初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
 約二年ぶりのエイゼンシュタインは、アントニウスの記憶のままで、街並みも、王都を囲む森も、そして王宮も何一つ変わっていなかった。
 大公の通訳兼お供として同行したアントニウスだったが、国境を超えるとアレクサンドラに元気な姿を見せることができないもどかしさに、胸が締め付けられるように激しく痛んだ。
「悲壮な別れ方をしたのだから、さぞ逢いに行きたいことだろうが、私がリカルド三世と両国間の同盟の話をまとめるまでは、結婚の式典や夜会で顔をあわせる以外、自分から逢いに行くような軽率な真似はしないと約束しなさい。そうでないと、箱に入れて夜は監禁することになるぞ」
 どこまで本気でどこから冗談かはわからないが、大人一人はいれそうな巨大な箱を荷物として積んできているあたり、実は本気のような気がして、アントニウスは顔を引きつらせた。
「軽率な真似をしなければ、この話、私の名に懸けて成功させると約束してやろう」
 そこまで大公に言われると、アントニウスはどんな苦痛であろうとも、承服するほかはなかった。


 無事王宮につくと、同盟列強各国の元首や王族、それに大使が車付けで順番を待っていたので、アントニウス達も最後尾に並び順番を待って来賓殿の客間への案内に従った。
 到着順で、同盟列強の大使は特別謁見に向かうが、元首や王族は前夜の晩餐会に招かれているので、それを待つばかりだったが、ポレモスとの戦時にエイゼンシュタインから大規模な支援を受けたイルデランザは、リカルド三世に特別謁見を申し入れていた。
 しかし、前日の特別謁見は同盟大使との特別謁見のための時間枠しか取れていないとの事で、翌日の式典とその後の大舞踏会の開けた、翌々日の午後に延期となった。

「さすがのリカルド三世もお前を連れてきたことで警戒しているのだろう。きっと、花嫁の妹を甥の嫁に欲しいと言われたくないから、日にちをずらしたに違いない。随分と期限を損ねたものだな」
 ユリウスは言うと、窓の外に広がる繁栄の象徴のような王都を見つめた。
「私がお前を婿に貰って欲しいといったら、きっとリカルド三世の驚く顔が見られるだろう。それに、明日美しい花嫁を見れば、お前の魂を奪った令嬢がどのような女性なのかもわかるだろう」
 楽しそうにユリウスは言ったが、眼差しは王都を見つめたままだった。
「アントニウス、私は、イルデランザをこのように栄えた国にしたい。豊かでない上に、ありったけの資源を戦に浪費したポレモスを併合し、旧ポレモスの国民にも、イルデランザと戦うのをやめて、イルデランザの民になって良かったと思ってもらえる豊かな国にしたい。それは、力でどこかから奪い取ってくるものではない。自分たちの力で、育てなくてはいけないものだ。だから、お前がこの国の民となっても、お前の祖国がこの国のように豊かな国になるよう、影からシザリオンを支えてやって欲しい」
「もちろんでございます。大公閣下」
「何をかしこまっている。お前はまだ私の甥だぞ。最後の機会だ、伯父に甘えておくがいい」
 ユリウスはしばらく王都を眺め続けた。


 晩餐会の席順も、リカルド三世の意向なのか、ユリウスとアントニウスは末席とまではいかなかったが、上座からは距離のある席に案内された。
 テーブルに案内されたとき、一瞬、何かを話したそうな視線をロベルトが送って寄こしたが、素早くユリウスが間に入って遮り、それ以降は祝いの言葉と、今後の列強同盟六ヶ国の将来の話しで晩餐会の時間は流れていった。
 テーブルについているのはみな国賓として招かれた列強六ヶ国同盟国からの首脳かその代理、個人的な話をする者は誰一人いなかった。


 こうしてユリウス、アントニウス、マリー・ルイーズ、リカルド三世、ロベルト、ビクトリア、ルドルフ、ジャスティーヌ、それぞれの思惑と想いが交錯する結婚式前夜が明けようとしていたが、アレクサンドラただ一人が、静かな喜びの中、落ち着いた夜を過ごしていた。

< 242 / 252 >

この作品をシェア

pagetop