初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
 公爵令嬢の生活は、アレクサンドラには学ぶことが多かった。
 叙爵式の祝宴の席でビクトリアと親しくなったアレクサンドラは、ジャスティーヌが王宮で王太子妃としての礼儀見習いをしているのと同様に、ホーエンバウム公爵邸で公爵令嬢としての礼儀見習いをビクトリアの下で行う事にした。
 歩き方、話し方、しつこい男性のあしらい方、お茶会の席でのふるまい、それから王族の上下関係、いきなり国王に一番近いともいえるホーエンバウム公爵の令嬢となったアレクサンドラのお茶会での対応は、何かにつけて社交界に影響を与えることになることもビクトリアから教えられた。

「もう、公爵令嬢と呼ばれるのは慣れましたか?」
 ビクトリアは優雅な仕草でカップを持ち上げた。アレクサンドラも教えられたとおりに、上品にカップを持ち上げ、ゆっくりとカップに口をつけた。
「まだ、慣れていません。でも、ジャスティーヌはロベルトとの距離が縮まって、とても喜んでいます」
 アレクサンドラか答えると、ビクトリアが優しく微笑んだ。
「ジャスティーヌは既に相手が決まっているけれど、アレクサンドラ、あなたはどうなの?」
 ビクトリアの問いに、アレクサンドラは沈黙した。
「縁談のお話が来ているのではなくて? 公爵令嬢となれば、隣国の公爵家や王家からのお話も来ているでしょう?」
 縁談の話は父のルドルフからも話に聞いていたが、アレクサンドラには結婚するつもりはないので、すべて断ってくれるように頼んでいた。
「・・・・・・私は、ジャスティーヌではないので、そこまでの人気はありませんわ」
 アレクサンドラは無難な答えを選んだ。
「そんなことはないでしょう。ルドルフから聞いているわ。お話が来ても、すべて断っているんですってね」
 ビクトリアは優雅な口調で問いかけた。
「ええ、本当は、ずっと屋敷の奥に引き籠っていましたので、誰かに嫁ぐなんて、考えられなくて・・・・・・」
 なんとかアントニウスの話題を避けたかったアレクサンドラだったが、ビクトリアは鋭く切り込んできた。
「確か、イルデランザに嫁いだマリー・ルイーズの息子のアントニウスがあなたに求婚したと聞いたけれど・・・・・・。その後どうなったかは聞いていなかったわ。ルドルフも口にしようとしないし、リカルドも話をしないのよ。なぜかしら?」
 アレクサンドラは深呼吸すると、ゆっくりと話し始めた。
「はい。確かに、アントニウス様・・・・・・。いえ、アントニウス殿からは求婚をされましたが、あれは、本気ではなかったようです」
「本気ではなかった? あら、そうなの? わざわざリカルドに申し出たと聞いたのに。あの子らしくないわね。遊び相手と、本気の相手とは、しっかり区別ができる子だと思っていたのに。あなたには本気ではなかったというの?」
 ビクトリアの問いに、アレクサンドラは頷いた。
「どうやって、本気ではないとわかったの? 確か、ずいぶん前に帰国して戦地に赴き、ケガをしたと聞いていたけれど・・・・・・」
 どこまで知っているのかはわからなかったが、アレクサンドラは掻い摘んでアントニウスとの事を説明した。
「では、ルドルフもマリー・ルイーズも、あなたにアントニウスとの白い結婚を許したというの?」
 誰もいないとはいえ、使用人はそこかしこに居るので、ビクトリアは声を潜めて問いかけた。
「はい。私も覚悟を決めて参ったのですが、目覚めて車いすで動けるようになったら、帰国するようにと・・・・・・。それ以降は、手紙も戴いておりません」
 思い出すと、アントニウスとの別れは辛く、引き裂かれたままのアレクサンドラの心は悲鳴を上げ、両目が涙であふれた。
「そう。それでは、もう当分誰かと恋をしたり、誰かに嫁いだりなんて、考えられないわね。それならば、私はあなたに無理に結婚の話を勧めるようなことはしないわ。私はあなたの味方よ。だから、アントニウスとの事に心の区切りがつくまで、私からもリカルドとルドルフに、あなたの結婚話は一切進めないように話しておきましょう」
 ビクトリアはいたずらっ子のような笑みを浮かべて見せた。
 ビクトリアと言う強い味方を持ち、アレクサンドラは安心した表情でビクトリアの事を見つめた。

☆☆☆

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