初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
 アントニウスに返事を書き、親書として使者に届ける手配をさせたビクトリアは、急ぎの使いを送ってロベルトを呼びに行かせた。
 もともと、大叔母であるビクトリアの屋敷に良く足を運んでいたロベルトに、ジャスティーヌの祖母となったビクトリアが使いを送るのは初めてのことだった。
 ビクトリアからの呼び出しに驚いたのか、ロベルトは使者が戻ってくるのとほぼ同時に屋敷にやってきた。
「大叔母様?」
 迎えも乞わずに屋敷に入ると、ロベルトはビクトリアがいるであろうサロンへと入ってきた。
「大叔母様、お加減でもお悪いのですか?」
 その慌てた様子に、ビクトリアは思わず笑みを零した。
「そんなに年寄りを病気にしないで頂戴」
 ビクトリアが返事をすると、ロベルトは安心したようにビクトリアの向かいの椅子に腰を下ろした。
「突然のことで、驚いたのですよ。大叔母様からの呼び出しなんて、初めてではありませんか」
「そうね。いつもは、あなたが王宮を抜け出して突然やってき来るのでしたね」
 ビクトリアが言うと、ロベルトは少し頬を染めて返事をした。
「ここの図書室は、ジャスティーヌとの大切な思い出の場所ですから。ジャスティーヌの気持ちが分からなかった頃は、不安になるとあの図書室に行きたくなったのです」
「そうね。婚約が決まったら、と言うよりも、想いが通じた途端に、私のご機嫌伺にも来なくなったのは、思い出に浸る必要がなくなったからという事かしら・・・・・・」
 ビクトリアが言うと、ロベルトは少し困ったような笑みを浮かべた。
「最近は、公務に追われて、式の支度もありますし、それに大叔母様はジャスティーヌの親族になってしまわれたので、今までのように気安く屋敷を訪ねて良いものかと、あの石頭もうるさいので」
 ロベルトが困ったように言うので、ビクトリアは優しくロベルトを見つめた。
 その幸せそうな姿、自信に満ちた様子は、立派で頼もしい王太子だった。
「幸せそうで何よりです。ところで、あなたはアレクサンドラとは親しくて?」
 ビクトリアの問いに、ロベルトは何となく自分が呼ばれた理由を察した。
「いえ、それほどでもありません。見合いで、その、何度か過ごしたことはありますが、それ以上には・・・・・・」
 今から思い出すと、アレクサンドラに嫌われたいばかりに、ずいぶん破廉恥な事をアレクサンドラにしてしまったと、ロベルトは後悔していたし、その事がアントニウスに知れたら、どれほど罵られるかと、冷や冷やしたこともあった。
「でも、あなたはアントニウスとは親しいのでしょう?」
 ビクトリアは単刀直入に尋ねた。
「はい、以前は・・・・・・。イルデランザがポレモスと開戦し、アントニウスが負傷してからは、連絡を取っておりません」
「それは、アレクサンドラが無情にも、帰国されたことに腹を立ててという事かしら?」
 ビクトリアの言葉は、まさにロベルトの複雑な気持ちを言い当てていた。
「はい。本当は、アントニウスにあって事の次第を聞き出したいと思っているのですが、父上から勝手な行動は慎む様にと厳重に申し渡されておりますので、なかなか自由にはなりません」
「つまり、ザッカローネ公爵家としては何事もありませんでしたという事が、エイゼンシュタイン王家としては、我慢がならないという事かしら?」
 あまりに的を得た言葉に、ロベルトは無言で頷くほかなかった。
 ザッカローネ公爵家としては、両国間の懸念を払拭するつもりだった対応が、いまや両国の同盟関係にまでひびを入れているとは、全く想定外の流れと言えた。
「やはり、そうなのですね。リカルドの事だから、アレクサンドラの事を自分の娘のように考えているだろうとは思いましたが、そこまで深刻な状況になっているとなると、私が動くしかないでしょうね」
 ビクトリアはため息交じりに言った。
 父のリカルド三世が、まるで自分の娘を傷ものにされたかのように腹正しく思っていることを知っているロベルトとしては、大叔母が何を考えているのかが知りたくてたまらなかった。
「今となっては、ザッカローネ公爵家からはアレクサンドラをアントニウスの妻になんて言い出せないでしょうし、リカルドからアレクサンドラをイルデランザに嫁がせるとも言い出せないでしょうしね。そうなると、二人を駆け落ちさせるしかないわね」
 あまりに過激な言葉に、ロベルトは驚いてビクトリアの事を見つめた。
「だって、アントニウスはアレクサンドラを愛していて、アレクサンドラはアントニウス以外に嫁ぐつもりがないというのなら、他に良い手があって?」
 ビクトリアが言うと、ロベルトは思わず身を乗り出した。
「大叔母様は、アントニウスの気持ちをご存知なのですか?」
「ええ、手紙で確認しました」
 頑固な侍従長に常に行動と書簡を監視されているロベルトにはアントニウスに手紙を書くことすらできず、歯がゆい思いをしていたので、ビクトリアの言葉にロベルトは思わず安堵と喜びの笑みを浮かべた。
 アントニウスと親しくしていたロベルトには、アントニウスが心変わりしたなどという事は考えられなかったし、よほどのことがない限り、アントニウスがアレクサンドラを手放すとも思えなかったので、自ら真実を確かめたいと思いながら、連絡を取ることを禁じられているので今まで何も有効な手を打つことができずに鬱々としていたのだった。
「それでは、二人は無理やり引き離されたというのですね」
 アントニウスの苦しみを想うと、ロベルトは他人事には思えなかった。
「そういう事になりますね。あの、アラミスと言う男は、昔から頑固ですから」
 ビクトリアは言うと、ため息をついた。
「でも、二人が駆け落ちなどしたら、本当に同盟にひびが入ってしまうのではありませんか?」
 ロベルトは心配げに言った。
「ですから、駆け落ち寸前で収めないといけないでしょうね。さじ加減がとても微妙です」
「アントニウスの気持ちが変わっていないのなら、どれほど辛い思いをしているか・・・・・・」
「それを言ったら、アレクサンドラの方が百倍、いえ、千倍は辛いでしょう。女の身で、すべてを投げうって尽くしたのに、元気になったらお払い箱だなんて!」
 ビクトリアの言葉に、ロベルトも無言で頷いて見せた。
 今までのところ、アレクサンドラがイルデランザに滞在していたことは社交界にも知られておらず、隣国開戦のあおりを受けて静まっていた社交界も、イルデランザ勝利の知らせに活気を取り戻したばかり、誰もそこまでゴシップを追いかける状態にはなっていなかった。しかし、もう少し平和が続けば、誰かがアレクサンドラとアントニウスの事を持ち出し、破談になったのではと、陰でこそこそと噂しあうのは間違いなかった。
「ロベルト、あなたには伝言を頼みます」
「伝言ですか?」
「ええ、ジャスティーヌにアントニウスの気持ちは変わっていないと、こっそりと伝えなさい」
「ですが、それは大叔母様からの方が・・・・・・」
「私がアントニウスと連絡を取っているとわかったら、アレクサンドラが私の所に来にくくなるでしょう」
 ビクトリアにぴしゃりと言われ、ロベルトは伝言することを快諾した。

 行儀見習い中のジャスティーヌを介し、アントニウスの気持ちをアレクサンドラが知るのは数日後の事だった。

☆☆☆

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