初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
 文机に座り、お茶を飲みながら私信に目を通していたビクトリアは、領地の管理や使用人の管理と言った煩わしい仕事から解放されたことを心から喜んでいた。
 若くして夫を亡くし、子供のいなかったビクトリアにとって、領地の管理や使用人の管理は人生の一部になっていたが、さすがに歳をとった今、多くの問題や領民の暮らしの視察などは大きな苦行になってきていた。しかし、同じ公爵家の誰かに任せることも先代国王の直轄領を結婚のときに賜ったビクトリアにはできなかった。それだけに、今回のアーチボルト伯爵、ルドルフ・バーンシュタインを養子に迎え、ホーエンバウム公爵の爵位を叙爵させることは心機一転の機会になった。
 ルドルフとは、リカルド三世の個人的な集まりに屋敷が使われることが多かったこともあり、面識もあり、その深い知識と広い人脈、領民から慕われ、自らが爪に火を点すような生活をしても領民を守ろうとする姿は、貴族の鏡だと常々思っていたので、リカルド三世から話を聞いた時は、不平も不満もなく、一も二もなく同意した。
 子育ての手間もなく、息子と嫁、それに美しい二人の孫娘ができただけでなく、手に余っていた所領の煩わしい仕事は全てルドルフが管理してくれるだけでなく、使用人達や屋敷周りのことも全てアリシアが取り仕切ってくれることによってビクトリアは寡婦となって初めて自分のプライベートな時間を楽しむことができるようになったと言ってもよかった。
 アリシアはとても堅実な女性で、豊かになったから湯水のようにお金を使うわけでなく、逆に多くかけすぎているところの切りつめまで提案してくれるので、ビクトリアは安心して新しい息子夫婦にホーエンバウム公爵家を任せることができた。おかげで、何十年ぶりかでお茶を楽しむ余裕もできたし、可愛い孫娘に王族としての心得や社交界での王族としてのふるまい方を教える楽しみもできた。
 そんなビクトリアが最近ずっと心を砕いているのが、可愛い孫娘の恋の行方だった。
 相手は姪っ子もおなじマリー・ルイーズの一人息子、隣国イルデランザの大公位継承権を持つアントニウス。時代が移り変わる気配がし、マリー・ルイーズとザッカローネ公爵家との縁組だけでは両国の利害が一致しなかったときに、国境を接するイルデランザとエイゼンシュタインが一枚岩でなくなることは望ましくない。だから、ホーエンバウム公爵家の令嬢と、ザッカローネ公爵家の嫡男がめでたく相思相愛で結ばれてくれるのであればそれに越したことはない。そう思うと余計な事と思いながら、ビクトリアはお茶のカップを置いてインクボトルの二を開け、ペンを手にした。
 宛先はファーレンハイト伯爵アントニウス、問い詰めるようなことはしたくない。だから、自分がアレクサンドラとアントニウスの仲に好意的であること、そしてもしもアレクサンドラを心から愛しているのであれば連絡が欲しいと。理由は、アレクサンドラには望まぬ結婚の話が持ち上がっており、ビクトリアとしては望まぬ相手に嫁がせるくらいならば、アレクサンドラの願いをかなえ、修道院に秘密裏に入れるように手を回すつもりだが、その前に、アレクサンドラが想いを寄せているアントニウスの本当の気持ちが知りたいと、この事はビクトリアとアントニウスの二人だけの秘密にするので、誰にも知られることはないし、マリー・ルイーズにも話すつもりはない。だから、アレクサンドラを愛しいと思う気持ちがあるのであれば、手紙に返事を書いて欲しいと記した。

「ギーゼラ、この手紙を特別に届けるように手配してちょうだい」
 ビクトリアが手紙を渡すと、ギーゼラはお辞儀をして部屋から出ていった。あとは、アントニウスからの返事が来るかどうか次第だった。

☆☆☆

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