初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
参謀本部に日参する必要のなくなったアントニウスは、溜まった郵便物や、父から譲り受けられたファーレンハイト伯爵領の維持にかかわる書類に目を通してから、午後のお茶を楽しんだ。
「ミケーレ、これで目を通さなくてはいけない書類と手紙は全てだな?」
自分の仕事の速さに満足したように言うと、ミケーレがおずおずと封筒を取り出して見せた。
「まだあるのか?」
主要な手紙と書類にはすべて目を通し終わったと思っていたアントニウスは、怪訝そうにミケーレの事を見つめた。
「こちらは、アントニウス様がお目覚めにならない間にエイゼンシュタインから届いた手紙でございます。お怪我をされたとわかり、お送りしようとしたのですが軍部から預かれないと断られましたものでございます」
ミケーレははっきりとは言わなかったが、アレクサンドラが送られた手紙という事にアントニウスは気付いた。
「ミケーレ・・・・・・」
「アントニウス様は、もうお読みになられたくないかと、私が管理しておりました」
ミケーレの言葉に、アントニウスは手を伸ばして封筒を受け取った。
「少し、一人にしてくれ」
アントニウスの命に、ミケーレは一礼すると部屋を後にした。
厚い封筒を開けると、中から分厚い封筒がいくつか出てきた。どれも懐かしいアレクサンドラの文字だった。
アントニウスは几帳面に受け取った日付が書かれた封筒を順番に並べ、古い物から開けていった。
どの封筒にも、何枚もの便箋が入っており、優しく流れるような文字がアントニウスの心をくすぐった。
一ヶ月分の手紙がまとめて届いたこと、毎日書かれていた手紙に、アントニウスの言葉が嘘ではなかったのが嬉しいと、でも危険な戦地にアントニウスがいるかと思うと、とても心配だと書かれていた。
手紙にはアレクサンドラの事、姉のジャスティーヌのこと、そしてジャスティーヌを介して知りえたロベルトのこと、色々な事が書かれていた。
次の封筒にもいろいろな事が書かれていた。正式にジャスティーヌとロベルトの婚約が発表されたこと、行儀見習いに行くジャスティーヌの様子など、色々な事が書かれていた。
そして、最後の封筒の手紙には、アレクシスの事が少しだけ書かれていた。アレクシスは元気でいると、それはアントニウスが手紙にアントニウスに逢いたいと書いたからだとアントニウスは気付いた。
今まで、気付かないようにしようとしていた、戦地にいた自分を支えていた強い思い、ただひとえに、もう一度アレクサンドラに逢いたいと。彼女を腕に抱き、あの柔らかい唇に口づけたいと。今度こそ、何の駆け引きもなく、一人の男としてアレクサンドラに想いを打ち明け、結婚を申し込もうと思っていたことをアントニウスは思い出した。
どんなに止めようとしても涙は止まらなかった。
目覚めない間、アントニウスにはアレクサンドラの声だけは聞こえていた。他の誰の声も聞こえなかったのに、アレクサンドラの声だけは聞こえた。そして見た夢は、すべてアレクサンドラを失う恐怖から生まれた夢だった。
そして、やっと死の淵から戻り、目覚めたのはアレクサンドラの献身的な看病のおかげだった。愛しても、愛しても、愛し足りることのない相手。アントニウスのすべて、だから、再び自分が夢を見ているのかと思ったとき、いっそ夢ならば、アレクサンドラを自分のものにしてしまいたいと、夢の中ならば思いを遂げることもできるはずだと、そう思ってアレクサンドラに口づけた。そして、そのリアルな感触に驚き、逆に手放すことができなくなった。
あの光景を目にした母には、目覚めた息子が野獣のようにアレクサンドラに襲い掛かっているように見えたことは間違いなかった。
「アレクサンドラ、どうやったらこの想いを忘れることができる? アレクサンドラを失うくらいなら、いっそ、この胸を刃で貫いた方がましだ!」
思いは知らぬうちに声になっていた。
二度と取り返せぬ愛しいアレクサンドラを想い、アントニウスは絶叫した。
驚いた使用人やミケーレが慌ててアントニウスの元へ駆けつけたが、アントニウスは全員を追い払った。
その日は、夕食も取らず、着替えもせず、アントニウスはアレクサンドラの事を想い、一人で過ごした。
翌朝、ミケーレは何もなかったように朝食を届けに来たが、アントニウスの憔悴した様子に、アントニウスがアレクサンドラを愛していることを確信したが、アントニウスは何も言わず新聞を受け取り、ベッドの上に置かれたテーブルの上の食事には手を付けず、コーヒーカップを取り上げた。
マリー・ルイーズがしっかり朝食を食べるエイゼンシュタインの生まれなので、ザッカローネ公爵家の朝食はエイゼンシュタイン式に朝から卵料理とパンが出ることが多いが、一般的なイルデランザの朝食はコーヒーだけなので、ミケーレは何も言わなかった。
もともと、アントニウスの朝食はイルデランザ式のコーヒーだけだったが、ケガの治りと歩けるようになるためのトレーニングのために、目覚めてからはエイゼンシュタイン式の朝食が用意されるようになっていた。
「コーヒーのおかわりはいかがでございますか?」
ミケーレが声をかけたところに、ノックの音が響いた。
アントニウスが『入れ』と声をかけると、家令のクレメンティが手紙を持って歩み寄ってきた。
「ただ今、エイゼンシュタインのホーエンバウム公爵夫人から急ぎのお手紙が参りました」
「ホーエンバウム公爵夫人? ビクトリア大叔母様から?」
「左様でございます」
「ありがとう、コストナー。下がって構わない」
手紙を受け取ったアントニウスは、ミケーレに朝食を片付けるように合図した。
不敬だとは思ったが、急ぎの手紙と言われると、杖を突いて文机まで歩いていく暇が惜しかったので、封をちぎる様にして開けた。
上品で気品を感じさせる文字にアントニウスは背筋を伸ばした。
小さいころ、何度かロベルトと遊びに行った記憶はあるが、屋敷に特別な思い出と想い入れのあるロベルトと違い、ビクトリアから特に可愛がられた記憶はなかった。
しかし、手紙の内容から、叙爵されたアーチボルト伯爵が現ホーエンバウム公爵になったこと、ビクトリアがアレクサンドラの祖母になったことをアントニウスははっきりと理解した。
そして、書かれている内容はアントニウスには我慢のならない事だった。
「アレクサンドラに縁談が・・・・・・」
テーブルを下げていたミケーレが驚いたように手を止めた。
「アントニウス様? いまなんとおっしゃられました?」
「ビクトリア大叔母様からの手紙に、アレクサンドラに彼女が望まない縁談の話が進められていると書いてある」
アントニウスは言うと、目を閉じて天井を仰いだ。
「それは、アントニウス様との白い結婚の事実をなかった事にするためでございましょうか?」
「わからない。父上は、陛下に事実がないことを手紙で報告したと・・・・・・。大叔母様の手紙には、公爵家の令嬢としての義務を果たすことを求められているとあった。たぶん、同盟を結んでいる強豪六ヶ国のどこかとの政略結婚という事だろう。ジャスティーヌ嬢が王太子妃になれば、同盟強化にはもってこいだ」
アントニウスは言いながら、ぎゅっと手を握り締めた。
「アレクサンドラ様は望んでいらっしゃらないお話なのでございますね」
ミケーレの問いにアントニウスは頷いた。
「手紙にはそう書いてあった」
「なぜ、ホーエンバウム公爵夫人はアントニウス様にその事を?」
「アレクサンドラの事をどう思っているのか、私の気持ちを知らせろと・・・・・・。母上にも、誰にも話さないから、本当の気持ちを教えろと。大叔母様もアレクサンドラを望まぬ相手と結婚させるつもりはないと。政略結婚のためにアレクサンドラを孫に迎えたわけではないと書かれていた。だから、これ以上話が進むようならば、アレクサンドラの思いを汲んで修道院にはいる手伝いをするつもりだと」
「どうなさるのですか?」
ミケーレの問いに、アントニウスはしばらく黙した。
「アントニウス様、私は、奥様に従い、エイゼンシュタインからイルデランザに参りました。それは、奥様の幸せを見守るためでしたが、いまは、私はアントニウス様が幸せになるお姿を拝見したいと思っております。ですが、あのような、寂しく、悲し気なアレクサンドラ様も拝見したくございませんでした。アントニウス様のお気持ちが既にアレクサンドラ様から離れてしまっているのであれば仕方ございませんが、私は、お傍にお仕えし、アントニウス様がアレクサンドラ様を想われていることは、存じ上げております」
「母上に、報告したのか?」
「まさか、主の秘密を話して回るほど、私は不謹慎な執事ではございません」
「そうだな。疑うようなことを言ってすまなかった。杖をとってくれ。大叔母様に返事を書く。それから、早馬を用意させておいてくれ。直ちに返事を届けたい。父上の邪魔が入らないうちにな」
アントニウスは言うと、杖を受け取り窓辺の文机まで歩くと、ビクトリアへの返事を書いた。
相手が先代の公爵夫人であることを考えると失礼なことだとは思ったが、今のアントニウスが本心を話せるのはホーエンバウム公爵夫人ではなく、大叔母であるビクトリアだった。
アントニウスは子供っぽいと思いながらも、大叔母であるビクトリア宛てに手紙を書いた。
自分の気持ちはエイゼンシュタインを離れた時から変わっていないこと、父からの命令でアレクサンドラを国に帰し、アレクサンドラの事は忘れたふりをさせられていたこと、深くアレクサンドラを傷つけたが、想いは変わらず、今も彼女を愛していることを正直に記した。
そして手紙をかき上げると、直ちにミケーレを呼び、手紙を送り届けるように命じた。
(・・・・・・・・アレクサンドラが今も私の事を想ってくれているなどと言う虫のいいことは考えていない。でも、アレクサンドラが不幸になることだけは避けたい・・・・・・・・)
アントニウスは手紙が無事にビクトリアの手に届くよう、神に祈りを捧げた。
無事に手紙を届ける早馬を送り出したミケーレは、部屋に戻ってくるなり、いつもは見せない厳しい笑みを浮かべた。
「アントニウス様、いつでもアレクサンドラ様をお助けに行かれるように、本日からは歩けるようになるためのトレーニングの時間を二倍にするように手配してまいりました。それから、乗馬の練習も開始するように致しました」
ミケーレの変わりように、アントニウスは目を回したが、昔から厳しい笑みを浮かべたミケーレの考えを変える技をアントニウスは持っていなかったので、大人しくミケーレの計画に従う事にした。
☆☆☆
「ミケーレ、これで目を通さなくてはいけない書類と手紙は全てだな?」
自分の仕事の速さに満足したように言うと、ミケーレがおずおずと封筒を取り出して見せた。
「まだあるのか?」
主要な手紙と書類にはすべて目を通し終わったと思っていたアントニウスは、怪訝そうにミケーレの事を見つめた。
「こちらは、アントニウス様がお目覚めにならない間にエイゼンシュタインから届いた手紙でございます。お怪我をされたとわかり、お送りしようとしたのですが軍部から預かれないと断られましたものでございます」
ミケーレははっきりとは言わなかったが、アレクサンドラが送られた手紙という事にアントニウスは気付いた。
「ミケーレ・・・・・・」
「アントニウス様は、もうお読みになられたくないかと、私が管理しておりました」
ミケーレの言葉に、アントニウスは手を伸ばして封筒を受け取った。
「少し、一人にしてくれ」
アントニウスの命に、ミケーレは一礼すると部屋を後にした。
厚い封筒を開けると、中から分厚い封筒がいくつか出てきた。どれも懐かしいアレクサンドラの文字だった。
アントニウスは几帳面に受け取った日付が書かれた封筒を順番に並べ、古い物から開けていった。
どの封筒にも、何枚もの便箋が入っており、優しく流れるような文字がアントニウスの心をくすぐった。
一ヶ月分の手紙がまとめて届いたこと、毎日書かれていた手紙に、アントニウスの言葉が嘘ではなかったのが嬉しいと、でも危険な戦地にアントニウスがいるかと思うと、とても心配だと書かれていた。
手紙にはアレクサンドラの事、姉のジャスティーヌのこと、そしてジャスティーヌを介して知りえたロベルトのこと、色々な事が書かれていた。
次の封筒にもいろいろな事が書かれていた。正式にジャスティーヌとロベルトの婚約が発表されたこと、行儀見習いに行くジャスティーヌの様子など、色々な事が書かれていた。
そして、最後の封筒の手紙には、アレクシスの事が少しだけ書かれていた。アレクシスは元気でいると、それはアントニウスが手紙にアントニウスに逢いたいと書いたからだとアントニウスは気付いた。
今まで、気付かないようにしようとしていた、戦地にいた自分を支えていた強い思い、ただひとえに、もう一度アレクサンドラに逢いたいと。彼女を腕に抱き、あの柔らかい唇に口づけたいと。今度こそ、何の駆け引きもなく、一人の男としてアレクサンドラに想いを打ち明け、結婚を申し込もうと思っていたことをアントニウスは思い出した。
どんなに止めようとしても涙は止まらなかった。
目覚めない間、アントニウスにはアレクサンドラの声だけは聞こえていた。他の誰の声も聞こえなかったのに、アレクサンドラの声だけは聞こえた。そして見た夢は、すべてアレクサンドラを失う恐怖から生まれた夢だった。
そして、やっと死の淵から戻り、目覚めたのはアレクサンドラの献身的な看病のおかげだった。愛しても、愛しても、愛し足りることのない相手。アントニウスのすべて、だから、再び自分が夢を見ているのかと思ったとき、いっそ夢ならば、アレクサンドラを自分のものにしてしまいたいと、夢の中ならば思いを遂げることもできるはずだと、そう思ってアレクサンドラに口づけた。そして、そのリアルな感触に驚き、逆に手放すことができなくなった。
あの光景を目にした母には、目覚めた息子が野獣のようにアレクサンドラに襲い掛かっているように見えたことは間違いなかった。
「アレクサンドラ、どうやったらこの想いを忘れることができる? アレクサンドラを失うくらいなら、いっそ、この胸を刃で貫いた方がましだ!」
思いは知らぬうちに声になっていた。
二度と取り返せぬ愛しいアレクサンドラを想い、アントニウスは絶叫した。
驚いた使用人やミケーレが慌ててアントニウスの元へ駆けつけたが、アントニウスは全員を追い払った。
その日は、夕食も取らず、着替えもせず、アントニウスはアレクサンドラの事を想い、一人で過ごした。
翌朝、ミケーレは何もなかったように朝食を届けに来たが、アントニウスの憔悴した様子に、アントニウスがアレクサンドラを愛していることを確信したが、アントニウスは何も言わず新聞を受け取り、ベッドの上に置かれたテーブルの上の食事には手を付けず、コーヒーカップを取り上げた。
マリー・ルイーズがしっかり朝食を食べるエイゼンシュタインの生まれなので、ザッカローネ公爵家の朝食はエイゼンシュタイン式に朝から卵料理とパンが出ることが多いが、一般的なイルデランザの朝食はコーヒーだけなので、ミケーレは何も言わなかった。
もともと、アントニウスの朝食はイルデランザ式のコーヒーだけだったが、ケガの治りと歩けるようになるためのトレーニングのために、目覚めてからはエイゼンシュタイン式の朝食が用意されるようになっていた。
「コーヒーのおかわりはいかがでございますか?」
ミケーレが声をかけたところに、ノックの音が響いた。
アントニウスが『入れ』と声をかけると、家令のクレメンティが手紙を持って歩み寄ってきた。
「ただ今、エイゼンシュタインのホーエンバウム公爵夫人から急ぎのお手紙が参りました」
「ホーエンバウム公爵夫人? ビクトリア大叔母様から?」
「左様でございます」
「ありがとう、コストナー。下がって構わない」
手紙を受け取ったアントニウスは、ミケーレに朝食を片付けるように合図した。
不敬だとは思ったが、急ぎの手紙と言われると、杖を突いて文机まで歩いていく暇が惜しかったので、封をちぎる様にして開けた。
上品で気品を感じさせる文字にアントニウスは背筋を伸ばした。
小さいころ、何度かロベルトと遊びに行った記憶はあるが、屋敷に特別な思い出と想い入れのあるロベルトと違い、ビクトリアから特に可愛がられた記憶はなかった。
しかし、手紙の内容から、叙爵されたアーチボルト伯爵が現ホーエンバウム公爵になったこと、ビクトリアがアレクサンドラの祖母になったことをアントニウスははっきりと理解した。
そして、書かれている内容はアントニウスには我慢のならない事だった。
「アレクサンドラに縁談が・・・・・・」
テーブルを下げていたミケーレが驚いたように手を止めた。
「アントニウス様? いまなんとおっしゃられました?」
「ビクトリア大叔母様からの手紙に、アレクサンドラに彼女が望まない縁談の話が進められていると書いてある」
アントニウスは言うと、目を閉じて天井を仰いだ。
「それは、アントニウス様との白い結婚の事実をなかった事にするためでございましょうか?」
「わからない。父上は、陛下に事実がないことを手紙で報告したと・・・・・・。大叔母様の手紙には、公爵家の令嬢としての義務を果たすことを求められているとあった。たぶん、同盟を結んでいる強豪六ヶ国のどこかとの政略結婚という事だろう。ジャスティーヌ嬢が王太子妃になれば、同盟強化にはもってこいだ」
アントニウスは言いながら、ぎゅっと手を握り締めた。
「アレクサンドラ様は望んでいらっしゃらないお話なのでございますね」
ミケーレの問いにアントニウスは頷いた。
「手紙にはそう書いてあった」
「なぜ、ホーエンバウム公爵夫人はアントニウス様にその事を?」
「アレクサンドラの事をどう思っているのか、私の気持ちを知らせろと・・・・・・。母上にも、誰にも話さないから、本当の気持ちを教えろと。大叔母様もアレクサンドラを望まぬ相手と結婚させるつもりはないと。政略結婚のためにアレクサンドラを孫に迎えたわけではないと書かれていた。だから、これ以上話が進むようならば、アレクサンドラの思いを汲んで修道院にはいる手伝いをするつもりだと」
「どうなさるのですか?」
ミケーレの問いに、アントニウスはしばらく黙した。
「アントニウス様、私は、奥様に従い、エイゼンシュタインからイルデランザに参りました。それは、奥様の幸せを見守るためでしたが、いまは、私はアントニウス様が幸せになるお姿を拝見したいと思っております。ですが、あのような、寂しく、悲し気なアレクサンドラ様も拝見したくございませんでした。アントニウス様のお気持ちが既にアレクサンドラ様から離れてしまっているのであれば仕方ございませんが、私は、お傍にお仕えし、アントニウス様がアレクサンドラ様を想われていることは、存じ上げております」
「母上に、報告したのか?」
「まさか、主の秘密を話して回るほど、私は不謹慎な執事ではございません」
「そうだな。疑うようなことを言ってすまなかった。杖をとってくれ。大叔母様に返事を書く。それから、早馬を用意させておいてくれ。直ちに返事を届けたい。父上の邪魔が入らないうちにな」
アントニウスは言うと、杖を受け取り窓辺の文机まで歩くと、ビクトリアへの返事を書いた。
相手が先代の公爵夫人であることを考えると失礼なことだとは思ったが、今のアントニウスが本心を話せるのはホーエンバウム公爵夫人ではなく、大叔母であるビクトリアだった。
アントニウスは子供っぽいと思いながらも、大叔母であるビクトリア宛てに手紙を書いた。
自分の気持ちはエイゼンシュタインを離れた時から変わっていないこと、父からの命令でアレクサンドラを国に帰し、アレクサンドラの事は忘れたふりをさせられていたこと、深くアレクサンドラを傷つけたが、想いは変わらず、今も彼女を愛していることを正直に記した。
そして手紙をかき上げると、直ちにミケーレを呼び、手紙を送り届けるように命じた。
(・・・・・・・・アレクサンドラが今も私の事を想ってくれているなどと言う虫のいいことは考えていない。でも、アレクサンドラが不幸になることだけは避けたい・・・・・・・・)
アントニウスは手紙が無事にビクトリアの手に届くよう、神に祈りを捧げた。
無事に手紙を届ける早馬を送り出したミケーレは、部屋に戻ってくるなり、いつもは見せない厳しい笑みを浮かべた。
「アントニウス様、いつでもアレクサンドラ様をお助けに行かれるように、本日からは歩けるようになるためのトレーニングの時間を二倍にするように手配してまいりました。それから、乗馬の練習も開始するように致しました」
ミケーレの変わりように、アントニウスは目を回したが、昔から厳しい笑みを浮かべたミケーレの考えを変える技をアントニウスは持っていなかったので、大人しくミケーレの計画に従う事にした。
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