクサンドラだけを求めるアントニウスにとって、それは生きながらの死を意味していた。
父のアラミスは、せっかく目覚めたアントニウスに、生きながら死ねと、命じたのだ。
動かぬ足は、アントニウスに与えられた試練どころか、死刑宣告だった。
(・・・・・・・・これならば、いっそ夢の続きだと言って欲しい。私は目覚めておらず、今なおあの闇の中をさまよっているのだと、そう言って欲しい。アレクサンドラを失い、二度と会う事が叶わないのなら、なぜ私は目覚めたのだ・・・・・・・・)
アントニウスは固く拳を握り、歯を食いしばって涙をこらえた。
(・・・・・・・・私に、泣く権利などない。白い結婚を承諾し、私が目覚めなかったときは寡婦となる覚悟を決めて私を看病してくれたアレクサンドラにあんな酷い仕打ちをしておいて、私が泣くなど、神が許しても私自身が許せない。逢いたい・・・・・・。アレクサンドラをこの腕に抱いて、あの柔らかな唇に口づけたい。・・・・・・私が自分でアレクサンドラを遠ざけなければ、アレクサンドラは私の腕の中にあったのに・・・・・・。なぜ父の命令を無視しなかったんだ! すべて、私が愚かだったのだ、最愛のものを手放すなど、愚かな男のすることだと、既に学んでいたのに。・・・・・・いや、ちがう。私がこのまま一人で歩けるようにならなかったら、アレクサンドラは、一生メイドのように私の世話をしなくてはならない。アレクサンドラには、こんな私よりも、もっと相応しい相手が、相応しい結婚相手がいるはずだ・・・・・・・・)
アントニウスはアレクサンドラを求め、そして、手放した自分を責め、ただそれを日課のように繰り返しながら、苦しい眠りへと落ちていった。
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