初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
大きな月に照らし出された庭は、先日の恋人達の秘密を隠す夜の闇に満たされては居なかった。
「ジャスティーヌ、あなたは、本当はアレクシスをお好きなのでは? そして、アレクシスも貴方のことを、違いますか?」
誰もいない庭を歩きながら問われ、ジャスティーヌは答えに窮しながらロベルトの背中を見つめ続けた。
「殿下・・・・・・」
「ロベルトです。さっき約束したでしょう? 二人だけの時は名前で呼ぶと」
「ですが、私は殿下の正式な婚約者でもございません。やはり、お名前でお呼びするのは不敬に当たります」
「でも、約束したでしょう?」
「あの時は、どうかしていたんです」
ジャスティーヌの答えにロベルトが振り向いた。
「王族と交わした約束を反故にする方が不敬では?」
ジャスティーヌの大好きな声がジャスティーヌを糾弾していた。
ジャスティーヌの愛した月夜にも明るい金髪が眩しく、ジャスティーヌはそれ以上言葉を見つけられなかった。
「ジャスティーヌ?」
歩み寄ったロベルトの大きな青い瞳がジャスティーヌを見つめていた。
こんなにも深く自分はロベルト王子のことを愛してしまっていたのだとジャスティーヌは思い知らされ、その瞳から涙が溢れた。
もうどんなことをしてもロベルト王子の愛を自分の物にすることはできないのだと、例え自分が身代わりとなったとしても、その愛は自分の物ではないのだと、ジャスティーヌは何度も感じた絶望をロベルト王子の深く青い瞳の前で再び感じ、ポロポロと涙を零した。
「ジャスティーヌ?」
「度重なるご無礼の段、どうかお許しください。私は、殿下の前をお暇し、このまま父の許しを得て、陛下、殿下へのご無礼をお詫びするため、領地内の修道院にて修道女になることにいたします」
ジャスティーヌは言うと、深々とお辞儀をした。
「まって、ジャスティーヌ!」
「この上は、殿下を煩わせる様なまねは致したくございませんので、公爵夫人にお願いして屋敷に使いを出させて戴きます」
踵をかえそうとするジャスティーヌの腕をロベルトがしっかりと掴んだ。
「殿下?」
「名前で呼んでくれるまでは、この手は離さない」
「どうか、おはなしください。私は、殿下が仰られたとおり、王族との約束を反故にする様な咎人です。殿下のお手が穢れてしまいます」
しかし、ジャスティーヌの言葉を聞かず、ロベルトはジャスティーヌを自分の方へと引き寄せて抱きしめた。
瞬間、先日の四阿での出来事と、アレクサンドラの言った『殿下は女なら誰でも口説いて自分の物になると思ってるんだよ』と言う言葉が脳裏に浮かび上がった。
「お放しください。殿下の御身が穢れてしまいます」
「答えて、ジャスティーヌ。あなたが私を拒むのは、アレクシスを想っているから?」
「違います。アレクシスは、私にとっては、兄弟の様なもの、決してその様なことは・・・・・・」
そこまで答えてから、ジャスティーヌはロベルトがジャスティーヌの純潔を疑っているのだと察した。
家に引きこもっていたアレクサンドラの相手がアレクシスでないとしたら、『僕のジャスティーヌ』などと軽口を叩くアレクシスと深い関係にあると疑われても仕方のないことだった。
「でも、アレクシスは違うかもしれない」
ロベルトの言葉は、ジャスティーヌの推察を裏付けていた。だから、最初からロベルトは自分ではなく、清廉潔白なアレクサンドラを結婚相手として選んだのだと、ジャスティーヌは悟った。
今更、どんな言葉もロベルトの考えを変えられるとは思わなかったが、ロベルトに自分が純潔ではないと思われたままにはしたくなかった。
「殿下、神にかけて私は潔白でございます。アレクシスの軽率な言葉が、殿下が私の純潔を疑われる様な事を招いたのですね。殿下が疑いを持たれたと言うことであれば、既に私は、行き遅れどころか、身持ちの悪い娘と社交界の殿方の間では噂されて居るのですね」
悲しみと屈辱で溢れる涙を抑えきれず、ジャスティーヌはその場に泣き崩れた。
ロベルトに疑われたことが何よりも悲しかった。社交界の誰に陰口を叩かれるよりも、最愛のロベルトに疑われ、その事を問い質された事が悲しく、ロベルトの目にも自分がそんな尻軽で身持ちの悪い女に見えていたことが屈辱的で、ジャスティーヌは声を必死に押し殺して泣き続けた。
「ジャスティーヌ、それは誤解だ。私は、一度たりとも、貴方のことをそんな風に疑ったことはない」
ロベルトが片膝をついてジャスティーヌの肩に手をおいた。
答を聞いてからなら、どんな風にも言い繕えると、ジャスティーヌは思った。
「お疑いでないのなら、なぜあのようなことを尋ねられたのです?」
「あなたが、この見合い話に乗り気でないからです。わたしが気付くと貴方の美しい翠の瞳はいつも私のことを見つめてくれていた。私が貴方の方を振り向くと、いつもあなたは嬉しそうに、それでいて恥じらうように頬を染めた。あなたが私を想ってくれていると感じたのは、私の思い過ごしですか?」
ロベルトが言うことはすべて事実だった。ジャスティーヌは、いつもロベルトの事を目で追い、ロベルトが見つめ返してくれると、それだけで嬉しくて心臓の鼓動が早くなり、恥ずかしさに俯いてしまった。でも、結婚相手がアレクサンドラに決まっている今、その事にどんな価値があるというのだろうか。ただ、ここでジャスティーヌに『殿下をお慕いしておりました』と答えさせることで、前日アレクシスとの間にあったいざこざの腹いせをし、アレクシスの鼻をあかしてやろうという、そんなつまらない目的の為なのかもしれないと、ジャスティーヌが先日の話を思い出しながら考えるうちに、溢れていた涙も段々におさまってきた。
「確かに、私は、幼い頃よりずっと殿下をお慕い致しておりました」
「やっぱり、そうだったんだね」
嬉しそうなロベルトの声がジャスティーヌの耳に響いた。
「ですが、もう、過去のことです」
「ジャスティーヌ、あなたは、本当はアレクシスをお好きなのでは? そして、アレクシスも貴方のことを、違いますか?」
誰もいない庭を歩きながら問われ、ジャスティーヌは答えに窮しながらロベルトの背中を見つめ続けた。
「殿下・・・・・・」
「ロベルトです。さっき約束したでしょう? 二人だけの時は名前で呼ぶと」
「ですが、私は殿下の正式な婚約者でもございません。やはり、お名前でお呼びするのは不敬に当たります」
「でも、約束したでしょう?」
「あの時は、どうかしていたんです」
ジャスティーヌの答えにロベルトが振り向いた。
「王族と交わした約束を反故にする方が不敬では?」
ジャスティーヌの大好きな声がジャスティーヌを糾弾していた。
ジャスティーヌの愛した月夜にも明るい金髪が眩しく、ジャスティーヌはそれ以上言葉を見つけられなかった。
「ジャスティーヌ?」
歩み寄ったロベルトの大きな青い瞳がジャスティーヌを見つめていた。
こんなにも深く自分はロベルト王子のことを愛してしまっていたのだとジャスティーヌは思い知らされ、その瞳から涙が溢れた。
もうどんなことをしてもロベルト王子の愛を自分の物にすることはできないのだと、例え自分が身代わりとなったとしても、その愛は自分の物ではないのだと、ジャスティーヌは何度も感じた絶望をロベルト王子の深く青い瞳の前で再び感じ、ポロポロと涙を零した。
「ジャスティーヌ?」
「度重なるご無礼の段、どうかお許しください。私は、殿下の前をお暇し、このまま父の許しを得て、陛下、殿下へのご無礼をお詫びするため、領地内の修道院にて修道女になることにいたします」
ジャスティーヌは言うと、深々とお辞儀をした。
「まって、ジャスティーヌ!」
「この上は、殿下を煩わせる様なまねは致したくございませんので、公爵夫人にお願いして屋敷に使いを出させて戴きます」
踵をかえそうとするジャスティーヌの腕をロベルトがしっかりと掴んだ。
「殿下?」
「名前で呼んでくれるまでは、この手は離さない」
「どうか、おはなしください。私は、殿下が仰られたとおり、王族との約束を反故にする様な咎人です。殿下のお手が穢れてしまいます」
しかし、ジャスティーヌの言葉を聞かず、ロベルトはジャスティーヌを自分の方へと引き寄せて抱きしめた。
瞬間、先日の四阿での出来事と、アレクサンドラの言った『殿下は女なら誰でも口説いて自分の物になると思ってるんだよ』と言う言葉が脳裏に浮かび上がった。
「お放しください。殿下の御身が穢れてしまいます」
「答えて、ジャスティーヌ。あなたが私を拒むのは、アレクシスを想っているから?」
「違います。アレクシスは、私にとっては、兄弟の様なもの、決してその様なことは・・・・・・」
そこまで答えてから、ジャスティーヌはロベルトがジャスティーヌの純潔を疑っているのだと察した。
家に引きこもっていたアレクサンドラの相手がアレクシスでないとしたら、『僕のジャスティーヌ』などと軽口を叩くアレクシスと深い関係にあると疑われても仕方のないことだった。
「でも、アレクシスは違うかもしれない」
ロベルトの言葉は、ジャスティーヌの推察を裏付けていた。だから、最初からロベルトは自分ではなく、清廉潔白なアレクサンドラを結婚相手として選んだのだと、ジャスティーヌは悟った。
今更、どんな言葉もロベルトの考えを変えられるとは思わなかったが、ロベルトに自分が純潔ではないと思われたままにはしたくなかった。
「殿下、神にかけて私は潔白でございます。アレクシスの軽率な言葉が、殿下が私の純潔を疑われる様な事を招いたのですね。殿下が疑いを持たれたと言うことであれば、既に私は、行き遅れどころか、身持ちの悪い娘と社交界の殿方の間では噂されて居るのですね」
悲しみと屈辱で溢れる涙を抑えきれず、ジャスティーヌはその場に泣き崩れた。
ロベルトに疑われたことが何よりも悲しかった。社交界の誰に陰口を叩かれるよりも、最愛のロベルトに疑われ、その事を問い質された事が悲しく、ロベルトの目にも自分がそんな尻軽で身持ちの悪い女に見えていたことが屈辱的で、ジャスティーヌは声を必死に押し殺して泣き続けた。
「ジャスティーヌ、それは誤解だ。私は、一度たりとも、貴方のことをそんな風に疑ったことはない」
ロベルトが片膝をついてジャスティーヌの肩に手をおいた。
答を聞いてからなら、どんな風にも言い繕えると、ジャスティーヌは思った。
「お疑いでないのなら、なぜあのようなことを尋ねられたのです?」
「あなたが、この見合い話に乗り気でないからです。わたしが気付くと貴方の美しい翠の瞳はいつも私のことを見つめてくれていた。私が貴方の方を振り向くと、いつもあなたは嬉しそうに、それでいて恥じらうように頬を染めた。あなたが私を想ってくれていると感じたのは、私の思い過ごしですか?」
ロベルトが言うことはすべて事実だった。ジャスティーヌは、いつもロベルトの事を目で追い、ロベルトが見つめ返してくれると、それだけで嬉しくて心臓の鼓動が早くなり、恥ずかしさに俯いてしまった。でも、結婚相手がアレクサンドラに決まっている今、その事にどんな価値があるというのだろうか。ただ、ここでジャスティーヌに『殿下をお慕いしておりました』と答えさせることで、前日アレクシスとの間にあったいざこざの腹いせをし、アレクシスの鼻をあかしてやろうという、そんなつまらない目的の為なのかもしれないと、ジャスティーヌが先日の話を思い出しながら考えるうちに、溢れていた涙も段々におさまってきた。
「確かに、私は、幼い頃よりずっと殿下をお慕い致しておりました」
「やっぱり、そうだったんだね」
嬉しそうなロベルトの声がジャスティーヌの耳に響いた。
「ですが、もう、過去のことです」