初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
「よく聞いてください。私は誰とも婚約も結婚の約束もしていません。私がダンスを踊らなかったのは、あなた以外と踊りたくなかったからです。今も、私の心の中にいるのはあなた一人です」
アントニウスは言うと、片膝を折ってアレクサンドラを見上げた。
「これは、私の本心です。だから、どうか遮らずに聞いてください。・・・・・・アレクサンドラ・クラウディア・アドラー、どうかこの私の妻になってください。脅すつもりはありません。でも、あなたが私の求婚を信じられないという理由で断られるのなら、私はあなた以外の誰も妻に娶らず、一生一人で死ぬまで過ごすと誓います」
突然のプロポーズにアレクサンドラは明らかに戸惑っていた。
「これが、私の気持ちです」
アントニウスは言うと、背中に隠していた深紅の薔薇の花束をアレクサンドラに差し出した。
「これは・・・・・・」
「ロベルトがジャスティーヌ王太子妃に渡したものと同じです。初恋の証です。ロベルトは、侍従長から、正式な見合いの深紅の薔薇の花束を渡すことなのに、見合いを終了しないまま婚約を発表して、結婚式を挙げるつもりかと注意されて、式の前日になって花束を渡したといっていましたが、私は今ここで、私の愛の証としてこの花束を贈ります。あなたは、私にとっての本当の意味での初恋だったのです」
「私が?」
驚いたままのアレクサンドラは、花束を手にしようとはしなかった。
「本当は、話さずに置きたかったのですが、白状します。私は、あなたがアレクシスだと知る前から、アレクシスに惹かれていたのです。男には興味がないのに、あなたの事が頭から離れず、自分でも自分の頭がどこかおかしくなったのかと、ずいぶん悩みました。でも、アレクシス以外の同性に惹かれることなど一度もありませんでした。それに、私から恋をしなくても、女性は私の地位や家柄に勝手に恋して私の傍に集まってきたので、交際した女性の誰かを特に好いたこともありません。それだけに、なぜアレクシスの事が頭から離れないのか、自分でもわからず、あの日、あなたがアレクシスだと知った時、私はずっと前から、あなたに恋していたのだと気付いたのです。でも、男色だったのかと悩んだり、その反動で、あなたにあんな卑怯な事をしたことが今も自分で自分が許せません。ですから、もし、あなたが私の気持ちを信じられないと言うなら、それは私が犯した過ちですから、私は独り身を貫いて、私の愛を証明します」
アントニウスは言い終わると、じっとアレクサンドラを見つめた。
アレクサンドラの目には困惑の色が浮かび、アントニウスは再び言葉を継いだ。
「アレクサンドラ、あなたを愛しています。どうか、私の妻になってください」
「本当に・・・・・・」
「本当です」
「私でいいのですか?」
「あなた以外の誰も、あなたを愛しているのです」
ゆっくりとアレクサンドラの手が動き、その手がバラの花弁に触れた。
「私を愛してくださるのですか?」
「はい、あなただけを愛すると誓います」
動揺するアレクサンドラの瞳に、屋敷の窓辺に立つビクトリアの姿が映った。
「いけません、屋敷からここは丸見えなのです」
「誰に見られても構いません。私はリカルド三世陛下にも、アーチボルト伯爵だった時にあなたの御父上にも交際を許された身です」
再びアレクサンドラが屋敷の方に目を向けると、ビクトリアが頷くのが見えた。
「本当に、私でよろしいのですか?」
「何度でも言います。あなたを愛しているのです。私の愛は、あなたにしか向けられたことはないのです。私の初恋の相手、アレクサンドラ」
ゆっくりとアレクサンドラは手を伸ばし、薔薇の花束を受け取った。
「私が、アントニウス様の初恋の相手・・・・・・」
「はい、そうです。アレクサンドラ、愛しています。どうか、私の妻になってください」
深紅の薔薇の花束を胸に抱き、アレクサンドラはアントニウスの言葉を何度も頭の中で反芻し、受け入れる努力をした。
「私のように、多くの人を欺き、あまつさえ陛下まで欺いた罪びとが、本当に幸せになって良いのですか?
それは、アレクサンドラにとっての究極の問いだった。
「あなたは確かに人を欺いたかもしれません。でも、あなたは誰も傷つけてはいない。多くの人を幸せにしたではありませんか。友人のジェームズとロザリンドのように。それに、あなたと私が結婚することは、イルデランザとエイゼンシュタインの同盟関係を強固にすることにもなるのです。それでも、まだ自分が幸せになってはいけないと思いますか? さあ、勇気を出して、あなたを閉じ込めている殻の中から出てきてください。これからは、私があなたを守る盾と剣になります」
アントニウスの言葉にアレクサンドラの瞳から大粒の涙が零れた。
「アレクサンドラ、私の妻になってください。どうか『はい』と言ってください」
アレクサンドラは涙をぬぐうと、まっすぐにアントニウスを見つめ返した。
「アントニウス様、愛しております」
「では、私の妻になってくれますか?」
「・・・・・・はい」
アレクサンドラは答えると、アントニウスの手を取った。
次の瞬間、アレクサンドラは立ち上がったアントニウスにしっかりと抱きしめられていた。
屋敷の方から扉が開く音がし、アントニウスの肩越しに庭へ出てくる両親とビクトリアの姿に気付いたアレクサンドラは、慌ててアントニウスを引き離そうとした。
「大変です、お父様とお母様、それにおばあ様まで・・・・・・」
アレクサンドラの言葉にも動じず、アントニウスはぎゅっとアレクサンドラを抱く腕に力を籠めてから腕を解くと、アレクサンドラの手を取り屋敷の方へ向き直った。
「ホーエンバウム公爵並びに夫人、それから、先代ホーエンバウム公爵夫人。アレクサンドラ嬢に結婚を申し込み、承諾いただいたことをここにご報告いたします」
アントニウスの報告を受け、アリシアは涙を零し、ルドルフは渋々ながらに頷いた。二人の愛の功労者であるビクトリアは、満足そうに二人を見つめて頷いた。
アントニウスの求婚をアレクサンドラが承諾したことは直ちに王宮に伝えられ、リカルド三世とアレクサンドロス七世の間でファーレンハイト伯爵ならびに、ザッカローネ公爵家の後継問題、イルデランザ公国の後継者にかかわる問題等に関する細かい約束事が書面化され、双方の間で調印された。
その翌日、ユリウスは、アントニウスをエイゼンシュタインに残し一人で帰国した。
少し遅れ、二人の婚約が発表されると同時に、半年後に結婚式が王宮の大聖堂で行われること、結婚後はホーエンバウム公爵邸にビクトリアと共に暮らすことが決まった。それは、子供を持つことができなかったビクトリアの『屋敷で後継ぎを育てたい』という願いをかなえたいという、アレクサンドラの想いからだった。
最後まで、渋い顔をしていたルドルフだったが、苦難を乗り越えた末に結ばれた二人が幸せになることを信じて疑うことはなく、アラミスの仕打ちに腹を立てていたリカルド三世も、ユリウスにアントニウスを取り上げられたことを知ったアラミスが、三月も寝込んだと聞かされた頃にはすっかり怒りも収まり、逆に心配して侍医を送るほどの友好な関係に戻っていた。
『初恋の君に、深紅の薔薇の花束を・・・・・・』
あがり症のピエートルに実は長年想いを寄せている平民の女性がいることが分かり、アレクシスとして最後の活躍をするべく、アレクサンドラが認めたプロポーズの言葉だった。
このプロポーズが功を奏したのか、ピエートルはめでたく初恋の女性を妻に迎えることができた。
この話がピエートルの恋人から広まったのか、エイゼンシュタインでは、初恋の相手にプロポーズするときは、深紅の薔薇の花束を贈る習慣が貴族だけでなく、平民に広がって行った。
そう、深紅の薔薇、薄い赤でも、オレンジ系でも、ブラック系でもない、ただの赤ではない深紅の薔薇は、エイゼンシュタインでは愛の証として定着していった。
アントニウスは言うと、片膝を折ってアレクサンドラを見上げた。
「これは、私の本心です。だから、どうか遮らずに聞いてください。・・・・・・アレクサンドラ・クラウディア・アドラー、どうかこの私の妻になってください。脅すつもりはありません。でも、あなたが私の求婚を信じられないという理由で断られるのなら、私はあなた以外の誰も妻に娶らず、一生一人で死ぬまで過ごすと誓います」
突然のプロポーズにアレクサンドラは明らかに戸惑っていた。
「これが、私の気持ちです」
アントニウスは言うと、背中に隠していた深紅の薔薇の花束をアレクサンドラに差し出した。
「これは・・・・・・」
「ロベルトがジャスティーヌ王太子妃に渡したものと同じです。初恋の証です。ロベルトは、侍従長から、正式な見合いの深紅の薔薇の花束を渡すことなのに、見合いを終了しないまま婚約を発表して、結婚式を挙げるつもりかと注意されて、式の前日になって花束を渡したといっていましたが、私は今ここで、私の愛の証としてこの花束を贈ります。あなたは、私にとっての本当の意味での初恋だったのです」
「私が?」
驚いたままのアレクサンドラは、花束を手にしようとはしなかった。
「本当は、話さずに置きたかったのですが、白状します。私は、あなたがアレクシスだと知る前から、アレクシスに惹かれていたのです。男には興味がないのに、あなたの事が頭から離れず、自分でも自分の頭がどこかおかしくなったのかと、ずいぶん悩みました。でも、アレクシス以外の同性に惹かれることなど一度もありませんでした。それに、私から恋をしなくても、女性は私の地位や家柄に勝手に恋して私の傍に集まってきたので、交際した女性の誰かを特に好いたこともありません。それだけに、なぜアレクシスの事が頭から離れないのか、自分でもわからず、あの日、あなたがアレクシスだと知った時、私はずっと前から、あなたに恋していたのだと気付いたのです。でも、男色だったのかと悩んだり、その反動で、あなたにあんな卑怯な事をしたことが今も自分で自分が許せません。ですから、もし、あなたが私の気持ちを信じられないと言うなら、それは私が犯した過ちですから、私は独り身を貫いて、私の愛を証明します」
アントニウスは言い終わると、じっとアレクサンドラを見つめた。
アレクサンドラの目には困惑の色が浮かび、アントニウスは再び言葉を継いだ。
「アレクサンドラ、あなたを愛しています。どうか、私の妻になってください」
「本当に・・・・・・」
「本当です」
「私でいいのですか?」
「あなた以外の誰も、あなたを愛しているのです」
ゆっくりとアレクサンドラの手が動き、その手がバラの花弁に触れた。
「私を愛してくださるのですか?」
「はい、あなただけを愛すると誓います」
動揺するアレクサンドラの瞳に、屋敷の窓辺に立つビクトリアの姿が映った。
「いけません、屋敷からここは丸見えなのです」
「誰に見られても構いません。私はリカルド三世陛下にも、アーチボルト伯爵だった時にあなたの御父上にも交際を許された身です」
再びアレクサンドラが屋敷の方に目を向けると、ビクトリアが頷くのが見えた。
「本当に、私でよろしいのですか?」
「何度でも言います。あなたを愛しているのです。私の愛は、あなたにしか向けられたことはないのです。私の初恋の相手、アレクサンドラ」
ゆっくりとアレクサンドラは手を伸ばし、薔薇の花束を受け取った。
「私が、アントニウス様の初恋の相手・・・・・・」
「はい、そうです。アレクサンドラ、愛しています。どうか、私の妻になってください」
深紅の薔薇の花束を胸に抱き、アレクサンドラはアントニウスの言葉を何度も頭の中で反芻し、受け入れる努力をした。
「私のように、多くの人を欺き、あまつさえ陛下まで欺いた罪びとが、本当に幸せになって良いのですか?
それは、アレクサンドラにとっての究極の問いだった。
「あなたは確かに人を欺いたかもしれません。でも、あなたは誰も傷つけてはいない。多くの人を幸せにしたではありませんか。友人のジェームズとロザリンドのように。それに、あなたと私が結婚することは、イルデランザとエイゼンシュタインの同盟関係を強固にすることにもなるのです。それでも、まだ自分が幸せになってはいけないと思いますか? さあ、勇気を出して、あなたを閉じ込めている殻の中から出てきてください。これからは、私があなたを守る盾と剣になります」
アントニウスの言葉にアレクサンドラの瞳から大粒の涙が零れた。
「アレクサンドラ、私の妻になってください。どうか『はい』と言ってください」
アレクサンドラは涙をぬぐうと、まっすぐにアントニウスを見つめ返した。
「アントニウス様、愛しております」
「では、私の妻になってくれますか?」
「・・・・・・はい」
アレクサンドラは答えると、アントニウスの手を取った。
次の瞬間、アレクサンドラは立ち上がったアントニウスにしっかりと抱きしめられていた。
屋敷の方から扉が開く音がし、アントニウスの肩越しに庭へ出てくる両親とビクトリアの姿に気付いたアレクサンドラは、慌ててアントニウスを引き離そうとした。
「大変です、お父様とお母様、それにおばあ様まで・・・・・・」
アレクサンドラの言葉にも動じず、アントニウスはぎゅっとアレクサンドラを抱く腕に力を籠めてから腕を解くと、アレクサンドラの手を取り屋敷の方へ向き直った。
「ホーエンバウム公爵並びに夫人、それから、先代ホーエンバウム公爵夫人。アレクサンドラ嬢に結婚を申し込み、承諾いただいたことをここにご報告いたします」
アントニウスの報告を受け、アリシアは涙を零し、ルドルフは渋々ながらに頷いた。二人の愛の功労者であるビクトリアは、満足そうに二人を見つめて頷いた。
アントニウスの求婚をアレクサンドラが承諾したことは直ちに王宮に伝えられ、リカルド三世とアレクサンドロス七世の間でファーレンハイト伯爵ならびに、ザッカローネ公爵家の後継問題、イルデランザ公国の後継者にかかわる問題等に関する細かい約束事が書面化され、双方の間で調印された。
その翌日、ユリウスは、アントニウスをエイゼンシュタインに残し一人で帰国した。
少し遅れ、二人の婚約が発表されると同時に、半年後に結婚式が王宮の大聖堂で行われること、結婚後はホーエンバウム公爵邸にビクトリアと共に暮らすことが決まった。それは、子供を持つことができなかったビクトリアの『屋敷で後継ぎを育てたい』という願いをかなえたいという、アレクサンドラの想いからだった。
最後まで、渋い顔をしていたルドルフだったが、苦難を乗り越えた末に結ばれた二人が幸せになることを信じて疑うことはなく、アラミスの仕打ちに腹を立てていたリカルド三世も、ユリウスにアントニウスを取り上げられたことを知ったアラミスが、三月も寝込んだと聞かされた頃にはすっかり怒りも収まり、逆に心配して侍医を送るほどの友好な関係に戻っていた。
『初恋の君に、深紅の薔薇の花束を・・・・・・』
あがり症のピエートルに実は長年想いを寄せている平民の女性がいることが分かり、アレクシスとして最後の活躍をするべく、アレクサンドラが認めたプロポーズの言葉だった。
このプロポーズが功を奏したのか、ピエートルはめでたく初恋の女性を妻に迎えることができた。
この話がピエートルの恋人から広まったのか、エイゼンシュタインでは、初恋の相手にプロポーズするときは、深紅の薔薇の花束を贈る習慣が貴族だけでなく、平民に広がって行った。
そう、深紅の薔薇、薄い赤でも、オレンジ系でも、ブラック系でもない、ただの赤ではない深紅の薔薇は、エイゼンシュタインでは愛の証として定着していった。