初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
エピローグ
 ホーエンバウム公爵邸の庭を元気な子供たちが走り回っていた。
 三人の男の子が、それぞれ習いたての異国の言葉を使っては互いの間違いを指摘したり、正しいと言い張ってみたりしながら、三人は元気に走り回っていた。

「ユストゥス、お茶の時間ですよ」
 ジャスティーヌが呼ぶと、ユストゥスは急いでジャスティーヌの元に戻ってきた。
「コンスタンティン、ミカエル、あなたたちも戻ってきなさい」
 アレクサンドラが声をかけると、二人も慌ててテラスに設置されたテーブルの所に戻ってきた。
 結婚は早かったが、公務に追われたジャスティーヌ達と、後から結婚したアレクサンドラ達の子供は同じ月の生まれだ。
 最初の子供が女の子か、男の子か、ずいぶん心配した二人だったが、めでたくジャスティーヌもアレクサンドラも男の子を生んだ。アレクサンドラの嬉しい計算違いは、二人が双子だったことだ。一度の長い産みの苦しみで、二回分の出産をこなしたことになる。
 王家も公爵家も教育にはうるさく、ユストゥスは六か国語を学ばないといけないし、ミカエルは将来イルデランザに帰る身なので、イルデランザ語を徹底的に学習させられている。
 いつもは母のジャスティーヌと過ごせないユストゥスが唯一ジャスティーヌとゆっくり過ごせるのが、月に二回のこのお茶の日だ。毎週ユストゥスはホーエンバウム公爵邸に遊びに来てミカエルやコンスタンティンと過ごしているが、ジャスティーヌと過ごせるのが嬉しくて、今日は遊びの方が疎かになっていた。

 アントニウスのプロポーズを受けた時、イルデランザに移住するものだと思っていたアレクサンドラは、アントニウスの方が移住してくると聞いて驚いたものだったが、最近ではアラミスの孫可愛さで毎月のようにイルデランザに呼び出されてはミカエルを連れて帰国していた。

 アレクサンドラと離れ離れになりたくなかったジャスティーヌには夢のような現実だったが、王太子妃の公務の忙しさは、姉妹で過ごす時間も一人息子と過ごす時間もジャスティーヌから奪っていた。

「もう、三歳なのね」
 ジャスティーヌが感慨深げに言った。
「そうね。もうそろそろ、剣の使い方を教えようかってアントニウスと話しているの」
 アレクサンドラの言葉に、ジャスティーヌは目を見開いた。
「まさか、アレク。あなたが教えるつもりじゃないでしょうね?」
「しないわよ、そんなこと」
 アレクサンドラは笑って答えた。理由は、アントニウスと結婚して以来、アントニウスにどんな時も守られているという安心感から、一度も自分で剣を持とうなどと考えたことがなかったからだった。
「それならいいけれど、アレクシスの事は絶対に秘密よ。家族以外には。それと、子供にもね」
 心配性のジャスティーヌの言葉を聞きながら、アレクサンドラは笑って『もちろんよ』と答えた。
 穏やかな時間が過ぎ、お茶を飲み終わった頃、王宮から迎えがやってきた。
 まだ遊び足りなさそうなコンスタンティンとミカエルに別れを告げ、ユストゥスを連れたジャスティーヌは王宮に帰って行った。

「奥様、夕食のメニューはこちらでよろしいでしょうか?」
 家政婦長のエルネスト夫人に手渡されたメニューに目を通し、アレクサンドラが手ぶりで問題のないことを伝えた。
 将来、イルデランザに住むことになるミカエルのため、ホーエンバウム公爵家ではイルデランザの料理も週に最低二回は食べるようにしていた。

 走り回る息子たちを見ながら、アレクサンドラはそれぞれが違う国で暮らすようになる二人を思い描こうとして見たが、あまりに小さい二人のそんな遠い将来を想像することはできなかった。
「一緒に居られるのは、成人するまでなのよね」
 アレクサンドラの呟きを聞いていたのか、二人の子供が走り寄り、手に持った木彫りのおもちゃで何かを説明しようとしているようだったが、イルデランザ語が混ざり、アレクサンドラには今一つ何を言っているのか理解できなかった。
「お母様は、どちらも愛しているよ」
 突然、アントニウスの声がして、アレクサンドラは驚いて顔を上げた。
「おかえりなさい。お迎えにも出なくてごめんなさい」
 アレクサンドラが謝ると、アントニウスが無言で頭を振った。
「このちびっこ大将二人にユストゥス王子まで来ていたのだから、疲れ切って無理だよ」
 アントニウスは笑顔で言うと、器用に二人を両肩に乗せてあやし始めた。

 あの日、アントニウスに改めてプロポーズされるまで、アレクサンドラは自分にこんなにも充実して幸せな未来が待っているとは思っていなかった。
 ずっと、アントニウスにアレクシスとアレクサンドラが同一人物であると知られた時から、いつか自分は一人寂しく、所領のさびれたマナーハウスか修道院で終わりを迎え、幸せも、喜びも何もかも、自分とは縁もゆかりもないものだと思っていた。

「どうしたのアレクサンドラ。なんだか、昔の君のような目をしているよ」
 乳母に二人を預けて戻ってきたアントニウスが尋ねた。
「昔の事を思い出していたの」
「いいことと、楽しい思い出を思い出して欲しいな。頼むから、私が君に帰国しろって言ったことなんて、思い出さないでくれよ」
 アントニウスはアレクサンドラを抱きしめながら言った。
「でも、あなたが目覚めてくれて、本当に嬉しかったのよ。それは忘れられないわ」
「それを言ったら、君の声が聞こえなければ、私は目覚めなかったよ」
 アントニウスは言うと、素早くアレクサンドラの唇を奪った。
「おばあ様に怒られるわ」
「じゃあ、今晩あたり、三男か長女作りにでも挑戦しようか」
 アントニウスの言葉にアレクサンドラが赤面した。
「君は、二人の子供の母親とは思えない純粋さだね。いつもでも、私が君の盾となり剣となるから、安心して。・・・・・・愛しているよ、アレクサンドラ」
 アントニウスは言うと、今度は深く甘い口づけをした。
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