初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
ジャスティーヌの行儀見習いの期間が無事終了し、隣国イルデランザがポレモスと開戦したあおりを受け、日程が定まっていなかった王太子ロベルトの結婚式の日取りが、婚約から二年近くの月日を経て大々的に発表された。
連日、ホーエンバウム公爵邸と旧アーチボルト伯爵邸には祝いの使者が訪れ、相手いる部屋と言う部屋に祝いの品が運び込まれ、ジャスティーヌは悲鳴を上げながらお礼のカードを書いていた。
しかし、リストは増えることはあっても減ることはなく、最後はアレクサンドラもジャスティーヌ字を真似て代筆した。それとは別に、公爵家に届けられた祝いには、ビクトリア、ルドルフ、アリシアの三人が協力して日々増えていくリストを消化していた。
例え伯爵令嬢であっても、結婚相手が王太子なのだから、普通なら祝いを寄こさないであろう疎遠な貴族まで、これ見よがしに祝いの品を送って寄こしていたので、アレクサンドラはリストを見ながら感嘆の声をあげていた。
「あれほどロベルトを射止めるとか言っていたのに、やっぱり負けを認めると祝いの品は送ってくるのね」
いつもロベルトの周りでジャスティーヌが近寄るのを妨害していた性格のよろしくない令嬢達も、今となっては既に人妻、いまさら王太子の相手になれるわけでもないというのもあるのだろうが、見栄や体裁を気にするところは変わっていないようで、王家に嫁ぐジャスティーヌには不要な贈り物を寄こしたりもした。
「アレク、もう無理、手がしびれてしまったわ」
ペンを置いて手をさするジャスティーヌに代わり、アレクサンドラが文机につくとペンを取り上げた。
「アレク、名前を間違えないでね」
「了解。もう慣れたから大丈夫よ」
代筆を始めたころ、気を抜くと自分の名前を書いてしまったアレクサンドラだったが、さすがに数をこなすうちに名前を書き間違えることはなくなっていた。
「そう言えば、ロベルトから聞いたのだけれど、イルデランザのアレクサンドロス大公のお供で、アントニウス様が出席されるそうよ」
久々に訊くアントニウスの名前に、思わずアレクサンドラは自分の名前をサインしてしまった。
「ごめん、ジャスティーヌ。間違えちゃった」
新しいカードをとると、アレクサンドラは何事もなかったように代筆を続けた。
「アレク、アントニウス様が・・・・・・」
「ごめんジャスティーヌ話しかけないで。なんだか、サインを間違えそうだから」
アレクサンドラはそれ以上話を聞きたくないという意思表示をすると、黙々とカードを掻き続けた。
「本当には、減らないわね・・・・・・。ロベルトもカード書いているの?」
黙々とカードを書いていたアレクサンドラは手を止めると、レディらしからぬ大きな伸びをしながら問いかけた。
「ロベルトは、王太子だから侍従が代筆だと思うわ」
「そうかぁ。じゃあ、王子誕生のお祝いの時は、ジャスティーヌも侍女に任せられるから安心だわね」
アレクサンドラが言うと、ジャスティーヌが『アントニウス様はまだ独身だそうよ』と言った。
「独身って言っても、相手がいるかもしれないし。ねえ、ジャスティーヌ、私の事はもういいから、私は、帰国しなさいってアントニウス様に言われた時から、もうアントニウス様との事は諦めているの。お互い、国も立場も違うし、無理なものは無理。だから、もう私とアントニウス様の事は心配しないで。私がすべての見合いを断って、誰にも嫁がないって言っているのは、私の勝手なの。私、告解した時に、アントニウス様以外には嫁がないって、そう神様の前で誓ったの。だから、もう、私の事は心配しないで、未来の王太子妃は、自分の幸せを考えて」
ジャスティーヌを納得させるために嘘をつくと、アレクサンドラは代筆を続けた。
しばらく休んだジャスティーヌは、再びペンを持ち、お礼状にサインをし続けた。
数日後、最後の仮縫い合わせでドレスに袖を通したジャスティーヌに、デザイナーは悲嘆の声をあげた。
「なんという事でしょう。これでは痩せすぎですわ。また、ドレスを修正しなくては・・・・・・」
お礼状のサイン、式の予行練習、王宮で王族からの祝いの言葉を受ける王族向けの特別な集まり、謁見の間で行われる大臣や軍将校との特別謁見など、日取りが決まってからのスケジュールは輪をかけてハードで、アレクサンドラが代わりに行ってあげたいと思うほどのハードさだった。
それでも、王宮から帰ってきたジャスティーヌは、まるで猫のようにアレクサンドラにじゃれつき、身を委ね、折につけてアントニウスの名を口にしたが、アレクサンドラは『それ以上言うと、その口を塞いじゃうよ!』と色っぽく言いながら、小食なジャスティーヌの口にカロリーたっぷりのショートブレットを放り込んだりした。
そして、長かった婚約時代の終わりが前々日と迫った日、王宮から戻ったジャスティーヌのもたらした知らせは、アントニウスが元気で、杖もなく一人で自由に歩き回ることができるようになっているという、喜ばしいものだった。
「そう、お元気になられたのね」
安堵と嬉しさで、アレクサンドラは涙を止めることができなかった。
「マリー・ルイーズ様も帰郷されているから、アントニウス様はしばらくこちらに滞在されるそうよ」
アレクサンドロス大公より、直々の挨拶を受け、アントニウスがしばらくこちらに滞在する予定だと聞いたジャスティーヌは、帰ってくるなりその事をアレクサンドラに教えたが、それを聞いた父のルドルフは頭を抱えて『熱病が再発しないといいが』と意味不明な言葉を言い残して執務室に姿を消し、母のアリシアは大きなため息をついてサロンに姿を消した。
「とてもしっかりとした足取りで、今は大公殿下のお供なので王宮の来賓殿に滞在されているけれど、式が終わったら、公爵邸に移動されるそうよ。ロベルトは遠乗りに行きたがったけれど、式の前に落馬したら大変だからって、式が終わってからにしようって話になっていたわ」
ジャスティーヌは、何とかアレクサンドラの木を引こうと色々と話をしたが、アレクサンドラは『お元気になられてよかったわ』としか言わなかった。
☆☆☆
連日、ホーエンバウム公爵邸と旧アーチボルト伯爵邸には祝いの使者が訪れ、相手いる部屋と言う部屋に祝いの品が運び込まれ、ジャスティーヌは悲鳴を上げながらお礼のカードを書いていた。
しかし、リストは増えることはあっても減ることはなく、最後はアレクサンドラもジャスティーヌ字を真似て代筆した。それとは別に、公爵家に届けられた祝いには、ビクトリア、ルドルフ、アリシアの三人が協力して日々増えていくリストを消化していた。
例え伯爵令嬢であっても、結婚相手が王太子なのだから、普通なら祝いを寄こさないであろう疎遠な貴族まで、これ見よがしに祝いの品を送って寄こしていたので、アレクサンドラはリストを見ながら感嘆の声をあげていた。
「あれほどロベルトを射止めるとか言っていたのに、やっぱり負けを認めると祝いの品は送ってくるのね」
いつもロベルトの周りでジャスティーヌが近寄るのを妨害していた性格のよろしくない令嬢達も、今となっては既に人妻、いまさら王太子の相手になれるわけでもないというのもあるのだろうが、見栄や体裁を気にするところは変わっていないようで、王家に嫁ぐジャスティーヌには不要な贈り物を寄こしたりもした。
「アレク、もう無理、手がしびれてしまったわ」
ペンを置いて手をさするジャスティーヌに代わり、アレクサンドラが文机につくとペンを取り上げた。
「アレク、名前を間違えないでね」
「了解。もう慣れたから大丈夫よ」
代筆を始めたころ、気を抜くと自分の名前を書いてしまったアレクサンドラだったが、さすがに数をこなすうちに名前を書き間違えることはなくなっていた。
「そう言えば、ロベルトから聞いたのだけれど、イルデランザのアレクサンドロス大公のお供で、アントニウス様が出席されるそうよ」
久々に訊くアントニウスの名前に、思わずアレクサンドラは自分の名前をサインしてしまった。
「ごめん、ジャスティーヌ。間違えちゃった」
新しいカードをとると、アレクサンドラは何事もなかったように代筆を続けた。
「アレク、アントニウス様が・・・・・・」
「ごめんジャスティーヌ話しかけないで。なんだか、サインを間違えそうだから」
アレクサンドラはそれ以上話を聞きたくないという意思表示をすると、黙々とカードを掻き続けた。
「本当には、減らないわね・・・・・・。ロベルトもカード書いているの?」
黙々とカードを書いていたアレクサンドラは手を止めると、レディらしからぬ大きな伸びをしながら問いかけた。
「ロベルトは、王太子だから侍従が代筆だと思うわ」
「そうかぁ。じゃあ、王子誕生のお祝いの時は、ジャスティーヌも侍女に任せられるから安心だわね」
アレクサンドラが言うと、ジャスティーヌが『アントニウス様はまだ独身だそうよ』と言った。
「独身って言っても、相手がいるかもしれないし。ねえ、ジャスティーヌ、私の事はもういいから、私は、帰国しなさいってアントニウス様に言われた時から、もうアントニウス様との事は諦めているの。お互い、国も立場も違うし、無理なものは無理。だから、もう私とアントニウス様の事は心配しないで。私がすべての見合いを断って、誰にも嫁がないって言っているのは、私の勝手なの。私、告解した時に、アントニウス様以外には嫁がないって、そう神様の前で誓ったの。だから、もう、私の事は心配しないで、未来の王太子妃は、自分の幸せを考えて」
ジャスティーヌを納得させるために嘘をつくと、アレクサンドラは代筆を続けた。
しばらく休んだジャスティーヌは、再びペンを持ち、お礼状にサインをし続けた。
数日後、最後の仮縫い合わせでドレスに袖を通したジャスティーヌに、デザイナーは悲嘆の声をあげた。
「なんという事でしょう。これでは痩せすぎですわ。また、ドレスを修正しなくては・・・・・・」
お礼状のサイン、式の予行練習、王宮で王族からの祝いの言葉を受ける王族向けの特別な集まり、謁見の間で行われる大臣や軍将校との特別謁見など、日取りが決まってからのスケジュールは輪をかけてハードで、アレクサンドラが代わりに行ってあげたいと思うほどのハードさだった。
それでも、王宮から帰ってきたジャスティーヌは、まるで猫のようにアレクサンドラにじゃれつき、身を委ね、折につけてアントニウスの名を口にしたが、アレクサンドラは『それ以上言うと、その口を塞いじゃうよ!』と色っぽく言いながら、小食なジャスティーヌの口にカロリーたっぷりのショートブレットを放り込んだりした。
そして、長かった婚約時代の終わりが前々日と迫った日、王宮から戻ったジャスティーヌのもたらした知らせは、アントニウスが元気で、杖もなく一人で自由に歩き回ることができるようになっているという、喜ばしいものだった。
「そう、お元気になられたのね」
安堵と嬉しさで、アレクサンドラは涙を止めることができなかった。
「マリー・ルイーズ様も帰郷されているから、アントニウス様はしばらくこちらに滞在されるそうよ」
アレクサンドロス大公より、直々の挨拶を受け、アントニウスがしばらくこちらに滞在する予定だと聞いたジャスティーヌは、帰ってくるなりその事をアレクサンドラに教えたが、それを聞いた父のルドルフは頭を抱えて『熱病が再発しないといいが』と意味不明な言葉を言い残して執務室に姿を消し、母のアリシアは大きなため息をついてサロンに姿を消した。
「とてもしっかりとした足取りで、今は大公殿下のお供なので王宮の来賓殿に滞在されているけれど、式が終わったら、公爵邸に移動されるそうよ。ロベルトは遠乗りに行きたがったけれど、式の前に落馬したら大変だからって、式が終わってからにしようって話になっていたわ」
ジャスティーヌは、何とかアレクサンドラの木を引こうと色々と話をしたが、アレクサンドラは『お元気になられてよかったわ』としか言わなかった。
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