初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
広間では、無限の繰り返しのようにワルツ曲ばかりが流れていた。理由は、出席者の年齢層が既にフォッス・トロットを踊るほど若くはないからだと、誰もがわかっていた。
「さあ、踊ろう」
大広間の中心に歩を進め、ロベルトがジャスティーヌとダンスを始めた。
三拍子のワルツのステップは一定のスピードで、会話が問題なくできるほど二人の体にしみこんでいた。
「大叔母様と何を話していたの?」
「殿下のことを・・・・・・」
「それは興味深いな。大伯母様は私が真摯で夫に相応しい相手だと売り込んでくれたのかな?」
ターンにかこつけて、ロベルトがジャスティーヌの耳元で囁いた。
「はい、とても立派な方だと。殿下の花嫁になられる方は、幸せになれると」
ジャスティーヌは、素直に公爵夫人の言葉から得た感想を伝えた。
「ああ、ジャスティーヌ、あなたに殿下と呼ばれると、とてもつれなく、そっけなく感じてしまう」
「申し訳ございません」
ジャスティーヌは、すぐに謝った。
「なぜ、そんなに他人行儀なの? あなたには、名前で呼んで貰いたいとお願いしたのに」
「ここでは、他人の耳がございますから・・・・・・」
「こうしてダンスしている限り、誰にも私達の会話なんて聞こえない。踊っているのはほんの数組だし、カウチでくつろいでいる皆はおしゃべりを楽しんでいると思うよ」
ロベルトは笑顔を浮かべ、ジャスティーヌの事を見つめた。
「ですが、やはり私のような者が殿下のお名前を軽々しく口にするのは、不敬でございます」
ジャスティーヌの言葉に、ロベルトの腕に力が込められ、二人の距離が僅かに縮まった。
「ジャスティーヌ・・・・・・」
『愛しい人』と続けてしまいそうになり、ロベルトは慌てて感情を押し殺した。
「あなたは、夫婦になっても私を殿下と呼ぶつもりなのかな?」
『夫婦』という言葉が物凄く現実味のある言葉に聞こえ、ジャスティーヌの心臓が飛び上がった。
「それは・・・・・・。私は、そこまで欲深くはございませんし、夢見がちでもございません。ですから、こうして殿下にダンスのお相手をしていただけるだけで、夢のようでございます」
もし、夫婦となるのがアレクサンドラだとしたら、妹は本当に髪を伸ばし犬猿の仲の殿下に嫁ぐのだろうか? それとも、自分が名前を偽り、アレクサンドラに成り代わり、本来ジャスティーヌである自分が受けるはずではない愛情を殿下から注がれるのだろうかと考えていると、ジャスティーヌは目眩に襲われ、ステップを誤りロベルトの足を思いっきり踏んづけてしまった。
「申し訳ございません殿下。私、あまり、ダンスが得意ではなくて・・・・・・」
ジャスティーヌの言葉にロベルトが足を止めた。
「どうして、そんな嘘を? 私は、あなたが誰よりも軽やかにダンスを踊る姿を何度も目にしているというのに」
自分と踊りたくないからなのかという疑念がロベルトの中で頭をもたげる。
「私が相手では不足なのかな?」
少し不機嫌な声に、ジャスティーヌは無言で頭を横に振った。
「いえ、ただ、私には殿下はもったいなさ過ぎると・・・・・・。とても、殿下のお相手は勤まらないのではと。私は、アレクサンドラではないので・・・・・・」
言ってしまってから、慌ててジャスティーヌは口をつぐんだ。
「どういう意味です?」
ガッチリとダンスのポーズでジャスティーヌの体を捕らえたままのロベルトに詰問され、ジャスティーヌの口から、偽りの言葉が紡ぎ出された。
「先日、アレクサンドラと出かける殿下をお見かけしました。殿下はとても、お幸せそうで、アレクサンドラも初めての舞踏会のお相手が殿下で、少し緊張しているようでしたが、とても、お似合いだと、そう思いました。それに、殿下もアレクサンドラに熱いまなざしを向けられていて、私、とても嬉しく思いましたの。妹は、ずっと引きこもってばかりで、このように素晴らしい良縁に恵まれるなどと、思ってもおりませんでしたから・・・・・・」
「アレクサンドラは、アレクシスは、あの晩なにがあったか、あなたにお話ししていないのですか?」
ロベルトの言葉に、あの晩の出来事が想い出されジャスティーヌの顔が赤くなる。
「翌日、殿下から贈られた百合の花は、アレクサンドラの純真無垢を意味していらしたのでしょう? 殿下のご決断に、私は感服致しております」
ジャスティーヌの言葉に、ジャスティーヌの中で王太子妃になるのはアレクサンドラだと、既に結論づけられていることをロベルトは悟った。
「もし、アレクサンドラが私の妻にと決まったら、あなたはどうされるのですか?」
ロベルトの問にジャスティーヌが硬直した。
もし、アレクサンドラが髪を伸ばしロベルトに嫁げば、ジャスティーヌの失恋は決定的で、今更、誰か他の殿方に嫁ぐ事など、考えたくもない。しかし、もし、アレクサンドラが嫁ぐのを拒めば、自分がアレクサンドラとして殿下に嫁ぐことになる。
「私のことは、父が何とかしてくださると思います。既に社交界では行き遅れと笑われているほどですから、どこかから再婚相手を捜している殿方との良縁を見つけてきてくれると思います」
ジャスティーヌの答えはロベルトにとって衝撃的な物だった。
他に思う相手が居るわけでもなく、父に従い年上の既に寡夫となった男にその純潔を捧げるという。他国の貴族の娘として生まれたのなら、当然の決断ではあるが、ロベルトからしてみれば、魔物の怒りを鎮めるために乙女を生贄に捧げるのと同じくらい言語道断な事だった。
「では、伯爵家はどうなるのですか?」
「遠縁筋から養子を貰うことになるのではないでしょうか?」
「アレクシスが?」
「いえ、アレクシスは、長男ですから自分の家を継ぐために戻る事になっています」
「あなたを連れてではなく?」
ロベルトの言葉を否定しようとした時、公爵夫人が歩み寄って来た。
「まったく、ロベルト、最近の王家のエチケットはどうなっているのです? ここは舞踏会の会場ですよ、その真ん中にあなたが立っていたら、誰もダンスを踊ることができないでしょう!」
本当に怒っていると言うよりは、手の掛かる子供を窘めるように言うと、公爵夫人はロベルトに『庭にでも出てゆっくりお話でもしたらどうです?』と言って二人を追い立てようとした。
「仕方ない、大伯母様の御命令だ。大伯母様の命令には、父上だって逆らわない。ではジャスティーヌ、懐かしい庭へ出ましょう」
ロベルトは言うと、ジャスティーヌの先に立って庭へと進んでいった。
「さあ、踊ろう」
大広間の中心に歩を進め、ロベルトがジャスティーヌとダンスを始めた。
三拍子のワルツのステップは一定のスピードで、会話が問題なくできるほど二人の体にしみこんでいた。
「大叔母様と何を話していたの?」
「殿下のことを・・・・・・」
「それは興味深いな。大伯母様は私が真摯で夫に相応しい相手だと売り込んでくれたのかな?」
ターンにかこつけて、ロベルトがジャスティーヌの耳元で囁いた。
「はい、とても立派な方だと。殿下の花嫁になられる方は、幸せになれると」
ジャスティーヌは、素直に公爵夫人の言葉から得た感想を伝えた。
「ああ、ジャスティーヌ、あなたに殿下と呼ばれると、とてもつれなく、そっけなく感じてしまう」
「申し訳ございません」
ジャスティーヌは、すぐに謝った。
「なぜ、そんなに他人行儀なの? あなたには、名前で呼んで貰いたいとお願いしたのに」
「ここでは、他人の耳がございますから・・・・・・」
「こうしてダンスしている限り、誰にも私達の会話なんて聞こえない。踊っているのはほんの数組だし、カウチでくつろいでいる皆はおしゃべりを楽しんでいると思うよ」
ロベルトは笑顔を浮かべ、ジャスティーヌの事を見つめた。
「ですが、やはり私のような者が殿下のお名前を軽々しく口にするのは、不敬でございます」
ジャスティーヌの言葉に、ロベルトの腕に力が込められ、二人の距離が僅かに縮まった。
「ジャスティーヌ・・・・・・」
『愛しい人』と続けてしまいそうになり、ロベルトは慌てて感情を押し殺した。
「あなたは、夫婦になっても私を殿下と呼ぶつもりなのかな?」
『夫婦』という言葉が物凄く現実味のある言葉に聞こえ、ジャスティーヌの心臓が飛び上がった。
「それは・・・・・・。私は、そこまで欲深くはございませんし、夢見がちでもございません。ですから、こうして殿下にダンスのお相手をしていただけるだけで、夢のようでございます」
もし、夫婦となるのがアレクサンドラだとしたら、妹は本当に髪を伸ばし犬猿の仲の殿下に嫁ぐのだろうか? それとも、自分が名前を偽り、アレクサンドラに成り代わり、本来ジャスティーヌである自分が受けるはずではない愛情を殿下から注がれるのだろうかと考えていると、ジャスティーヌは目眩に襲われ、ステップを誤りロベルトの足を思いっきり踏んづけてしまった。
「申し訳ございません殿下。私、あまり、ダンスが得意ではなくて・・・・・・」
ジャスティーヌの言葉にロベルトが足を止めた。
「どうして、そんな嘘を? 私は、あなたが誰よりも軽やかにダンスを踊る姿を何度も目にしているというのに」
自分と踊りたくないからなのかという疑念がロベルトの中で頭をもたげる。
「私が相手では不足なのかな?」
少し不機嫌な声に、ジャスティーヌは無言で頭を横に振った。
「いえ、ただ、私には殿下はもったいなさ過ぎると・・・・・・。とても、殿下のお相手は勤まらないのではと。私は、アレクサンドラではないので・・・・・・」
言ってしまってから、慌ててジャスティーヌは口をつぐんだ。
「どういう意味です?」
ガッチリとダンスのポーズでジャスティーヌの体を捕らえたままのロベルトに詰問され、ジャスティーヌの口から、偽りの言葉が紡ぎ出された。
「先日、アレクサンドラと出かける殿下をお見かけしました。殿下はとても、お幸せそうで、アレクサンドラも初めての舞踏会のお相手が殿下で、少し緊張しているようでしたが、とても、お似合いだと、そう思いました。それに、殿下もアレクサンドラに熱いまなざしを向けられていて、私、とても嬉しく思いましたの。妹は、ずっと引きこもってばかりで、このように素晴らしい良縁に恵まれるなどと、思ってもおりませんでしたから・・・・・・」
「アレクサンドラは、アレクシスは、あの晩なにがあったか、あなたにお話ししていないのですか?」
ロベルトの言葉に、あの晩の出来事が想い出されジャスティーヌの顔が赤くなる。
「翌日、殿下から贈られた百合の花は、アレクサンドラの純真無垢を意味していらしたのでしょう? 殿下のご決断に、私は感服致しております」
ジャスティーヌの言葉に、ジャスティーヌの中で王太子妃になるのはアレクサンドラだと、既に結論づけられていることをロベルトは悟った。
「もし、アレクサンドラが私の妻にと決まったら、あなたはどうされるのですか?」
ロベルトの問にジャスティーヌが硬直した。
もし、アレクサンドラが髪を伸ばしロベルトに嫁げば、ジャスティーヌの失恋は決定的で、今更、誰か他の殿方に嫁ぐ事など、考えたくもない。しかし、もし、アレクサンドラが嫁ぐのを拒めば、自分がアレクサンドラとして殿下に嫁ぐことになる。
「私のことは、父が何とかしてくださると思います。既に社交界では行き遅れと笑われているほどですから、どこかから再婚相手を捜している殿方との良縁を見つけてきてくれると思います」
ジャスティーヌの答えはロベルトにとって衝撃的な物だった。
他に思う相手が居るわけでもなく、父に従い年上の既に寡夫となった男にその純潔を捧げるという。他国の貴族の娘として生まれたのなら、当然の決断ではあるが、ロベルトからしてみれば、魔物の怒りを鎮めるために乙女を生贄に捧げるのと同じくらい言語道断な事だった。
「では、伯爵家はどうなるのですか?」
「遠縁筋から養子を貰うことになるのではないでしょうか?」
「アレクシスが?」
「いえ、アレクシスは、長男ですから自分の家を継ぐために戻る事になっています」
「あなたを連れてではなく?」
ロベルトの言葉を否定しようとした時、公爵夫人が歩み寄って来た。
「まったく、ロベルト、最近の王家のエチケットはどうなっているのです? ここは舞踏会の会場ですよ、その真ん中にあなたが立っていたら、誰もダンスを踊ることができないでしょう!」
本当に怒っていると言うよりは、手の掛かる子供を窘めるように言うと、公爵夫人はロベルトに『庭にでも出てゆっくりお話でもしたらどうです?』と言って二人を追い立てようとした。
「仕方ない、大伯母様の御命令だ。大伯母様の命令には、父上だって逆らわない。ではジャスティーヌ、懐かしい庭へ出ましょう」
ロベルトは言うと、ジャスティーヌの先に立って庭へと進んでいった。